あらすじ
オランダ生まれのゴッホはゴーギャンやセザンヌらとともにポスト印象派を代表する画家である。ゴッホと言えば、思い浮かぶ絵は《ひまわり》かもしれない。また、《自画像》も有名である。しかし、他にも顕著な特徴をゴッホの絵に見出すことができる。それは、《星月夜》など星空が描かれた絵である。天文学者が「ゴッホは星空に何を見たのか」に着目し、ゴッホの絵に隠された謎を多角的に検証し、その奥深さに迫る。
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1166円
ゴッホは星空の絵が美しいけど、月は満月ではなく、三日月か有明月しか描いてないらしい。天体観測では満月より新月の方が星空を見るのに適してるんだけど、ゴッホは月より星を愛したから満月を描かなかったのかもな。
谷口 義明
(たにぐち よしあき、1954年12月23日 - 2026年1月9日)は、日本の天文学者。専門は、銀河天文学。愛媛大学名誉教授。放送大学特任教授[1]。理学博士(1984年9月東北大学)。北海道旭川市出身。北海道旭川東高等学校を卒業するまで故郷の旭川市で過ごした。中学時代に雑誌「天文ガイド」を見るまでは昆虫少年だった[2]。東北大学理学部天文・地球物理学科卒業、同大大学院理学研究科天文学専攻博士課程修了。1987年東京大学東京天文台助手、翌年東大理学部天文学教育研究センター助手となる。1991年東北大学理学部天文学教室の助教授。2006年4月1日に愛媛大学大学院理工学研究科数理物質科学専攻教授。2007年11月愛媛大宇宙進化研究センター宇宙大規模構造進化研究部門教授兼同センター長[3]。2016年4月放送大学教授。2023年4月放送大学特任教授。2025年には宮沢賢治賞奨励賞を受賞した[4]。2026年1月9日死去[5]。訃報が公表されると、X[6]やblog[7]等で、教え子や関係者らによる追悼のメッセージが寄せられた。東大木曽観測所時代の1988年1月20日 (UTC) に、おとめ座の銀河NGC 4772に出現したII型超新星SN 1988Eを発見した[8][9]。1997年には、宇宙の彼方にある誕生間もない銀河を発見している。1999年には電波銀河のジェット流噴出部付近で起こっている粒子加速を捉えた。日本科学未来館ドームシアターガイア立体視プラネタリウム作品「バースデイ〜宇宙とわたしをつなぐもの〜」の監修を務めた[10]。いっぽう、天文学のアウトリーチ[11]と旺盛な執筆活動を続け、関連の解説や講演の一例は動画で視聴が可能[12][13]。
「絵に関してはまったくの素人でも、絵について語り合うことができるのは素晴らしいことだ。結局、絵、つまり芸術は「国際語」なのだ。」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
「明らかにゴッホは、物の姿を正確に写しとることに主眼を置いてはいない。物を見て自分が感じることを、色と形で伝えたかったのだ。そして、人にもそれを感じてほしかった。彼は、写真のように本物そっくりに描いた絵を指して、「立体メガネ」で見ているようだと言っている。彼はそういうものを描きたいとは思わなかった。感情を伝えるためなら、形を誇張し、歪曲することさえあった。(『美術の物語』(エルンスト・ H・ゴンブリッチ、河出書房新社、 2019年、 548頁)」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
「アインシュタインの一般相対性理論。これはニュートンの万有引力に取って代わった重力理論のことだ。重力は時空の歪みが伝わると考えるのだ。その類推で、〝ゴッホは「一般相対論的な観察眼」を体得していた〟と表現することもできる。」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
「パリを愛したゴッホはなぜかセーヌ川を描かなかった。本来ならば描きたかった。しかし描かなかった。その題材をサン =レミでようやく使うことにした。こうして、想い出のセーヌ川が夜空に降臨した。」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
《星月夜》とは違うが、糸杉と星空が描かれた絵がある。《糸杉と星の見える道》である(口絵4)。別の名は《夜のプロヴァンスの田舎道》だ。 ゴッホほど糸杉の好きな画家はいない。この絵は1890年5月に描かれた。《星月夜》が1889年6月(あるいは9月)なので、約1年の時を経て描かれたものだ。 《糸杉と星の見える道》の絵を見た瞬間、空を見なければ昼間の風景を描いた絵だと感じた。あまりにも風景がはっきりと描かれているからだ。手前を歩いている2人の人物。そして、道の奥には馬車。さらに、その向こうに糸杉も3本見えている。夜なら、そんなにはっきり見えないはずだ。ところが、この絵の別のタイトル《夜のプロヴァンスの田舎道》からわかるように、夜の絵なのだ。 夜なのに、なぜ、このように景色がはっきりと見えるのだろうか? それはサン=レミの緯度が高いことと(約43度)、季節が夏至に近いせいと考えてよい。緯度43度では白夜になることはないが、日の入りの時刻は遅くなり、夜の闇が来る時刻も遅くなる。そのため、サマータイムが導入されているぐらいだ(時刻を1時間早める措置)。高緯度地方では太陽が沈んでも、沈んでいく角度が小さいので、暗くなっていくペースが遅い。そのため、なかなか暗くならない。この状況は、日本語では「暮れなずむ」という。『広辞苑』でこの言葉を調べると次のように説明されている。
「ゴッホは月が沈むことに悲しさを感じていたのかもしれない。三日月の描き方に関していえば、ゴッホは写実主義を捨てている。これは確かだ。「月よ、沈むな! 月よ、昇れ!」この気持ちがゴッホの三日月の形に表れているような気がしてならない。」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
すでに述べたように、ゴッホの絵には満月の姿がほとんど出てこない。実際のところ、満月を描いた絵は一枚ある(図49)。しかし、その絵では満月の全容は描かれていない。昇りかけで、半分しか描かれていないのだ。そして、半月(上弦の月と下弦の月)の絵もない。なぜかわからないが、ゴッホは三日月か有明月しか描いていないのである。満月は太陽が西の空に沈んだ頃に東の空に昇り、次の日の夜明けまで見える。つまり、満月は12時間見えている。半月なら6時間。そして三日月は1時間程度で西の空に沈む。有明月は日が昇れば空は明るくなり、見えなくなる。やはり、見えている時間は1時間程度である。 確率的に考えれば、最も見えにくいのは三日月と有明月である。それなのに、ゴッホの絵では三日月か、有明月が主役になる。夜空の絵を描くとき、ゴッホの目には三日月か、有明月しか見えていなかったのだろうか。あるいは、金星と同じ形に見える月を好んだためだろうか。 ところで、天文学者はどんな月を好むのか? がっかりされるかもしれないが、答えは新月である。理由は簡単である。月があると、暗い星や銀河が見えにくくなるからである(観測しにくくなるからである)。 ゴッホも美しい星を見るために、満月を避けたのかもしれない。
「ゴッホは星にさまざまな色を見て楽しんでいたようだ。ゴッホと同じように星の色を楽しんでいた人がいる。宮沢賢治である。賢治の童話で星の色が話題になるのは『土神ときつね』である。樺の木がきつねに質問する。お星さまにはどうしてあゝ赤いのや黄のや緑のやあるんでせうね。(『新校本宮澤賢治全集』第九巻、筑摩書房、 1995年、『土神ときつね』、 248頁) きつねはこの樺の木の問いに次のように答える。星に橙や青やいろいろある訳ですか。それは斯(か)うです。全体星といふものははじめはぼんやりとした雲のやうなもんだったんです。……(同右、 248頁) ところがこのあと、星雲の話になり、そして望遠鏡の話になり、結局は次のようになる。あゝさうさう、だけどそれは今度にしませう。僕あんまり永くお邪魔しちゃいけないから。(同右、 249頁) ということで、樺の木は星の色が何を意味するかわからないままになってしまったのである。この童話が書かれた当時は、星がなぜ輝くか、よく理解されていなかった。そのため、星の色がどのように決まっているのかも不明だった。したがって、きつねに落ち度はない。」
—『ゴッホは星空に何を見たか (光文社新書)』谷口 義明著
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天文学者がゴッホを解説したら。
弟テオへの大量の手紙を紐解き、描かれた星空を解明していく
面白かった!!
星月夜は明け方で、あの星は金星で…
絵画鑑賞の新たな視点としても楽しい
ゴッホがもっと好きになる
宮沢賢治と対比したあとがきが素晴らしい
Posted by ブクログ
ゴッホの星空を描いた絵画を、天文学者が真剣に分析した本。
本書を読んでの驚きは、ゴッホは星空を適当に描いたわけではなく、星の動きや星座を意識して、画を描いていたこと。
但し、そのまま写実的に描いたわけではなく、ゴッホなりの解釈で、現実を変化させて描いたこと。
ゴッホはたくさん手紙を残している。
そのことが、絵画を分析するうえで、大切な基礎資料なっている。
ゴッホの評論本は星の数あると思われるが、天文学者が評論した本として貴重な本。
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「夜のカフェテリア」にはおよそ正確な星空の中にありもしない星が描かれている。
彼が見た星は何だったのか。読んでいくと理屈っぽい話かと思いきや、彼の半生と、心情を他の絵画からも読み取り、ロマンを感じる。
読み終えると、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をまた読みたくなった。
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ゴッホは、夜空に何を見たか。
天文学者の視点から、
ゴッホの作品を読み解く一冊。
夜空を描いた絵に込められた光や色彩を、
科学と芸術の両面から見つめていく。
ゴッホが描いた夜空の奥行きを、
より身近に感じられた。
ゴッホの目には、夜のほうが色鮮やかに映っていたという視点が印象的だった。
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天文学者の知見から、ゴッホの描いた星の配置や月の形、空の色などを丹念に検証しながら、なぜその星空を描いたのかという謎に迫る。口絵や様々な図による説明もあるため、わかりやすく面白い。ところどころ見たことがなかった絵も挟まれており、ゴッホという人物にあらためて興味を持った。特に”バラのある花瓶”は知らなかったので、見れてよかったと感じている。
また本著の内容で美術展などがあれば、非常に魅力的で行きたいのだが、私だけだろうか?いずれにしても、知識からひとつの絵を追っていくというのは非常に楽しいものであり、似たような著作があれば是非読みたいとも思う。
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ゴッホの作品を通して、星空の解説・考察をする観点は面白かった。
個人的には、ゴッホはそこまで深く考えて絵を描いていないという前提の考えがあり、考えてたとしてもあまり納得間のあるものではなく、著者の考察に乗り切れなかった。
Posted by ブクログ
ゴッホの、特に夜空が描かれた絵画に関して、天文学者の観点から、何を書いているのか?をわかりやすく解説してくれる。ゴッホの絵画を知らないけど、ウンチク垂れたい私に最高におすすめ。美術館巡りして、文化人になりたいじゃない。
美術館で絵画を見るのはいいけれど、絵画の情報入れないと地獄ですよね。絵心ないからただボート見るのは厳しいよ。
著者の天文学への愛が溢れ過ぎて、ちょくちょくゴッホそっちのけで星の話をしてくれます。
ゴッホの夜空への拘りが、彼の目には何が見えていたのか、謎を解明してみよう。
Posted by ブクログ
天文学的に徹底的に考察する、みたいな本を想像していたので思っていたのとは違った。作者の感情5割、天文理論3割、絵画周りの話2割という感じ。
作者の感じたことをありありと書いているので、案外感傷的な本だった。「ゴッホが夜空に描いた思いとは何だったのか」みたいなのが主題だったのでその主題という意味では適切な内容なのかもしれない。
Posted by ブクログ
ゴッホについて、これまでにも本やポッドキャストでいろいろと読んだり聞いたりしていたけれど、
この本では、天文学者の著者が、特にゴッホの描いた星空に焦点てて、何の星やどんな月。どの時間帯や時期、方角のものが描かれているのか、いろんな推測をちりばめて解明が試みられています。
前提として、ゴッホが夜空を描く際に、だただいたいでではなく、実際の星座や月の角度などに忠実に描いていたのでは、という考え。
それで、実際はそれとはズレていたり、うまく当てはまらないのならば、ではどういう意図や背景で、たとえば空の違う方角や部分を持ってきたり、違う時間帯の月や星を入れたり、したのか、
というような、
完全に推測でしかないのだけれど、
ゴッホが自分の書いた絵について書いている手紙が、
いつの時期や時間のものだったか、というような情報を収集する実際の史料になっているのですが、
まさかその手紙がそういうふうに読まれるとは思ってなかっただろうけれども、
自分の絵について手紙でも書いているところが何だか親近感が伝わってくるというか、
自分の絵について聞いてもらいたかったにちがいない、思うと、
こうして今日たくさんの人々がゴッホの絵に魅了されてその絵を読み解こうと時間を割いていることは、
きっとゴッホにとっても喜ばしいことに違いない、
となんか感慨深くなったりする。
とにかく、
ひまわりだけじゃない、
星空、本当に素敵ですね。
ゴッホは色彩の画家、とも言われるように、
きっといろんな色が見えていたんだろうなーと。
バラ色の星、というのも出てくるけれど、色に注目したときに、あるいは色への高い感度を通して眺められていたゴッホの世界では、
夜の空、星は、描かずにはいられないものであったのかなーと。
星々への強い思い入れ、こだわりを感じてゴッホの作品を鑑賞できると、その絵がもっと生きてくるように見えてくる。
そしてきっとそれは、星だけじゃなくて、彼の描いたもののいろいろについて言えるのだろうと思ったり。
この本を読んでからは感じて鑑賞できそうです。
宮沢賢治との類似点も、大いに納得しました。
たしかに世界観がとても似ていそう。
二人はとてもいい友達になれたかもしれないですね。
夜空の星たちと交感してその美しさを味わい、絵にしたゴッホ。すべてを解明することは不可能だけれど、その色遣いと感性が多くの人を魅了する力があるということは定かですね。
Posted by ブクログ
ゴッホが描いた5点の絵について、その中に表現されている星空を、天文学者である著者の谷口義明(たにぐち よしあき)さんが、天文学の知見に基づいて検討します。
ゴッホが絵を描いた頃、星空は本当に描かれた位置に存在したのか?
絵の構図通りに、星空は見えていたのか?(著者は遠近画法等にも詳しい)
星空の色は、描写されたとおりだったのか?
なぜ、ゴッホは、そのように描写したのか?
筆者の観点と解説により、わたしたちは新しい絵の見方を獲得し、ゴッホの製作意図や感性を垣間見ることができます。
「実に、面白い!」
ガリレオシリーズ(東野圭吾)の湯川先生なら、そう言うかもしれませんw
著者は、たとえゴッホが描いた星空が、天文学的に矛盾する場合であっても、こう言います。
「ゴッホには、そう見えたのだ。」
この一文を読むだけで、本書を読む価値はあるような気がします。
じつに、いいひとだ♡
◎目次
はじめに
【第1章】夜のカフェテラス
【第2章】ローヌ川の星月夜
【第3章】星月夜
【第4章】糸杉と星の見える道
【第5章】ウジェーヌ・ボックの肖像
【第6章】ゴッホが見た夜空と星の色
おわりに
Posted by ブクログ
我が家のリビングには《夜のカフェテラス》のジグソーパズルと《星月夜》のレゴが飾られている。ラピスラズリ色の美しい背景、眺めていると不思議と落ち着きを感じるカフェの明かり、不安とも異なる心のうごめきを感じる渦巻きの空に魅了され、いつの間にか手に入れたものだ。しかし、これらの絵が描かれた背景や、そこにゴッホが込めた想いについては、何も知らなかった。そうした中、本屋で本書が目に入り、手に取り読み進めた。
内容は、ゴッホ作品の中でも星空が描かれた6枚の絵に着目し、描かれた場所、季節を基に、天文学者である東北大学院理学研究科出身の谷口さんが描かれた星について多角的に考察し、そこから更に踏み込んで当時のゴッホに思いを馳せることで、作品の奥深さに迫る構成である。
本書を読むまで、これらの絵について、その風景や星空の色合いは現実で私たちが見るものとはとはかけ離れていることから、ゴッホがアーティストとして、現実に見えた景色を基盤としつつも、イマジネーションにより美化、脚色を施した作品なのだろうと捉えていた。しかし、著者の科学的考察に基づく現実の星座配置と絵のリンクや、放射光の波長帯による星の色の見え方の説明により、ゴッホは実際に1880年代にフランスで見た夜空を忠実に再現していたと知り、驚きを覚えた。また、こうして絵への理解を深めていくことで、きっとゴッホは、貧しい生活の中、寒空の下に身を置きながらも、鮮やかな星々に魅了されながら描いていたのだろう、と当時の彼の様子に想像を巡らせることができた。
ゴッホは星空に何を見て、それをどう絵に落とし込んだか。それはゴッホのみぞ知る。実際に見えた景色を彼の気分によって大きく変え、写実性を失っている可能性も十分にあり得る。そんな中でも、天文学的観点や、様々な有識者の考察、著書の情報を基に様々な仮説を立て、検証していくことで、ゴッホの作品の奥深くへと近づこうとする著者の姿勢には感銘を受けた。そして、論理的に説明できない部分については、ゴッホの当時の心境に思いを馳せてまとめられていることで、「ゴッホは星空に何を見たか」という本質的問いに読者を導く。理論では導ききれず、ゴッホの心情に思いを馳せる著者の様子は、夜空を眺めて誰かのことを考える人々の姿と重なる。読者の顔を自然と夜空へ向けてくれる。