あらすじ
加齢と折り合いをつけてどう生きるか。92歳の作家が、人生を四つに分けるインドの住期の最後、「遊行期」という平穏な時に身をおいて考える。一方で、長生きは「老い」や「ボケ」も一緒に連れてくる。目・耳・歩行力などへの「養生」の工夫、人生100年を生き切るための明るい「修養」、そして執筆活動の根源を明かす。
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Posted by ブクログ
ジャケ買い、があるのならば、タイトル買い、というものもあって然るべきでしょう。
私、両親の面倒をゆるーく見始め、自分たちの衰え・勘違い・言い違いで夫婦喧嘩が始まる昨今、本作サブタイトル「オレたちはどうボケるか」が激しく刺さり、購入に至りました。
確か他のブロガーさんが紹介してた本だったと思います。
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本作は御年90を超えた、作家の五木寛之氏の老年エッセイであります。
ボケたくないけど、ボケるのは必然。だったらなるべくライトに、かるーくボケましょう。みたいな話。
当然、ボケは人によってそれぞれなので、「あくまで私の体験ですが」という但し書きで、こうした方が良い、ああした方が良い、ということが書いてありました。
具体的には補聴器や杖などのツールの積極的使用、転居などの環境変化(これは若い時からのおすすめのようですが)などなど。あとは仏典からの引用多し。
ただ、ひっかかったのは、家族への言及が殆どなかったことでしょうか。昭和の時代の方でしたら致し方ないかもしれませんが、いま配偶者を差し置いて自分だけで物事を決定できる家庭は多くはないと思います(奥さんに断りなしに転職・引っ越しとか。できませんよねえ)。
もちろん、五木氏が勝手に引っ越したとかの記述はないのですが、夫婦のぶつかり合いとか葛藤についての記述がなく、このあたりは物足りなさを感じました。
うがった見方をすれば、お金はかなり稼いでいらっしゃり、奥さんも自立しておりかつ旦那さんの自由をお許しになる優しい方。ならばボケ防止でもなんでもすんなりできそうですよねーと。まあ、氷河期世代の僻みなんですが。
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ボケは諦観して、だったらより良くボケよう、という方向性には同意であります。
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ということで、五木氏のエッセイでした。
高校生の頃、『青春の門』シリーズを読み、大人になったらあんなドラマチックで肉感のある世界に会えるのか、と興奮しました。が、私の人生は平凡でした。
本作を読んで、そんな過去の自身の稚拙さも回想しました。
当然ですが、人生は人それぞれ。意思をもって歩んでいくべきでしょう。氏の人生は私の人生とはかなり違うのだなあと感じた次第です。
Posted by ブクログ
ボケは自然の流れの中にある。
親鸞は75歳頃から和讃(歌詞)を書き始めて90で死ぬまで書き続けた。
鼻歌を歌う=ボケてる人で鼻歌を歌う人はいない。
「人は軽気がよき」(蓮如)最後まで軽薄なくらい活動的に生きる。
衰えは、聴力、視力、咀嚼力、歩行力からくる。
ときどき遠くを見て、焦点距離をあわせるトレーニングをする。目をパチクリさせる。上目遣いに見る。上瞼を上げる。
物忘れはほっておかない。執念深く思い出す。
認知症のリハビリ療法には、回想法で昔の話を思い出すトレーニグがある。
一日に3人、知らない人と口を利く。
オレオレ詐欺は寂しいから引っかかる。
聞こえないことをほっておかない。