あらすじ
非正規雇用、賃金格差、病や障害、ハラスメント──ロスジェネ世代の著者が〈働けない〉側から日本の労働を考えるエッセイ集。
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Posted by ブクログ
2025/05/09予約 25
ハラスメントの被害者は無賃で対処するのに対して、加害者は賃金をもらいながらハラスメントをしているという話は確かにそうだと思う。同じ構造が犯罪被害者と加害者の関係というのもある。
そして障害や病気で働けない人は『普通の人』でさえなく、論点にも上がらないんだな…最後の砦の生活保護も受ける条件が整わずに貧困に陥る人は今後ますます増えるのかもしれない。
著者と同意見ではないが、あまり見たことのない視点から描かれた本なので貴重。
Posted by ブクログ
「ウェブ平凡」の連載に書き下ろしを加えたもの。
・世間では「労働」を「当たり前」のものと捉えて論ずるものが多い。当たり前、の中には、とりあえず「よいもの」としている議論が大半だ。でも、栗田さんはその議論には与したくない。さりとて、資本主義を暴走させるような「わるいもの」という議論にも与しない。労働そのものの議論が薄いからだ。
・「働く」「働かない」の2つだと、善悪二元論になってしまうのは、ワタシも感じている。ここに栗田さんは「働けない」も加えて考えている。「働けない」理由があるとき「働かない」のと、自己責任論の人たち?がいう「働きたくない」という「わるい」わがままで「働かない」選択をすることと、切り分けられる。
・栗田さんの議論には、栗田さん自身の経験が盛り込まれていて、ここが読み甲斐があるところ。どんどん読めるのだけど、読み終わって、本当にさまざまな切り口でさまざまな問題が積み残された社会に毎度びっくりする。議論で紹介されたデータや他の人の考えなどには、アクセスしやすいかたちで出典が示されているのがうれしい。
・電子書籍あり。
Posted by ブクログ
【感想】
異性愛男性、健常者、既婚、正社員といった「マジョリティの詰め合わせ」としての「普通」を基準にしてつくられた日本の労働慣行や法制度には、ジェンダーに由来する差別がいまだに巧みに埋め込まれたままである、と著者は怒っている。けれどもその怒りの文章を、複数の仕事のかけもちと障害基礎年金の受給でどうにか生活をやりくりしている高学歴女性が書いたことに、怒りを覚えるハードワーカー男性もいるかもしれない。本書はそれでもなお、仕事をしないでいる人や怠けている人になぜ人は怒るのか、と問いかけ返す点で、なかなかしぶとい。
【まとめ】
★ 日本の労働慣行や法制度は、シスヘテロ男性、健常者、在日日本(ヤマト)人、会社勤め、既婚者、子持ちといった「マジョリティの詰め合わせ」としての「普通」を基準にしてつくられた。そして、ジェンダーに由来する差別は、日本社会のしくみのそこかしこにいまだに巧みに埋め込まれたままである。
- 障害年金の等級変更は本人の生活や人生にとって重大な影響を及ぼすが、その決定についての通知が遅いこと自体が障害者を軽視している。
- なぜエッセンシャルワーカーは低賃金なのか?
- 仕事をしている中でハラスメントを行うということは、労働の対価であるはずの賃金が、結果的にはハラスメントにも支払われているということにほかならない。
【目次】
はじめに
■ 一章 働かない、働けない、働きたくない
……時代が私に追いついてきてしまったのか?
「正規雇用」の「正」ってナニ? ― 正規雇用と非正規雇用の分断の正体
働けない人間の身に起きたこと ― 年金制度に潜む差別
独身女性のイメージの変遷を追ってみる ― ゼロ年代から二〇年代まで
インボイス制度 ― 国家や企業の本音が透け透け
「女性活躍」とは何なのか? ― 「女性の人権」とは似て非なるもの
世界は無償労働で回っている ― 有償労働と無償労働の違いって?
■ 二章 「普通になりたい」という願望
“怠ける”というタブー ― うつ病の人が闘う相手とは
「お天気屋さん」として生きている
いつまでも楽にならない労働の話
頑張りゃいいってものじゃない
「おおきなかぶ」と「新時代の『日本的経営』」
■ 三章 不安定な私の労働と、働かなくてもよい人たち
「怠け者」列伝
働いているけど、働いてない
不労所得 ― あるいは「稼ぎ」が目的ではない仕事
ポイ活 ― 消費の導火線、あるいは労働の残滓
おわりに
【備忘】
一章 働かない、働けない、働きたくない
■ ……時代が私に追いついてきてしまったのか?
- 「マジョリティの詰め合わせ」としての「普通」
- シスヘテロ男性、健常者、在日日本(ヤマト)人、会社勤め、既婚者、子持ち
- エッセンシャルなのになぜ低賃金なのか
■ 「正規雇用」の「正」ってナニ? ― 正規雇用と非正規雇用の分断の正体
- 「正」と「正に非ず」: 正規雇用と非正規雇用の分断は実質的に現代の身分制度として機能しているのに、その分断とそこに埋め込まれた「正」概念を疑う人は少なく、人々はすんなりと現状を受け入れているように見える。正しさをもっと疑ってもよさそうなものだけど、むしろ疑いが希薄であるという事実こそが身分制度であるとも言える。
- 1985年に成立した諸制度によって、それぞれ微妙に異なる女性像が作られ、女性たちが制度的に分断された
1. 男女雇用機会均等法 → 男性並みに働く女性
2. 労働者派遣法 → 派遣労働者あるいは有期契約で働く女性労働者
3. 第3号被保険者 → 第2号被保険者(≒サラリーマンの夫)を補助する専業主婦たる第3号被保険者
- 正規雇用・非正規雇用の分断の根っこにはジェンダーの問題が横たわっている
- 「正」とは男性を前提とする「マジョリティの詰め合わせ」
- 社員: 本来は法律用語で、社団法人の構成員や、株式会社の構成員である株主などを指す → なぜ日本では従業員を指すようになったのか?
■ 働けない人間の身に起きたこと ― 年金制度に潜む差別
- なぜ等級変更の通知が遅れたのか
★ 障害年金の等級変更は本人の生活や人生にとって重大な影響を及ぼすが、その決定についての通知が遅いこと自体が障害者を軽視している。
- 通知の正確さや丁寧さは社会的な地位に密接している
■ 独身女性のイメージの変遷を追ってみる ― ゼロ年代から二〇年代まで
- この20年間で独身女性が劇的に増えた
- 独身のイメージをめぐる男女の非対称性
■ 世界は無償労働で回っている ― 有償労働と無償労働の違いって?
★ なぜエッセンシャルワーカーは低賃金なのか?
- ハラスメントをしても賃金は支払われる
★ 仕事をしている中でハラスメントを行うということは、労働の対価であるはずの賃金が、結果的にはハラスメントにも支払われている状態になる。
二章 「普通になりたい」という願望
■ “怠ける”というタブー ― うつ病の人が闘う相手とは
- 「普通になりたい」という願望は、「マジョリティの詰め合わせ」に少しでも近づきたいという情けなくも悲しい願望
- 構造の問題 vs 個人の問題
- 生活保護受給者、障害者手帳取得者、専業主婦は「賃労働せずに生きている」とバッシングされるのに、そうした非難が遺産や投資で儲けられる階層、すなわち資本家と呼ばれる非労働者層に向けられることはない
- 「不幸があまり大きすぎると、人間は同情すらしてもらえない。嫌悪され、おそろしがられ、軽蔑される。」(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』)
- 「仕事をしないでいる(とみなされる)人に対してなぜ人はかくも怒りを覚えるのか」
- 賃労働とは真逆の「ただ眠ること」
■ 「お天気屋さん」として生きている
- オンタイムを良しとする世界線では私は生きていけない
- 「働き方の多様性」といってもそれは労働における「周縁」のあり方が変わっただけで、労働そのもののモデル(会社員や公務員など第2号被保険者かつフルタイムで働く人たち)が変わったわけではない。安い賃金で不安定に働くあり方だけが「多様化」したのではないか。
■ いつまでも楽にならない労働の話
- 技術革新のせいで、消費者としては快適に生きていける時代になったが、生産者やサービス提供者としては過酷な状況になった。昔も今もあいかわらず、生きることはしんどいままである。 cf. チャップリン『モダン・タイムズ』
■ 頑張りゃいいってものじゃない
- 出羽守(「ヨーロッパでは〜」「アメリカでは〜」と他国や他業種などを引き合いに出して語る人)
- バブル崩壊後の30年間、どれだけ接客に力を入れたり清掃をきれいにしてもぜんぜん経済成長していないことを踏まえると、日本の労働はその努力が間違った方向にいっているとしか思えない。
■ 「おおきなかぶ」と「新時代の『日本的経営』」
- 1995年に日経連(現在の経団連)が「新時代の「日本的経営」 ― 挑戦すべき方向とその具体策」を打ち出した
- 労働者を無期雇用の「長期蓄積能力活用型グループ」と有期雇用の「高度専門能力活用型グループ」「雇用柔軟型グループ」の3つに分け、雇用の流動性を高めて人件費を節約させようという戦略
「マイノリティが生きていきやすい社会はマジョリティも生きていきやすい社会」とよく言われるが、それでもなおなくならない差別を思うと、ことはそれほど単純なことではないのかもしれない。
生活保護バッシングや専業主婦バッシングなどは、仕事がつらいと感じる気持ちを封じようとするからこそ生じる憎悪の感情ではないかと思う。(154頁)
三章 不安定な私の労働と、働かなくてもよい人たち
■ 「怠け者」列伝
- 歴史上の怠け者たちはみな男性 ↔ 女性と labor
- ナザレのイエスは「神の国の到来を伝える」ために、弟子たちとともに「公生活(the ministry of Jesus)」すなわち「放浪生活」を送った
- ministry ← [ラ] minister(劣っている、召使い、神父の助手)の所有格 ministri
- すなわちキリスト教の教義において、イエスが放浪生活を送っている姿は「人々に仕えている」ものとして捉えられている
- 空ばかり見ている哲学者(タレース)を笑ったのは女性
- 「怠け者」の男性に対応するのは「罪深い女」の系譜(『マノン・レスコー』『椿姫』『ボヴァリー夫人』『緋文字』)
- 『怠ける権利』を書いたポール・ラファルグは自殺した
■ 不労所得 ― あるいは「稼ぎ」が目的ではない仕事
- アイデンティティ・ポリティクス(日本における日本人シス異性愛男性健常者の優位性、世界における白人男性の優位性)と富の分配というポリティクスは切り離せない
- 深沢七郎の怒り: 「なにもしないで天から生活費をお授け願いたい」と願うことは、それを実現するために他の人間に働かせ、自分だけは遊んで生活することを考える、恐ろしい人たちの発想
■ ポイ活 ― 消費の導火線、あるいは労働の残滓
- 今や労働全体が投資を支える影のような扱いとなり、金を生んで投資活動を支える「消費」活動だけがもてはやされ、家事などのシャドウワークやエッセンシャルワークといった「労働」と「労働者」が軽視されているのでは
【引用】
■ “怠ける”というタブー ― うつ病の人が闘う相手とは
「怠けている」とバッシングを受けたときに必要なのは、自分が怠けていい免罪の理由を探す前に、「なぜ怠けてはいけないのか?」と問い返すことなのだが、実際に調子が悪くなるとそのように考えることも難しくなる。そんな時代や社会において静かに横になっていることは、他人への、ひいては社会への地味な問いかけになっているかもしれない。そして何より怠けていようが寝ていようが病んでいようが、あなたが今存在していることを否定できる人は誰もいない。いてはならない。あなたが今はただ眠ることで生き延びているならば、それはなによりも大事な営みなのだ。賃労働とは真逆であっても。(109頁)
■ 不労所得 ― あるいは「稼ぎ」が目的ではない仕事
「私は何もしておりません。別にしたい事もございません。(略)『話の特集』を買うほどのお金と日々のバンがあればよいのですが、何もせずに、もちろん、乞食(ママ)などもせずに天からお授け願えるというわけにはいかないものでしょうか」という相談者に対し、「なにもしないで、乞食(ママ)などもしないで天から生活費をお授け願いたいということは恐ろしい考えです。つまり、あなたのような考えかたの者が、それを実現させるために、人間を利用して、自分だけは遊んでいて、他の人間に働かせて生活することを考える、恐ろしい人たちになるのです。だから、あなたのような恐ろしいことを考える者が資本家になるのでしょう。資本家でさえもその土台をきずくまでには凄く努力します。有難いことにはあなたは恐ろしい考えを実行する努力もしないのだから、不幸のなかの幸です。てめえの食うだけは働くのです」とひどく怒っているのである。(198頁)
Posted by ブクログ
自分が言語化したかったことをつぶさに語ってくれていてありがたく思った(自分の言葉で語ることを諦めないようにしようと思いつつ)。似た立場である部分もあるし、能力や環境の違いを感じる部分もある。そもそも働けないことについて当事者(かつ文筆家)が語っている本があるだけで嬉しい。
Posted by ブクログ
働くことが辛いからこそ、「働いていない」人(そしてこの中に「働けない人」も含む)に「ズルい」という思いを抱いてしまう、というのはまさにそうだと感じた。もう少し働くことにグラデーションがあればいいのにと思っている。いや、いまもそれなりに色々な働き方があるのだけど、フルタイム正社員以外の働き方が割に合わなすぎる(要するに儲からない)んだよなあ…。
なので今日も明日も残業しながらフルタイムで働くしかない。
Posted by ブクログ
まずはとにかく著者は全編通して「怒り続けている」ということ。
そうだよな、その通りだなと思うところが多々あったのにあんまり染みなかったのはなぜなのだろう。
文体か、生のまますぎる怒り成分が多過ぎに感じられるからなのか…
せっかくの(?)働けない当事者からの貴重な考察であるのに、訴え部分が霞んでしまっているような。
タイトルの一部ともなっている「働かない、働けない」について切実に苦しんだ当事者や関係者の人には手に取られるでしょうし、頷けるところもあると思われます。
でもそういう立ち位置の人に関心のない社会ジャンルの本を手に取る人には…どうだろう?
まぁ著書はそういう人には理解も同情も求めていないだろうとは思うのですが…(となんとももやもやした感想ばかりになってしまう)
巻末を見て、本書が書き下ろしでなくウェブ掲載の文章をまとめたものと知り、それでどちらかと言うとエッセイ風味強めなのかなと納得。
そもそもまとめたものの問題提起本という立ち位置でもなかったのかなと。
怠け者列伝(p160)はちょっと面白かった。
文中に引用されていたシモーヌ・ヴェイユの言葉「不幸があまりに大きすぎると、人間は同情すらしてもらえない。嫌悪され、おそろしがられ、軽蔑される。(p104)」が真実すぎる、と衝撃を受けました。