【感想・ネタバレ】近代国民国家の憲法構造 増補新装版のレビュー

あらすじ

“主権”と“人権”の根源を問い、両者の間の密接な相互連関と緊張を繙いた本書刊行から30年の時をかけて――2022年にフランスで刊行された論文集の序文一部を日本語に書き下ろしたものを新たに加え、現在の著者の想いをあとがきにしるし、近代立憲主義を再定位する増補新装版としてお贈りする。


【主要目次】
はじめに

第Ⅰ章 西欧立憲主義の再定位
第1節 フランスの知的伝統とその変化
第2節 人権価値の復権とそれへの懐疑

第Ⅱ章 二つの国家像の対抗
第1節 近代憲法史にとってのフランス革命
第2節 問題点の検討

第Ⅲ章 二つの自由観の対抗
第1節 《Républicain》と《Démocrate》の間
第2節 国家からの自由と国家干渉を通しての自由

第Ⅳ章 「公共」の可能性とアポリア
第1節 〈citoyen〉の可能性
第2節 日本国憲法下の〈公〉と〈私〉

補論 《Valeurs et technologie du droit constitutionnel》(2022)の序文要約

あとがき

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Posted by ブクログ

『近代立憲主義と現代国家』(1973年)で鮮烈なデビューを果たした戦後憲法学の旗手が、ベルリンの壁とともに雪崩をうって社会主義体制が崩壊した後に、講座派マルクス主義経済史学の枠組を色濃く残すデビュー作の問題意識を継承しつつも、憲法理論として自立した立場を確立した記念碑的著作だ。昨年30年振りに増補復刊されたが、現在に至る樋口氏の理論的・実践的立場の支柱をなす著作であり、樋口憲法学を深く理解するための必読文献だ。

樋口氏が考えるフランス革命の歴史的意義とは、中間団体の粉砕により、一般意思を体現する集権的国家と諸個人の二極構造を創出したことだ。自力で下からの革命を完遂出来なかったドイツにおいて、フランス型統治構造の移植を目指したのがカール・シュミットだが、それはナチズムという鬼子を産んだ。その反省に立ち、戦後のドイツは民主主義的価値を否定する自由に憲法的保障を与えないという「闘う民主主義」の道を選んだ。

他方で中間団体の解体こそ裸の個人を国家権力に晒すものだとの観点から、国家と併存し国家権力を牽制する中間団体を活かすアメリカ型多元主義モデルの意義がフランスでも見直されつつある。三権分立における司法権の重要性を説いたモンテスキューの『法の精神』を生みながら、歴史的に王権と結びついた司法権への警戒から行政権が優位を占めてきたフランスが違憲審査制の導入に踏み切ったのも、国家権力を相対化する試みの一つと言えるだろう。各国の立憲主義はそれぞれの歴史的経験をふまえて苦しみながら試行錯誤を続けている。

翻って樋口氏は、立憲主義の現代的な克服が安易に語られる日本において、ルソー=ジャコバン型一般意思モデル(フランス)と、トクヴィル型多元主義モデル(アメリカ)の選択を迫るのだが、建国のはじめから中間団体の桎梏を持たず、自律した個人を前提にできたアメリカと、中間団体が国家権力の下請けと化した歴史を持つ日本は同じではないとの指摘を忘れない。この日本においては、裸の個人の析出をその痛みとともに追体験することこそ大切ではないかと樋口氏は結ぶ。

弟子筋の南野森(九大教授)が面白いことを言っていた。社会契約はヒストリーではなくストーリーである。実在ではなく物語でありフィクションだというのだ。フランス革命が実はそれほど革命的でもなかったというのは、フィレ(『フランス革命を考える』)以降の実証史学の共通認識となりつつある。それでもなお、物語としてのフランス革命に樋口氏が読み込んだフィクションとしての立憲主義をどう守り育てて行くか、今も問いは続いている。

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2025年08月24日

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