あらすじ
双六、丁半、花札、富くじ……。賭博は古代より日本社会に存在し、貴族の社交の嗜みとして、武士の陣中の慰みとして、また庶民のエネルギー発散のはけ口として、あらゆる階層の人々を虜にしてきた。本書では、現在もなお残る定番の賭け事から、忘れ去られた昔の流行物、果てはイカサマの技術に至るまでの数々を紙上に再現。権力による禁圧の裏で新たな賭博が次々と生み出されてきた様を、豊富な図版とともに活写する。賭博という人間存在を語るうえで不可欠な現象に着目することで、時代の性格や民衆の感情の新たな側面が見えてくる。類書のないギャンブル日本史。解説 檜垣立哉
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Posted by ブクログ
賭博の起源の章がまず引き込まれる。
未来を測ることはできない、だが人は未来に賭けねばならぬ。ここから始まったのだ。
そして賭博が『日本書紀』から現代に至るまで列挙されていて興味深い。
Posted by ブクログ
日本における賭博の歴史を解説する本。
貴族の遊びが時間と共に博打になっていき、かつ大衆化されていくという流れが描かれている。
歴史に照らし合わせることで、賭博の様々な側面が見えてくるのが面白かった。
例えば、博打と競技には明確な違いがないという点。
何らかの競技が博打化するのは言うに及ばず、その逆の例も多い。
例えば弓、相撲、茶道など、現代の競技や文化にも、元は博打というものがたくさんある。
そして同時に、競技として(もしくは博打として)成り立たせるために適切なアレンジがなされる。
こういった人間の創意工夫は、実に興味深いものだ。
また人々の博打熱と、社会の安定が連動している点も注目したい。
概ね世が乱れるほど、人は博打に希望を見出し、かつ短絡的な勝負を好むようになる。
逆に社会が安定すれば、博打熱は下火になり、ギャンブルよりもゲーム性を求めるようになる。
なぜなら他に面白いことも、金を稼ぐ方法も、いくらでもあるからだ。
歴史上ほとんどの国家は、博打を禁止、もしくは制限しようとしてきた。
しかしそれでも博打が途絶えることはなく、新たな博打が生み出されている。
きっと人は心のどこかで、博打を求めているのだろう。