【感想・ネタバレ】記憶の対位法のレビュー

あらすじ

二〇一七年、フランス中部に位置する都市リモージュの新聞社に勤める事件記者ジャンゴ・レノールトは、亡き祖父マルセルの遺品整理のため、彼が晩年を暮らした寒村を訪れる。戦後、対独協力者として断罪された祖父は、一族から距離を置いてこの地に隠れ住んでいた。生前会うことがなかった祖父が遺したのは古書の山と、二十あまりの黒檀の小箱──そこに隠された意味とは何か? ジャンゴは西洋古典学を研究する大学院生ゾエ・ブノワの協力のもと、祖父が希求した真実を求め歴史の迷宮へと足を踏み入れる。〈図書館の魔女〉シリーズの俊英が満を持して贈る、知的探究の喜びに満ちた長編ミステリ。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 読んでいる途中から、ああこれ「まほり」なんだな、と気付いて、その印象はラストシーンを迎えても変わらなかった。もちろん、お話としては完全に別物で、単に舞台をフランスに変えたって話はもちろん違う。
 「人文ミステリ」というか、膨大かつ難解な学術領域そのものを舞台装置としたエンタメ、という、ちょっと類作が思い付かないような構成が共通してるな、と感じた。

 お話としてはそれほど難解ではなく、あらすじとエッセンスだけなら非常にシンプルだと思う。
 誰も死なないし、恋愛もない。銃撃戦やカーチェイスなどのバトルもないし、エンタメとしては致命的なまでに盛り上がる要素がない。
 なのに、ぐんぐん「物語」に引き込まれ、読後感は最高という、素晴らしいエンタメ作品に仕上がっている。

 現代フランスにおける「差別」の問題と、主人公が祖父の遺品である黒壇の箱から見つけた「紙片」の謎、そして、フランスという国家の歴史や、「対比法」という音楽の学術的な理論が同時並行で進んでいく。
 そのうえで、「まほり」同様に、がっつりと様々な領域の学術的な蘊蓄が展開されるので、読んでいるうちに、いま自分は何を読んでいるんだっけ、ってことになりかねない。これが「高田大介」の作品でなければ。
 高田大介が凄いのはここから。氏の作品は、こういった入り組んで分かりにくく為りかねない内容ですらも、流麗でリズムの良い文体で語られることによって、読むストレスを感じさせない、というレベルを超えて、「読む」という行為そのものが愉しくなっていく。これは本作だけの話ではなくて、高田大介作品すべてがそうなのだからとんでもない。
 もちろん、「雰囲気」として「読みやすい」だけでなく、本来なら難解で理解が難しい学術的な内容であっても、それを「作品」の舞台装置として最大限に活かし、素人である登場人物を介入させることで、素人である読者にも理解できるようになっていく。安易な例え話や省略に頼って「分かりやすさ」に逃げることをせず、真正面から正確に伝わるよう、難解なものを難解なまま、しかし理解するための補助線や導線をしっかりと整備しながら、「物語」の舞台装置として読者に染み込ませていく。これこそが、高田大介作品における最大の魅力だと自分は感じている。

 そして本書は、語られてきた全ての要素が、最終章で「記憶の対位法」というタイトルに収斂されていく。この流れが本当に美しくて、書かれた全てが、まったく無理のない自然な展開のなかで回収され、「記憶の対位法」という言葉へと姿を変えていく。
 そして迎えるラストシーン。自分ははっきりと映像で「見えた」。これまたとんでもない美しさだった。

 作品としての「美しさ」と、ラストシーンの映像としての「美しさ」。ダブルの美しさで完全KOされました。
 高田大介は名作しか書いていない。
 マジでとんでもない傑物だと思う。

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2025年08月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

題名の意味が最後にすっきりと氷解する。社会学のブルデュー、トッド等や移民政策などなじみがあるところはともかく、音楽史、オック語等は読むのが面倒なところも。
2017年リモージュの新聞記者ジョンゴ(ワトソン)が大学院生ゾエ(ホームズ)と組んで、対独協力者として断罪された祖父の遺品から隠された謎を探求する。
それと並行して、イスラム原理主義者のテロの冤罪として友人が巻き込まれる事件が起こる。
背景として、衒学的に次の語りが入る。
①フランスの移民社会の課題、移民政策、社会の階層化、投票行動のマインドセット等社会学の分析がちりばめられる。ジャンゴも祖父はアルザス人で祖母はマグレブ、教師等を排出する家族であるのに、学校嫌いで新聞記者。
②リモージュで起こったとされる対位法など古楽の歴史。
最後に「対位法」の題名がわかる。
③歴史修正主義に対するフランスの「記憶の法律」それ自体も歴史修正主義の側面も。
最後に、祖父の遺品は、アデマール・デ・シャバンヌーリモージュの司教であり対位法の創設者と目され歴史の捏造者が糾弾し、冤名を受けた学僧に対する同情とアデマールに対する憤懣を自己に重ね、アデマールの対位法も剽窃だと論考するための資料収集と想定される。
中世、戦後、現代を通じた「記憶の対位法」

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2025年08月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ


400ページを超える、フランスの分断と歴史、そして人種であり宗教、音楽の記憶と秘密。フランスという政教分離の国の中でのイスラム教徒たち。テロという社会的な問題と、イスラム教徒であるという理由で本質的な差別を受ける人々。主人公のジャン=バティスト(ジャンゴ)はバティスト(洗礼者)という名前を持ちながらキリスト教徒ではなく、北アフリカの血統に連なる容姿をしながら回教徒ではない。彼はジャーナリストだ。
ジャーナリストとして、キリスト教系の新聞社に務め、その中で差別というものと立ち向かおうとしている。だけど、かつては仲良く過ごしたはずのイスラム教徒の友人たちにとってはジャンゴは「裏切り者」だ。
フランスという国にも、宗教というものにも、どこにも属しきれないまま、ジャンゴは、かつて対独協力者として弾劾された祖父の遺品から黒檀の小箱を見付ける。そして、それが祖父の真実と、この国や差別、音楽や宗教というものと向き合わせていく。

記憶/歴史は、主観で変わる。起きた出来事は、たった一度のひとつきりかもしれないが、繰り返し呼び出されるたびに形や色彩は変わっていく。それはいい意味にも、悪い意味にもなっていくだろう。だけど、何かを語り残すには繰り返し呼び出し続けるしかなく、歴史も記憶も、決して同じ形で居続けることは出来ない。
かつて、ただひとつの真実を知ってしまい声を上げたゆえにコラボとして追われた教師であった祖父も、共にすごした仲間が一方的に差別されることに立ち向かおうと記者になったジャンゴが裏切り者と呼ばれることも、いつかいつか変わっていけるように。

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2025年09月24日

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