【感想・ネタバレ】西洋近代の罪 自由・平等・民主主義はこのまま敗北するのかのレビュー

あらすじ

終わりが見えないウクライナ戦争にガザ戦争。トランプ大統領の再選で、自由・平等を基盤とする民主主義がゆらいでいる。ヨーロッパにおける右派勢力の躍進から、選挙のたびに民主主義に亀裂が入っているように見える。社会の現状を的確に分析し、普遍的な価値の意義と日本の取るべき道を問い直す、実践社会学講義。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

月刊誌『一冊の本』に掲載された時事的な評論をまとめた本で、前著『この世界の問い方』の続編。今回は2022年12月~2025年2月の評論。
主題は「西洋近代のその功罪」で、著者は、現在を大きな歴史の転換点と捉えているが、それを規定している原理や法則が何かということを、時事的な評論を通じて、理解する作業を推し進めようとしている。

1.「離婚の危機を迎えている民主主義と資本主義」
かつて東西冷戦を勝ち抜いたことで、西側陣営の資本主義・民主主義は最良の選択と思われ、資本主義と民主主義は車の両輪だと信じられてきた。
それが21世紀に入り、かつての社会主義体制の生き残りの共産党一党独裁を維持してきた中国の「権威主義体制」が、資本主義を我がものとし、驚異的な経済成長を成し遂げた。西欧の産業革命を別にすれば、中国の経済成長は、人類史上最大の経済的ブレイクスルーと言える(日本の高度成長と比較してもスケールにおいて遥かに凌駕している)
そして西側の民主主義的資本主義と中国の権威主義的資本主義とを比較した時に、どのような差異があるのか?
その差異はわずかで、西側のそれは、少しだけ余分な自由を与えているだけではないのか? そのわずかの差は、中国の一党独裁を内側から崩壊させるような不満を、人民の中から生み出しはしない。また中国は極端な監視社会と言われているが、よく考えてみれば西側の資本主義でも状況はあまり変わらない。GAFA(ガーファ)と呼ばれるアメリカの巨大IT企業も、インターネット上の活動から個人情報を収集し、そこから利潤を得ている。西側の資本主義の中にいる我々が、中国の監視社会の人々よりも、自由だと思ったら大間違いだと著者はいう。そして、詳細は省略するが、国民国家の民主主義は、必ずしも「自由」や「正義」に合致した決定を導き出すとは限らない例も多数ある。
ただ、いろいろと問題があったとしても、我々が、なお民主主義を最良の政治形態であると見るならば、民主主義は資本主義と離婚しなくてはならないと、著者はいう。では、再婚相手は・・・?

2.「西洋近代の罪と向き合うとき」
(1)ガザ戦争に見る植民地主義と人種主義
ガザ戦争が複雑なのは、ここに西洋近代の二つの罪(植民地主義と人種主義)が重なっているという。著者は、ガザ戦争の歴史的背景から説き起こす。
かつてナチスはユダヤ人を差別し、その存在を抹消しようとした(ホロコースト)。ヨーロッパの人々は、ユダヤ人をかくも激しく排除した人種主義(ナチズム)を、自分たちが生み出したことに大きな罪の意識を覚え、その償いとして、第2次世界大戦の戦勝国(国際連合)が、ユダヤ人にイスラエルの土地を与えた。しかしこの場所は別の民族、主にイスラム教を信じるアラブ人が何百年以上も住み続けた土地であり、それをあたかも自分たちが自由にできる土地であるかのように、ユダヤ人に与えた。
これは植民地主義の手法である。植民地主義には、しばしば人種主義(人種差別)が随伴している。植民地における先住民や奴隷の支配・搾取は、人種主義によって正当化される。イスラエル建国という植民地主義も、人種主義とセットになっている。アラブ人への人種主義的な差別や排除という形で、それは実践された。
ユダヤ人は、ヨーロッパの極端な人種差別に苦しめられたが、そのユダヤ人が今度は、パレスチナで人種差別による「ホロコースト」を実施している。
パレスチナ問題の解決策は、パレスチナを主権国家として承認し、そのパレスチナ国家とイスラエルが平和共存する以外に解決策はないと、著者は断言する。
しかし、現在のイスラエルのネタニヤフ政権もハマスも、この考え方を完全に拒否している。果たして、ガザに平和の訪れる日はいつになるのであろう。

(2)西洋近代の自己否定としてのトランプ
著者は、トランプ大統領の登場ということの思想的・イデオロギー的な意味を、啓蒙主義の時代以降の西洋の近代史の中で解釈したとき、西洋が自らを否定しようとしていることに気づくという。
トランプ支持者には二つの異なる勢力が共存している。「労働者および過激なナショナリスト」と、「テクノ・リバタリアン」。この両者は、社会的背景を異にしているだけではなく、はっきりとした対立した意見を持ち、互いに矛盾したことを目指している。なぜ両者は連帯できているのか。それは「同じもの」に反発しているからである。「同じもの」とは、民主党が代表しているリベラルなエリート、既成支配層である。
民主党は社会の多様性を唱える。移民を積極的に受け入れ、「LGBTQ+」を尊重し、誰にも公平に対応しようと主張する・・・それなのに―(労働者は思うのだ)―「我々」はどうなっているのか・・・我々は尊重などされていない、むしろバカにされている。既成の支配層が享受している利益や特権から締め出され、排除されている。
これには、グローバル資本主義に内在する構造的な原因がある、「エレファントカーブ」(詳細は主略)が示しているように、現在の資本主義は、1990年頃までの資本主義とは異なり、先進国の中産階級だけが所得が伸びない仕組みになっている。ゆえに先進国(アメリカ等)だけを見れば、格差が急激に拡大する。このようにグローバル資本主義の実態は、かつての労働が重視され、尊重されることはなく、労働者であることに誇りが持つことが難しい社会になってきている。
民主党は本来、労働者や組合の利害を代弁する政党だったのに、現在は労働者の支持を失っている。
一方のトランプ支持者のテクノ・リバタリアンは、リベラルな既成支配層以上に、この資本主義を肯定し推進している。労働者達は、自分たちの不遇な状況に最も責任ある元凶そのものを味方と勘違いして手を組んでいることになる。どうしてこんな間違いを犯しているのか。彼等(労働者)には、自分たちの不満の原因が現在の資本主義にあることが見えていないからであり、また彼らも資本主義の中での成功を夢見ているからである。長期的には、彼等はますます悲惨な結果になるであろうと・・・

トランプに関して、もう一つ面白い見方を著者は示している。トランプは、伝統的な価値、保守的な道徳の擁護者ということになっている。しかし、トランプのふるまいは保守的な道徳とはほど遠い。思いついたままを口にし、他人を口汚く罵り、品位あるマナーのすべてを蹂躙している。不品行の程度はますます高まっていく。その中にはセックススキャンダルや犯罪的な事も含まれる。
この事を、どう解釈したらよいのか?
トランプを単純にリベラルが目指していた社会への「敵」として、解釈すべきではない。トランプなる人物は、むしろリベラルが指向しているものの極限に見いだされる像である。言い換えれば、リベラルが理想化している状態を極端化し、戯画化して表現すれば「トランプ」という像が得られる。
アメリカのリベラルが実現しようとしている社会は、寛容な社会である。かつてはタブー視されていた行動も、他人に危害を与えない限り、個人の自由として承認される社会。ところで道徳の本性は「禁止」にある、許容性の拡大は、伝統的な道徳から離脱していくプロセスである。このプロセスを徹底的に推し進めたらどうなるか。ほとんど全ての道徳的な禁止を平気で、恥ずかしげもなく公然と侵犯する人物像が得られる。それこそが「トランプ」である。
個々の道徳や規範に対しては、もはや時代遅れのものに感じる、しかしリベラルが推進している「寛容な社会」に対しては何か恐怖を感じる、そういう保守派に対してどんな態度が魅力的なのか。「許容的な社会」へ向かうダイナミズムを、ただ純粋に否定すること。つまり社会正義の規定を蹂躙し、蔑ろにするような人物が、保守派を惹きつける。それがトランプにほかならない。

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2025年08月29日

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