あらすじ
巨大なアンテナ設備の近くにある家で、幼い娘を育てる父親が体験する数々の異変(「アンテナ」)、なにげなく漂着物を砂浜に埋めたことで老夫婦が巻きこまれる思わぬ事態(表題作)、中年になり帰郷した男が振り返る、キャンプ場で姉と過ごした子供時代のあれこれ(「海辺のうた」)……。海沿いに点在する無人の家、大潮の日にだけ行ける入り江、漂着物が絶えず流れ着く砂浜、さびれたキャンプ場……英国コーンウォールの海辺に見られるありふれた場所では、ふとしたはずみに幻めいた現象が起こり、もの哀しくも美しい物語がいくつも紡がれる。現実と幻想の境目で生まれた、いずれも忘れがたき13の短編を収録。サマセット・モーム賞受賞作『潜水鐘に乗って』に続く、珠玉の第二短編集。/【目次】空っぽの家/アンテナ/すぐの未来に/帰郷/出て行け/ソルトハウス/漂着物、または見捨てられたものたち/波乗り/嵐の日/死者たちの年/ケーブル/海辺のうた/漂流するクラゲたち/謝辞/解説=石井千湖
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Posted by ブクログ
冬曇りの孤独な海が好きなので、タイトルと装丁に惹かれて手に取ったらば大当たり!
コーンウォールを舞台に語られる短編集は、そのどれもが寂寞と、停滞と、焦燥とに満ちている
ここではないどこか、豊かな何か、愛せる誰かを求め続けていながら、あと一歩が踏み出せず、荒い海風や冷たい荒野に囚われ続けている登場人物達がとてもリアルで愛おしく、美しい情景描写も相俟って、まるで私まで冷たい潮風や細かい砂の匂いを間近で嗅いだような気がした
Posted by ブクログ
向かうべき所を見いだせず、かといって留まるだけの確たる故もない。積み重ねた記憶だけが土地にしみ込み込み溶けあってゆく。
読み耽っていると、ふとそんな言葉が浮かび、いつしか胸に満ちてゆく。
夏の陽光を求めて押し寄せていた観光客が一斉に引き上げた後の、閑散とした海辺の町を舞台として語られる物語は、寂寥感を滲ませながら翳りゆく波間にちらちらと鈍色の美しさを放つ。
ルーシー・ウッドのシンプルで静謐な筆致の見事さと共に、細い糸がピンと張り詰めたような緊張感がどの物語にも漂い、惹きつけられてやまない。
親愛の情と相容れなさを併せて飲み下そうする父と息子、過ぎた時間が作った隙間を思いがけず乗り越えてゆく姉と弟という、幾つもの通り過ぎてきた記憶が綾なす家族の物語。
いつまでも同じ時間を過ごすことができないとある日気づく少年たちや少女たち、ふざけて過ごした地元の仲間たちとの遠い日。
口にすることもできずに、ただ飲み込んで消えていった言葉のように、どの物語もやるせなく心に引っかかって、残りつづける。
ーーー
“来たるものすべてと、去るものすべてを記録するのはむずかしい。そして、次に何が来るかを見守るのは、どうやらわたしの役目らしい。日々、崖は崩れ続け、海岸に落下した化石は小石の下に深く埋もれていく。家は建ち、壊される。大地はそこここで動き続けている。毎年、毎年、嫌でもそんなふうに過ぎていくー 全ては変わり、すべては変わらずにそのままでいる。” [死者たちの年]