【感想・ネタバレ】異性愛という悲劇のレビュー

あらすじ

あなたはこれからも、怠け者で思いやりに欠け、腹を割って話せる友人もおらず、セラピーにも通おうとしない、子育て並みに手のかかる、ケア目当ての男性と交際したいですか?

異性愛の文化の中で人気を博す映画・ドラマ、恋愛指南書の変遷、ナンパ教室でのフィールドワーク、クィアの仲間たちへのインタビューを通して、同性愛者(レズビアン)の研究者がまなざす、異性愛という悲惨な異文化の正体。世界をひっくり返す、新時代のパートナーシップ論!

異性愛者の皆さんが心配だ。これは私ひとりだけの意見ではない。私たちクィアは、以前から異性愛者の文化に危うさを感じていた。異性愛者が同性愛者を忌み嫌い、暴力を振るい、クィアなサブカルチャーをなかったことにしようとするなど自分たちに被害がおよぶのを怖れるだけではなく、異性愛者の女性を抑圧する異性愛の文化に困惑し、頭を抱え続けてきた。
性的にそそられないとか生意気だとか、稚拙なメディアや自己啓発プロジェクトが作った女性を貶める陳腐なイメージが長年にわたってまかり通っている。男性が女性を性のはけ口にして、自分たちの不満を解消するようなセックスは、どう考えても理にかなっておらず、クィアの多くが異性愛者の文化に戸惑いを覚え、もっとはっきり言えば、吐き気を催すほど嫌悪している。
しかし、私たちが異性愛者の文化を心配したり、異性愛者が異性に欲情するのを否定したり、人類のあらゆる性的指向を論じたりすることは、異性愛者たちからすればわずらわしいだけだとよく知っているので、クィアがあえてこの問題に口を出すことはない。
異性愛者の人たちが心配だなんて、私は考えすぎだろうか?(本文より)

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Posted by ブクログ

クィアの視点から異文化としての異性愛を語った本。
空気のように感じていた異性愛文化が、クィアという外の観点からは、こんな風に映っていてこんな問題があると感じているのかと、とても興味深く読むことができた。
現在の異性愛文化がどのような歴史を辿って形成されたかについても記載されているため、読み進めるうちに自然と異性愛文化についてメタ的に分析することが可能になってくる。
自分自身がこれまで無意識に感じ取ってきた生きづらさが、異性愛規範に基づいていると気づくきっかけを与えてくれ、読む前と後とでは世界が一変したように感じられた。

特に興味深かったのが4章と5章。
4章では著者の友人のクィアが異性愛者に感じていることと、それへの著者の分析が書かれている。
異性愛者は、異性愛規範に従おうとするあまり、交際・結婚生活でも性行為でも、退屈で窮屈な思いをしているという内容が衝撃的だった。
日本でセックスレスや熟年離婚が問題になっている背景には、異性愛規範の問題が大きいのかもしれない。

5章では「包容力のある異性愛」が語られる。
現状、異性愛の性行為は性欲の観点から男性優位で行われている。
しかし、性行為は肉体的な快楽だけでなく、思想・経験・傷といった、相手の人生そのものを感じとって深く理解すること(相手との同一化)によって得る快楽もあるはずだ。男性は、女性との同一化を行ってこそ、本当に女性を愛することができる、と著者は語る。
少年漫画・ヤンキー漫画では拳で語り合うシーンが出てくるが、あれは拳を通して相手との同一化を行うことだと言えるだろう。拳で語り合うことができるなら、男女が性行為で語り合うことができないはずはない。
特に日本人は、推し活を通して異性のアイドル・キャラクター等に同一化する経験を持った人が多い。異性愛規範から自由になれれば、「包括的な異性愛」へと踏み出すのは容易だろう。

たまに文章の中に直訳的でわかりにくく感じる所があるのが玉に瑕だが、様々な新しい視点・発見をくれる素晴らしい本だった。

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2026年03月05日

Posted by ブクログ

読んだ。うん。内容は至極まっとうで、正しい。ただ、これは結局、誰に向けて書かれたものなのだろうか、と考えてしまった。おそらく異性愛者の女性、そして男性に向けての本なのだろうけど、語り口があまりにも「異性愛はいかに愚かなものか」「異性愛者の女性はいかに被害者で、いかにかわいそうか」という点を強調しすぎているように感じた。はたして、これを最後まで読み通す異性愛者の女性はどれだけいるのだろう。

「あなたはかわいそう! あなたは被害者! それはあなたが愚かだから!」という語り口は、いくら内容が正しくとも、それを自分のこととして受け止めることに壁を作ってしまうのではないか。異性愛者であることがかわいそうだなんて、そんなふうに言っていいのか、という気持ちも湧いてしまう。

海外の書籍を翻訳したものだから、ということもあるのだろうけど、X(蔑称)に垂れ流されているような言説をそのまま書籍として読む必要があるのか、と思ってしまった。特に著者の知人たちへのインタビューのパートは正直ひどいなと感じた。

アメリカで書かれた本でもあるし、そもそも前提となる状況が異なるということもある。日本では異性愛者の女性がクィアの人たちと出会ったり、頻繁にコミュニケーションを取るような環境は、まだそこまで整っていない。

土壌がまるで違う以上、この本の受け取られ方も同じではないと思う。翻訳されたということは日本の読者にも読んでもらいたいという意図があったのだろうけれど、正直なところ異性愛者の女性であっても、すでにフェミニズムやミソジニーに関する知識を持っている人たちに向けて「そうそう、ほんと最悪だよね!」と溜飲を下げるための本にしかなっていないように感じた。

改めて言うが、内容自体はとても正しい。家父長制やミソジニーの弊害を女性がこうむっていることについて、しっかり書かれている。でも、それが読む側にきちんと届くかというと、必ずしもそうではない。そんな、惜しい印象を受けた。

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2025年04月15日

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