あらすじ
第34回紫式部文学賞受賞
皆川博子 新たな代表作、誕生。
自らの道を求め交易商人を志した二人の少女の物語。
少年の日に夢見た「本物の文学」という幻に、今日、出逢ってしまいました。
パンドラの匣に残された最後の希望のような言葉の冒険。 ――穂村弘
記録に決して残らない「が、あったはず!」の歴史的瞬間。
虐げられし者たちが織り成す、魂の生存を賭けた「智」の連鎖。
時を超えて掘り出されるその昏き光彩、まさに圧巻! ――マライ・メントライン
1160年5月、バルト海交易の要衝ゴットランド島。
流れ着いた難破船の積荷をめぐり、生存者であるドイツ商人と島民の間で決闘裁判が行われることとなった。重傷を負った商人の代闘に立ったのは、15歳の少女ヘルガ。
義妹アグネが見守る中、裁判の幕が開き、運命が動き出す――
ドイツ商人が北へ進出し、ロシア・ノヴゴロドでは政争が頻発するなど動乱の時代を生きた人々を詩歌や戯曲形式も交えて紡ぐ、小説の新たな可能性を拓く傑作長篇!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
十二世紀のバルト海の島に住んでいた姉妹が、決闘裁判を機に思いもよらない広い世界へと繰り出す。冒険譚であり姉妹の絆を描いたシスターフッド的な物語でもあり、酷薄な身分制度や欲得や打算まみれの人間模様を浮き彫りにした歴史小説の側面も持った小説です。
それだけ中身が濃いながらも、合間に戯曲形式を挟み、きわめてさらりと短く的確に状況を描いていく文体で意外なほどするりと読み進められます。過去の長編大作での歴史と個人の運命をより合わせた重厚さとはまた違いますが、十二世紀という馴染みの薄い時代を的確に感じさせる細やかな小物や社会風俗の描写はさすがの一言でした。
ただ主な視点となる二人の少女と一人の奴隷の物語としては、もっと踏み込んだディテールがあれば、と思わなくもありません。終盤の邂逅は美しい場面でしたが、急ぎ足に見え、少々もったいなく感じたのも事実です。
それでも、齢90歳を超える作者が綴り上げた物語として、これほど瑞々しく自然の風景を捉え、抗えない差別や批難のもとで生き抜こうとする若者たちを描いていることは凄いなと改めて感じ入るばかりです。次作も期待します。
Posted by ブクログ
12世紀。バルト海に浮かぶゴットランド島に住む15歳の少女ヘルガ、ノヴゴロドの貿易商の完全奴隷であるマトヴェイ、リューベックの有力者の妹であるヒルデグントを中心に、交易の新たな時代の夜明け前を描く歴史小説。
てっきり決闘裁判がクライマックスにくるのだと思っていたらそこは前座。ヘルガが海にでてからが本番なのだが、三人称視点とマトヴェイの一人称視点が入り混じることにどういう効果があるのかよくわからなかった。ヘルガはゴットランドの言葉も読み書きできないという設定なので、ヘルガに語らせなかったのには意味はわかるのだけど。
人称問題も含めてヘルガが主人公だとも言い切れない群像劇であると思う。だからこそ要所で挟まれる戯曲形式が効いていて、ここは傍白でそれぞれの思惑が語られるので面白い。決闘裁判の承認をめぐる討論のあたりは「ヴェニスの商人」のオマージュなのかなと思った。ヘルガはめちゃくちゃ戦闘的なポーシャ。
ただ、最後まで読むとプロローグだけで終わってしまった感が強い。ヘルガが女性貿易商として成り上がる冒険小説になるかと思えばそうじゃないし、ならばユーリイとマトヴェイが父を超える教養小説になるかと思えばそうでもなく、ヒルデグントの謀略がゴットランドを凋落させるといった単純な話でもない。読者と一番心理的距離が近いのはマトヴェイだけど、奴隷なので行動できないし観察者としても半端な書かれ方である。
歴史的な記述が続くときにも一本の美学が通っている皆川節を読むだけで楽しいといえばそうなのだけど、地図上に人物を配置して力学的関係を説明し、さぁドラマはこれからだというところで突然何十年も時を飛ばされて置いてきぼりを食らった気分。でもだからタイトルが〈風配図〉なのか。
Posted by ブクログ
まずこれは、如何な時も理不尽に虐げられ踏みにじられ続けてきた、女性たちの闘いの物語である。
そして、聡明かつ慧敏でありながらなも奴隷民という身分のためにその力を揮うことができない、青年の葛藤の物語である。
さらに、バルト海に面する3つの地域を舞台に、それぞれの領民たちがそれぞれの思惑を胸に往き交い、剥き出しの欲望をぶつけ合う群像劇でもある。
つまり、まさしく皆川博子節に他ならない。
ただ常と異なるのは、あれ、まだ話半ばなのにもう紙幅が尽きそうだぞ…大丈夫か…という漠とした不安の通り、ここからという時にぷつりと幕を下ろされたような感があるところ。
かつての氏であれば、ここから世界をさらに拡大し、ダイナミックなクロニクルを紡ぎ上げたはず、と思ってしまう。
とはいえ、実に齢90を超えてなお、これほどの作品を上梓されるという、その一点のみで十二分に驚嘆すべき素晴らしいことなのだけれど。
末永いご活躍を心より祈念する。