あらすじ
我々が信じる合理的選択、科学的認識、論理的思考は、絶対的なものではない! 世界の根源に関わる事象と密接に関連する人間の「理性の限界」と可能性をディベート形式で平易に描く論理学入門書。
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Posted by ブクログ
知性を刺激する見事な傑作。
これは本棚の一番上手前に置かれ何度も開かれることになるマスターピースになる。
つまり一読して理解していない。
理解していないため、書評する資格があるかは疑問であるが、本書は見事な帰結を見せる。生きることの素晴らしさ、いや感情豊かに素晴らしく生きることの大切さを教えてくれた。
Posted by ブクログ
論理、科学、数学それぞれに存在する「不」の定理。
その共通点を、架空のシンポジウムを通して探るなんとも不思議な味わいの一冊。
このシンポジウム形式が実に巧妙なギミックで、本筋とは関係ないが必要な補足を対話の「脱線」という形で実現している。
読み物として面白いし、多角的に限界をつきつけられた理性へ想いを馳せる端緒ともなる。
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素晴らしい名著。知的興奮が味わえる。
囚人のジレンマ、ゲーム理論、嘘つき村のパラドックス、相対性理論とか、そういう話が好きな人には間違いない。
専門知識がなくても、論理学、科学、哲学を楽しめる。広く浅くな内容だけど、各分野への入門としてちょうどよい。
各界の専門家が一堂に会して議論する…という設定で、ひとつの議題に対して、色んな観点からの意見があって面白かった。
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【MEMO】
◆第一章
アロウの不可能性定理…完全な民主主義は成立しない。
◆第二章 ハイゼンベルクの不確定性原理…ミクロなものの位置と運動量は原理的に不確定である。(観測するには光を当てる必要があり、それは対象に影響を与えてしまう)
141
ボーアによるコペンハーゲン解釈(相補的解釈)
145
認識がなくとも外部世界は実在する「実在論」、認識がなければ存在はないとする「観念論」
146、147
量子論によれば、ミクロの物質は通常「波」として存在し、それが観測される瞬間に「粒子」なると解釈されるのです。(略)一個の電子が原子核の周りで波のように広がっている。(略)波が広がっている範囲全体に一個の電子が同時に存在しているという状態なのです。これを我々は「共存」と呼んでいます。
◆第三章 ゲーデルの不完全性定理…自然数論には絶対に証明不可能な部分がある(?)
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この内容で740円とは、知の獲得手段としての書物は実に経済的なものである。アロウの不可能性定理、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーデルの不完全性定理、これを三つ並べて「選択」「科学」「知識」の限界の3題話とするとは、実に面白い。
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もう、理性の限界…。
こう告げられると、今にも襲われそうである。または、怒り出すのか、スーパーサイヤ人になるのか、そのいずれかだ。とにかく、茫然自失。感情的、性的、あるいは穏やかな心を持ちながらの変身において、衝動的な精神状態に変化する境目を表す言葉である。
高橋昌一郎のこのシリーズが面白くて三部作を完読した。他に『知性の限界』『感性の限界』がある。哲学的対話形式で面白おかしく、しかし学際的に進められ知的刺激溢れる内容。
ここで漸く、知性と理性と感性を区別して理解する重要性に気付く。これらには〝限界“つまり、統制を失ったり、能力を超越するまでのラインがあって、そこには順序がありそうだ。
例えば、二つのシーンを思い浮かべてみる。
一つは恋人同士。勉強をしているが、難題に行き詰まる。先ずは知性の限界だ。すると次第に情欲が止まらない。理性の限界だ。だが、肉体が役に立たない。感性の限界だ。
もう一つは会議。議論をしているが、事実確認が必要。やはり、先に知性の限界。それを罵倒されたとする。理性の限界、喧嘩になる。感覚がなくなるまで殴り合い、感性の限界。
いずれも感性の限界の描き方がショボいが、それは置いておいて、限界というからには、次のセーフティラインがあり、順序がある。知性が先だというのは直観的に間違いなさそうだ。
で、本書は理性の話。
「アロウの不可能性定理」。多数決で決めても、それって正しいの?完全に民主的な社会的決定方式が存在しないことは、すでに数学的に証明されている。選挙期間でもあり、ホットな話題。いきなり面白い。三すくみ状態の「コンドルセのパラドックス」も有名。
前半のおふざけはさておき、こういう内容が本書の真髄。投票行動にも選挙にも、様々な限界があるようだ。
Posted by ブクログ
難解な部分もあり、なんとか呼んだが、内容は面白かった。論理学、量子力学の観点での限界をわかりやすく説明してくれた。論理学とか読んでいるときは、ライアーゲームとかは論理学が使われてるのかなと思った。
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「物事に絶対はない」ことを、議論形式で論理的に導いていく本。哲学に詳しくない一般人も巻き込んで議論が行われるため、難しい話題が出ても楽しんで読めた。
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途中で読むのをやめてしまい、ようやく読み終わった。
少し難しいところもあったけれど、シンポジウム形式の内容なので難しいと思ってもシンポジウムに参加している会社員や運動選手、大学生が突っ込んで聞いてくれる。
読み終わるまで時間がかかってしまったけれど、人に勧めたい新書の一つです。
スマリヤン教授の抜き打ちテストのパラドックスが面白かったです。
Posted by ブクログ
読みやすさ★★★
学べる★★★★★
紹介したい★★★★
一気読み★★
読み返したい★★★★★
知性の塊。どのページを開いても面白い。が、難しい。
各専門家や非専門家による対話形式で、分かりやすく構成されているのにも関わらず、1日数ページしか進まない。科学や数学のパラドックスが好きな人にはたまらないだろう。
いくら投票の仕方を変えても、民主主義の成立は不可能だということには衝撃を受けた。
高橋先生、本当に頭がいいんだなぁ。。
Posted by ブクログ
意思決定にまつわる様々な論理を網羅的に知ることができる一冊。具体例もわかりやすく難解ではない。
以下読書メモ
>>>
・パウロスの全員当選モデル
・独裁者の存在を認めるような投票方式でない限り戦略的操作が可能になるというものでギバード・サタースウェイトの定理と呼ばれています。
・人間の心を様々なエージェントが集まってできた一戸の社会とみなす理論があるこれは1986年にマサチューセッツ工科大学の情報科学者 marvin minsky の提唱した心社会論と呼ばれる理論
・ 繰り返し囚人のジレンマ
・ノイマンとモルゲンシュテルンはこのようなゼロサムゲームに限って言えばミニマックス戦略をとることが最も合理的であることを証明した
・ しっぺ返し戦略。
→自分からは核兵器を使用することはないと協調路線を示す。 ただし相手が核を使用した場合にはこちらも即座に核で報復すると宣言している
・ところが両方が核兵器発射のボタンを押す核戦争のように両方が裏切る場合に最悪の結果が生じる場合もある。 このようなゲームはチキンゲームと呼ばれ囚人のジレンマと区別されている。
・ラプラスは「偶然とは無知の告白である」と言ったことで知られているが、この宇宙の出来事は全て決定されており、不確定要素の入り込む余地はないと考えた。
・宇宙全体が一度動き始めれば、後は自然法則通りに動き続ける自動機械のようなものであり、あらゆる出来事は決定されていると見なされた。 したがって、もしラプラスの悪魔が存在したら、神羅万象は余すところなく知り尽くされ、すべては予測通りに従うことになると、そのように考えられたのです。
・不確定制限 by ヴェルナー・ハイゼンベルク
・「存在するとは知覚されることである」と言って、認識がなければ存在はないとする観念論を主張。 byジョージ・バークリー
・ 哲学者カールポパーの「進化論的科学論」によれば、環境に適応できない生物が自然淘汰されるのと同じように、古い科学理論も観測や実験データによって排除されていく。 この意味で、今日の科学における諸概念も時間の経過とともに必ず古くなっていく。
・ 基本的に、科学者の仕事は、問題を解決するための仮説を立て、
その仮説を批判的にテストすることによって、誤りを排除し、その過程で生じる新たな問題に取り組むことです。ポパーはこの批判的思考の実践によって、科学が真理へ接近していくと考えた。
・ 最初に相対主義を主張したのは、古代ギリシャ時代の哲学者プロタゴラスです。 彼の「人間は万物の尺度である」という言葉はよく知られている。いかなる対象も、尺度を通してしか認識されない、つまり各個人の主観によって、相対的に知られるに過ぎないという見解。
・ファイヤアーベントは自分の哲学を「方法論的虚無主義」と呼ぶ
・ Xは知識があるが、不親切で人間的に冷たいとする。Yには知識はないが、親切で人間的に温かいとしよう。この場合、とYを比較する絶対的基準があるかね?「知識」という基準で見れば、たしかにXが優れているが、「親切」という基準に照らしてみると、Yの方が優れている。プロタゴラスの尺度の問題だよ。「知識」と「親切」という基準のどちらを重要視するかは、一義的には決められないだろう?
・チャーチ・テューリングの提唱
アルゴリズムで表現できるすべての思考はテューリングマシンの計算可能性と同等だという見解。
Posted by ブクログ
いろんな登場人物が出てきてあーだこーだ言ってて楽しいです。ゲーデルの不完全性定理のところは、半分も理解できなかった。正しいと分かっていながら証明できないものがあるっていうのが不完全性定理だそうで、そういう捉えきれないものがあるのはもどかしいというか、なんか恐ろしいというか、そんな気持ちになったけど、そうなるのはそもそも「人間はなんでも捉えられる・理解できるはず」っていつの間にか考えてしまってるせいなんだろうなーと、自分の考えが自己中で危ういなぁと反省。
Posted by ブクログ
限界シリーズの1冊目。専門家と一般人によるシンポジウム形式で非常に読みやすい。
「アロウの不可能性定理」、「ハイゼンベルクの不確定性原理」、「ゲーデルの不完全性定理」とその論点についてそれぞれ選択、科学、知識の限界に分けて議論される。
文系で専門知識がないと「ちょっと何言ってるかわからない」のオンパレードで全て理解しようとすると挫折しそうだが、こういう考え方があるんだなと知るだけでも世界が広がる気がする。
特に一章の選択の限界は面白かった。投票方法によって当選者が変わるという民主主義の矛盾を突き付けられる。
また、カント主義者や急進的フェミニズムなどが極端な発言をする度に司会者に遮られるというお決まりのパターンに笑ってしまう。とっつきにくい議論に着いていかせるという著者の戦略にはまってしまった。
Posted by ブクログ
知性の限界が面白かったので理性の限界も読んでみた。物理学の章は周知の内容だったので、それほど知的好奇心を刺激されることはなかったが、全体として読みやすくて満足いく内容だった。
第1級の科学者との雑談がきっかけで討論会形式にまとめることにしたという。 面白くて分かりやすいのが一番、という姿勢は大賛成
Posted by ブクログ
割と好きな人事が読んでたので借りた。
ディベートでいう所の、二駁の価値比較を思い出した。
結局の所アップルトゥーアップルでしか明確には比べられなくて、異なる価値観を比較する際には、そこに選択者の思想が入るんだろうなと思う。
というかそもそも、選択肢から1つを選ぶ際に考えるフレームによってどういう方向性の決定をするのかってある程度決まっているのかもしれないなと感じた。
Posted by ブクログ
「理性の限界」高橋昌一郎
「良妻を持てば幸福になれるし、悪妻を持てば哲学者になれる。」ソクラテス
完全に民主的な社会的決定方式は存在しない。アロウの不可能性定理
X>YでY>ZならばX>Zであるという性質は選好の推移律と言う。
個人において成立している選好の推移律が集団においては成立しない事がある。
どの投票経路をたどっても同一候補者が当選すべきとする民主主義の大原則は、
経路独立性と言う。
複数の選択肢から単数を選択して投票する単記投票方式や上位二者決戦投票方式、勝ち抜き決戦投票方式では、プラスマイナスの大きい候補者が当選しやすくなる。順位評点方式、総当たり投票方式では、極端に高い評価も低い評価もない八方美人タイプが選ばれる。実社会ではどのようなタイプの当選者を求めるかによってどの投票方式が適しているのかが経験的に定められている。つまり、完全な民主主義は存在しない。
民主主義の4条件
1.個人選好の無制約性
2.市民の主権性(全員一致の原則)
3.無関係対象からの独立性、、二つの選択肢の選好順序は他の選択肢の影響を受けない。
4.非独裁制
まず協調から初めて、相手が裏切れば即座に裏切り返す、相手が裏切らなければずっと協調しているティットフォータット(TFT)戦略は非常に幅広い戦略を相手にしても有効。
ゼロサムゲームに限って言えば、勝とうとするよりもまず負けないようにするミニマックス戦略がもっとも合理的。
古典物理学では説明のできない量子論の指し示した新しい概念を相補性と言う。
これは相反する二つの概念が互いに補い合う事によって一つの新たな概念を形成するというもの。一方が他方を定めるのではなく、双方が互いに補いあわなければ全てを理解する事はできない。
水素の原子核の周りには一個の電子しか存在しないが、この電子は原子核の周囲の至る所に所在し、いわば周囲を満たしている。これを共存と言う。
科学は「通常科学」と「危機」と「科学革命」の循環によって成り立つ。
科学者集団が共有する科学的認識を総称してパラダイムと呼ぶ。
科学者が新旧パラダイムを選択する過程において、実際に効果を上げるのはプロパガンダ活動であり合理的な基準などは存在しない。真理や客観の概念ではなく、信念や主観に基づく合意である。
真理が相対的でしかありえないとみなす立場が相対主義。
帰納法による推論は仮に前提が真であっても必ずしも結論を導くとは限らない。なぜなら論理的な必然性がないから。ヒューム
科学こそが最も新しく、もっとも攻撃的でもっとも教条的な宗教制度である。ファイヤアーベント
発言が行為と結びつく事によって生じるパラドックスを語用論的パラドックスと呼ぶ。
数学の世界には公理系では汲み尽くせない真理が存在する。自然数論の不完全性定理。ゲーデル
不完全性定理によって決定不可能命題を構成できるので、人間理性にも必然的にパラドックスが生じる。
Sの真理性はS内部では定義不可能。ゲーデル・タルスキーの不完全性定理
それ自体よりも圧縮できない数列をランダムと数学的に定義している。
自然界や自然数論の究極の中心に見えてきたのは確固たる実在や確実性ではなく、根源的な不確定性やランダム性。
利己的な経済活動だけでは社会的善を達成できない。アマルティアセン
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これに続く「知性の限界」を先に読み、とても感心したので読んでみた。当初、在庫切れだった、評判をよんだのか、復活して店頭に並ぶようになった。すごい。この本はこの本でとても面白かったが、個人的には本書の方が難しく感じた。とくにゲーデルのところ。それと、テューリング・マシンをめぐる話があるが、テューリング・マシンそのものの解説はないので、少し不親切な気もした。たまたま「知性の限界」方に、個人的に知りたいことが多かったため自分の中での評価が高いが、客観的には甲乙つけがたい。というか、片方読んで面白いと思った人は、是非もう片方も読んで損はないと思う。""
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この本は理性には限界が無いことを言いたいのだと思う。アロウの不可能性定理、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーデルの不完全性定理を用いることで色々な概念を突破できる。とはいえ世の中にはパラドクスも数多くある。それらを1つ1つ哲学的に解釈しているところがこの本の良いところだ。ウィトゲンシュタイン、カント、純粋理性批判、コンドルセ、戦略的操作可能性、囚人のジレンマ、チキンゲーム、人間の科学的限界、論理的誤謬、ゲーム理論等我々がビジネスで直面する問題点も多い。それらを解決するヒントにしていきたい。
Posted by ブクログ
限界シリーズ第1弾。いまさらながら読んでみた。
何と言ってもこのスピード感がいい。次々と話題が変わり、1ページで1冊くらいの専門書の要約を次々と読んでいるような感じ。気に入りました。
特に173ページ、電子は粒子か波か、というよくある問いに対して「量子論においては意味をなさない」として次に進んでしまうところが良かった。
Posted by ブクログ
『知性の限界』『感性の限界』(ともに講談社現代新書)へと続く「限界」三部作の第1弾です。大学生や会社員、論理学者、哲学史家、科学主義者、ロマン主義者など、多くの人びとが参加するシンポジウムでの会話を通じて、アロウの不可能性定理、ハイゼンベルクの不確定性原理、ゲーデルの不完全性定理にまつわる問題が、わかりやすく説明されています。
三部作の中で、本書がもっとも議論の密度が高く、おもしろいと感じました。とくに著者の専門であるゲーデルの不完全性定理のさまざまな拡張を扱ったところは、この問題についてはまったく素人であるわたくしでさえ、何となくわかったような気にさせられてしまうほど、著者の説明は巧みです。
カント主義者や急進的フェミニスト、フランス社会主義者とフランス国粋主義者のコンビなどの不規則発言や、それらを巧みに捌いていく有能な司会者の振る舞いなどもおもしろく、高度な内容にもかかわらず引き込まれるように読めてしまいます。
Posted by ブクログ
社会科学における理性の限界をアローの不可能性定理を中心にゲーム理論などもからながら論じる。
自然科学における理性の限界をハイゼンベルグの不確定性原理を中心に論じる。
そして、論理学や数学における理性の限界をゲーデルの不完全性定理を中心に論じる。
という流れで、人間の理性の限界を論じた本。
というと難しそうだけど、これが、さまざまな仮想の参加者によるディベート形式による説明で、すごく取っ付きやすいし、かなり分かりやすく書かれていると思う。
実は、この手の話しは、個人的な知的興味のかなり中心部分で、関連するような本はいろいろ読んできたわけなのだが、この3つの限界を関連づけて示す本はあまりなかったわけで、そういう意味では待望の本ともいえる。
一方、一般にも分かりやすく書いてある分、自分にとって全く知らないことが書いてあるわけでもない。このため、知的スリルがあるというよりも、一度読んだ事があるようなことを、違う角度から確認する、という感じに近いかな?
どちらかというと文系(?)の著者が書いたためか、とくに不確定性原理に関する部分は、新たに知るような中身は少なかった。
一方、アローの不可能性定理などの投票のパラドックスの説明は、これまで読んだ中で一番分かりやすかったと思う。
アローの定理は、他の2つの定理に比べ知名度が低いが、この社会的な意思決定に関するディレンマについては、もっと注目されても良いと思うな。
と、やや熱意の足りないレビューになってしまったが、こうした領域についてあまり読んだことがない人に対しては、ぜひ読んで欲しいと思う。
私たちの理性には限界がある。
ということは、理性の最先端によって、すでに証明済みなのである。
ということまで理解した人間は、ある意味、理性を超えてた存在なのであろうか?
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タイトルにある「不可能性」「不確定性」「不完全性」について書かれた本。特徴として、様々な立場の人物を登場させ、それぞれの立場・思想から説明や突っ込みをしていく形式で書かれている。
中でも民主主義の限界を示す不可能性が、今後の人生で一番役立ちそうに思える。どのような投票方式を選択するかは、自分の主張に応じて変えるべきなのだ。
Posted by ブクログ
様々な制度、理論の限界を紹介する本。「アロウの不可能性定理」ですべての人の希望を反映した決定ができないことを、「ハイゼンベルクの不確定性原理」で量子世界の予測不可能性を、「ゲーデルの不完全性定理」ですべての論理が証明できないことを、それぞれ紹介している。
それぞれのあんちょこ本なので、もっと掘り下げる場合はちゃんと調べる必要があるとは思う。とはいえ、専門としているわけではないためこれで十分か。
一番の収穫は名前しか知らなかった「シュレーディンガーの猫」の内容がわかったこと。「ゲーデルの不完全性定理」は非常に理解が難しかった。
ゲーム理論の話の中で、協調を基本とし裏切られたらしっかり仕返しする「しっぺ返し」プログラムが一番強いという話は、非常に示唆に富む話だと感じた。
あと、ちょいちょい入るカント主義者に笑った。
Posted by ブクログ
「人間は、どこまで理解することができるのか?」
これまで絶対とされてきた事柄に対して、「様々な分野の人たちがディベートを重ねていく」という形式で、その謎を解き明かしていく。
科学や論理学などに関する様々な話題が盛り込まれており、時折むずかしい用語が飛び出してくることもあるが、それ以上にわかりやすい実例を挙げて説明してくれるので、とても飲み込みやすい。いずれも目からウロコの話題で、読み終えた後には世界への見方が変わったような、とても充実した読後感が得られる。
ここ最近の教養新書では一番。むしろそんなカテゴリにとどまらず、幅広い人々に読んでほしい一冊。
Posted by ブクログ
架空対談形式なので、気軽に読めそうな気がしますが、中味は濃厚です。理屈好きで知的刺激を味わいたい人にはぴったりの1冊でしょう。
選択、究極、科学、知識という各カテゴリーでの「限界」について哲学的かつ学術的な考察と最近の動向を網羅し、難解な理論をかみ砕いて説明していきます。
半端ない数の登場人物同士の対談は結構バレバレな脱線を重ねながらも、実はそれが読者の理解への助けとなっている仕掛けも乙です。
特に、電子の性質が多世界解釈でしか成り立たちえない結論(解釈)は鳥肌モノです。(第2章)
また、序章で提示された陸上記録の物理的限界値(どんなに優れた運動選手でも、循環器系や筋肉の物理的性質によって記録は制限される)が、興味深かったので一部掲載しておきます。
100m 9秒37(男) 10秒15(女)
200m 18秒32 20秒25
400m 39秒60 44秒71
800m 1分30秒86 1分42秒71
1500m 3分4秒27 3分26秒95
マラソン 1時間48分25秒 2時間33秒
他にも読みどころが満載なお得な1冊です。
Posted by ブクログ
●同じ著者の『感性の限界』が面白かったので、読んでみた。こうして哲学各論の本を読んでみて思うのは、哲学と科学というのは不可分である、ということだ。
Posted by ブクログ
知性や理性に関する限界性を、いろいろな立場の人間がディベートを行うという設定で追求していく。科学や哲学に詳しくない人でもある程度読みやすい内容になっていると思う。
Posted by ブクログ
『理性の限界』なんて言われると、私なんかはブチ切れてしまう手前の精神状態なんかを想像してしまいます。
実際は、哲学の世界で「最高の理論だ!」と思われていたものがそうではない、といったことを、いろんな工夫を凝らして面白おかしく素人向けに説明してくれています。
いろんな工夫の一つが、それぞれの世界を代表して「出演」してくれている人たちです。しかし、きっと高橋昌一郎は出演者の中では「カント主義者」が一番好きなんじゃないでしょうか。落語のくまさんみたいな感じ?
説明内容としては、やっぱりよくわからないというか、感覚としてはそう思ってたけど証明されてもねーという感じです。しかし、パスカルの『パンセ』から「理性の最後の一歩は、理性を超える事物が無限にあるということを認めること」はなんというか腹に落ちました。
Posted by ブクログ
専門的な知識がなくても読めるよう、身近な例をもとに限界や矛盾について話が進められる。
序盤の、完全に民主的な投票方式は存在しないという話や、終盤の、ゲーデルの「すべてを証明することはできない」という不完全性定理の話はなかなか面白く感じた。
ただ、読者層を広げるためか、会話調で内容が進められるが、話がそれるのを司会者が止めるやりとりが無駄に多い。その部分にあたるたびに何か損した気になる。
評価としては、標準を☆3つとして、内容の面白さで+1、前述の無駄な部分で-1で☆3つとしました。