あらすじ
音のない世界でも、きっとメッセージは届くから──ろう理容師を祖父に持つ若手作家。その半生を描こうとする姿が胸に迫る傑作小説!
日本の聾学校ではじめてできた理髪科を卒業した第一号であり、自分の店を持った最初の人。そんな祖父を持つ五森つばめは、3年前に恋愛小説系の文学賞を受賞してデビューした。だが、その後自分の目標を見失い、2作目が書けないでいた。そんな折、デビューしたところとは違う出版社の編集者から声を掛けられ、祖父の話を書くことを強く勧められる……。ろうの祖父母と、コーダの父と伯母、そしてコーダの娘の自分、さらには聾学校の先生まで。三代にわたる希望をつなぐ取材が始まった。
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耳の聞こえない人が、唇を読んだり、言葉を発する事がとても難しい大変な事なんだと改めて知った。差別も、しているつもりはなかったけれど、本当にしていないのか?と考えさせられた。
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作家の五森つばめが、聴覚障がい者で理容師だった祖父のことを小説にするまでの紆余曲折が書かれていました。
つばめには聴覚障がい者の祖父母とコーダの父親と伯母がいます。読み進めていくと、聴覚障がい者が自立するために奔走した方達の努力の結果が、音のない理髪店になったことがわかりました。
それと同時に差別や偏見で傷つけられたことの多さ、人生を変えられるような出来事があったことも知りました。そのなかで、同じ立場にたつことをあきらめずにいたことがもたらした結果の裏の努力を思わずにはいられませんでした。
また、人の縁の繋がりにも、必然性があるようにも感じました。〈会いたかったです〉という手話に込められた思いを感じました。
この本を読むことで、聴覚障がい者の学びへの歴史を垣間見ることができました。そして、聴覚障がい者やコーダの方達の思いも知ることができました。
ハサミの音だけが聴こえてくる静かな理髪店。そんな装画を読後改めてみると、感慨深いものがありました。
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一色さゆりさんのハートウォーミングストーリーですね。
一色さゆりさんの、今までのアートをテーマにした小説とは、一線を引いて、新たなテーマの小説です。
ろう者をテーマにした、ルーツ探しの小説です。
二十三歳の五森つばめは、大学時代に作家デビューして新人賞を受賞したが、それから三年、いくつかのプロットを考えてたが、作品に結びつけず、学習塾で生計を立てていた。
そんなとき、老舗出版社の駒形さんという編集者から、会いたいと打診をされた。
つばめは、いくつかのプロットを話すが、そのなかで「耳の聞こえない両親を持つ男の子の物語」が、駒形さんの目に止まった。実は、その男の子は、つばめの父で、父と上手くいっていないのを理由に書けずにいたのだ。駒形さんは、「五森さんがどれくれいの覚悟を持たれるか、だと思います」と言って、話を進める。
「そういえば、徳島の実家は理髪店を営んでいるんですが、祖父は日本ではじめてのろう理容師だったと聞きました」と、長年忘れていた事をつばめは、思い出す。
駒形さんは、それをテーマにして、書いてはどうかと提案する。
こうして、つばめのルーツ探しの取材が始まる。
目次
第一章 コーダの娘
第二章 海の向こう
第三章 聞こえない側と聞こえる側
第四章 明けない雪夜
第五章 白昼の月
第六章 秘密
第七章 つないだ人
第八章 幸せ
第九章 言葉の要らない世界
エピローグ
まさに渾身の作品ですね。
日本で最初に理髪科ができた聾学校が、徳島盲聾唖学校という取材を元に書かれています。
その学校を卒業して、日本で最初にろう者の理髪店
を、開業したのがつばめの祖父の五森正一との設定です。
聾者がいかに世の中から、虐げられて来たか、また、五森正一を通して聾者の苦難や喜びなどの生きざまを浮き彫りにされています。
また、つばめが手話を学ぶ事を通じて、出会った人々の活動も興味深いですね。
もちろん、興味本意でこの作品を読み進めるのでなく、一色さゆりさんの心温まる人間模様を真摯に受け止めて、登場人物に想いを寄せて、感慨深く読み進めました。
今後の一色さゆりさんの作品がますます楽しみになりますね(=゚ω゚=)
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ろう者が職場で辞めちゃった。想像力あったら残酷なことをしてたと気づけたな
手話は表現力。表情乏しい日本語が辛気臭く感じるほど
ろう者の祖父の忍耐
意思をつなぐのに時間かかる。続けていけば今できなくても、別の人がつないでくれるかも 働ける環境づくり。
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日本初のろう理容師・五森正一の半生と、その孫でスランプ中の作家・五森つばめの成長を描いた小説。
つばめは3年前に恋愛小説でデビューしたが、2作目が書けず悩んでいる。
編集者の提案で、祖父・正一の物語を書くことを決意。
正一は大正時代に生まれ、2歳でろう者になり、日本初の聾学校理髪科を17歳で卒業。
差別や偏見、優生保護法など厳しい環境の中、徳島で理髪店を開業し、家族を育てた。
つばめは疎遠だった祖母・喜光子(ろう者)、父・海太(コーダ)、伯母・暁子(コーダ)、聾学校の教師や支援者への取材を通じ、正一の信念や家族の苦悩、愛を知る。
喜光子の過去の秘密や、コーダの父が抱えた葛藤、阿波踊りでの心温まる再会を通じて、つばめは「伝えること」の意味を見出し、作家としての覚悟を固める。
3世代の想いが繋がり、ろう者の歴史と普遍的な人間ドラマが描かれる。
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聞こえない世界と聞こえる世界、本来境界線はないのに、つい分けて考えてしまってた昔。
この本で知り得たことも、まだまだどこか他人事に思ってしまう自分がいるから、この本に出会えたことに感謝。
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何気なく手に取った本だったが、すごい小説だった。聾唖の方のとてつもないご苦労、教育、その後の生活とまさに戦いのようだと思った。どの段階で聾になったかで、教育や表現手段も違う。普通の教育で生きてきた私には気が遠くなる道のりと強く思った。
阿波踊りの場面も良かった。障害がある人にも自然と手を貸せる人間になりたいと思った。
続々と素晴らしい作家さんが誕生してることに今回とても驚いた!読書好きの者にとっては、嬉しい限りだ!
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コーダである父との疎遠を乗り越えて、聾者であった祖父母の人生と周りの人々を描く小説家が主人公の物語。実話をベースに書かれていて、胸を打つ。音のない生活はどれだけ大きな苦労を伴うのか…実感できるはずもないけれど、ありありと描かれていて想像できる。祖母の声におびえた幼い頃の主人公…私も母の知人が聾者で、その人を怖がった自分の幼児期の記憶が急によみがえった! 無知であることは残酷で偏見を生んでしまう。この物語は、信念をもって地道な努力すること、人と手を取り合うことを諦めずバトンをつなぐことが大切と教えてくれた。
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なにをどう書くか、なぜ書くのか。
社会的なテーマを扱う物語を、紡ぐ重責。こちらもヒヤヒヤドキドキしながら、それでもつないでいきたいと、主人公と一緒に追いかけたストーリーでした。
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日本の聾学校ではじめてできた理髪科を一期生で卒業し、最初に自分の店を持った正一、作家の祖父の物語。祖父の軌跡をたどった作者の物語ともいえる、ノンフィクション。聾は誰のせいでもない。なのに世間から虐げられてきたその昔。その時代を我を失わずに生きてきた正一とその家族。嗚咽しながら一気に読んだ。
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聾やコーダについての小説は丸山正樹さんのデフヴォイス以来。
聞こえない世界は耳を塞いでも体験できない。
本人と家族にもそこには住む世界を隔てる壁があるのだと改めて感じた。だからこそ、当事者同士の結びつきが大事なのだとわかった。
手話での会話は単語を繋げる、パズルのようなのだろうか。作中で出てくる手話での会話が気になった。
いつか自分も手話を学べたらと思った。
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酷い差別の現実を初めて知った。
確かに、私達の親の世代は
障害のある方や外国の方を明らかな差別用語で呼んでいた。
ドラマ「サイレント」を少し思い出しながら、当事者の気持ちを推しはかりながら読み進めた。
主人公は小説家。
デフで理髪店を営んでいた祖父母のことを題材に小説を書くため、取材を始める。
初めて知る真実に衝撃を受けるが、
自分ごととして受け止め、
多くの出会いに支えられて、
一冊に仕上げていく。
最初から
気になっていた青馬さんとの恋愛は、
「ふーん。そうだよね」的な終わり方だったかな?
今まで知らなかった歴史を知ることができたのが何よりも良かった。
先日、聾唖の方の接客をする機会があった
。これからも、障害の有無や国籍、言語の違いで人を判断せず、フラットに対応したいな。もちろん、フラットに接するために必要は配慮はキチンとして。
誰もが幸福になる権利がある。
残念ながら、過去に遡ると、
そうではなかった。
人の努力や工夫や繋がりで
社会や社会通念を
正しい方向に舵取りして、
現在に至っているんだな。
その影で、
悔しい思いをしてきた人が沢山いたという事実を忘れないようにしよう。
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ろうあ者やその家族の本当の所は当事者しかわからないが、想像する事は出来る。
優生保護法の事は前から知ってはいたが、改めて最近までこんな酷い法律が日本に有ったことに恐怖を感じる。
正一の強さに感動しました。
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聾者と聴こえている者。全て分かり合えることは絶対にないだろうが、お互い寄り添って暮らしていくことはできる。
しかし中々そうもいかないのも現実。社会でも差別がある。それが響く。
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初めて読む作家さんでした。。。
読み終わってポカポカになりましたね^_^
特に阿波踊りの場面では………………(;_;)
ろう者にコーダ………………
(恥ずかしながら無知で………………)
音のない世界………………想像する事しか出来ない!
(先ずは知る事がスタートラインですね)
Posted by ブクログ
2025/09/05予約18
ろう者、CODAなど丸山正樹氏の著書である程度知ってはいたものの、切り取り方が違うため別の驚きもあった。今の時代で何に困っているか、生活の実態についてが丸山氏。対してこちらは過去生き抜いてきた亡くなった祖父と年老いた祖母はろう者同士の夫婦として困難にどうやって立ち向かったのかがテーマ。情報を入手しにくく今よりずっと人間の優劣思想が濃かった時代に夫婦でしっかり考え言葉が遅かった子を育てたことは、どんなに強い人だったのか。普通に育児しても人より遅いことがとんでもなく気になるのに。そしてCODAとして育った子の「口に出して話せばわかる」が通用しない世界を思うと切ない気持ち。
ろう者の仕事として理容師、会話を好まない人もいる、という視点は新鮮だった。
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聞こえない世界で懸命に生きた祖父母と聞こえる世界に生きている父と娘。祖父母の生きた世界は想像を超えた苦難があったがひたむきに生きた姿勢が胸を打つ。
言葉の要らない世界が阿波踊りに象徴されているのがなんとも心地よかった。
あと何気にコーダの父が娘の名前をサインネームで呼べる「つばめ」にしたのが想いが込められていてグッときた。
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長かった!!
コーダの話を別の本で読んでいたので、割と知識としては読みやすかった。変わった構成で、この本の話なのか?物語なのか?境目がよくわからなかった。
私はろう者が身近にいないので、そんな肩身の狭い…では許されないくらいの扱いを受けてきた歴史があるのだ、という事実を受け止めるしかない。私にできることは、知ることだけだ。
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日本で初のろうの理容師だった正一。今まで聴こえていたのに突然聴こえなくなるという大きな恐怖や、周りからのいじめ・嫌がらせにも負けず、不屈の精神で歩き続けた正一を心から尊敬する。聾教育の歴史も少しわかった。
そういえば、「世界ろう者会議(1991)」の日英通訳をさせてもらったことを思い出した。手話にも英語と日本語がある、表音文字だけでなく表意文字もある等は学びだった。
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先人の血の滲むような努力があって、今の社会が成り立っている。
個人が尊重され、誰にとっても優しい、生きやすい世の中にするためには、心のバリアフリーが必要不可欠。
自分らしく、自立した生活を考えるキッカケをくれた素敵な本に出会えた。
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3世代に渡る物語は、1本の長編映画のようで一気読み
丁寧で優しくて、強い思いと明日への活力が溢れてくるようなストーリーだった
親子とは言え(親子だからこそ)話せないことはあるかもしれないけれど…私も祖父や祖母の人生を紐解く話、一度ちゃんと聞いてみたかったなぁ〜
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思いが、言葉が通じないもどかしさ、辛さ。周囲の偏見、理不尽な差別。戦前の話ではなく、今もなくなってはいない…。「たとえ今、あなたが成し遂げられなくとも、別の人がつないでくれると信じてください」「伝えることやつなぐことを諦めなかった人たちの生き様」一色さんアート離れ新境地の作品。
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「〜僕は、どんなことがあっても、なぜ助けなかったんだろうという後悔はしたくない。〜〜せめて自分に関わってくれた人には、できる限りのことをしたいと思っています。」という青馬さんの言葉が心に残りました。
たとえ小さな活動であっても、今どうにもならなくても、仲間がいたり支えがあれば、その想いを繋いでいくことができるんだと感じました。
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なかなか2作目が出せない新人の小説家、五森つばめと音の無い世界で苦労した理髪店を営む祖父母の物語。祖父母について取材を進めていくが想像をはるかに超える苦労の連続。障がいを持って生まれてきたことを先祖のせいにする風潮は絶対に許せない。祖父母、強い。
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聴覚障害者を題材にした物語です。聴覚障害者が抱える様々な問題が出て来ますが、このあたりは丸山正樹さんの『デフ・ヴォイス』で御馴染みの内容です。
デビュー作で新人賞を得たものの2作目が書けない若い女性小説家が主人公。そして主人公の祖父が日本で初めて自分の店を持った聴覚障害者の理容師で、彼女は自分が生まれた時には亡くなっていたこの祖父を題材にしたの小説を書こうと考えます。
ややこしい構成です。なにせ「『音のない理髪店』と言う小説を書こうとしている小説家を描いた小説」がこの『音のない理髪店』なのですから。そういえば桜木紫乃さんの『星々たち』の中にも『星々たち』と言うタイトルの小説が出て来たけど、ちょっとパターンが違うな。
インタビューで一色さんが「実は私の祖父も、ろう理容師だったんです。(中略)実際は人物造形も家族構成も全然違っていて。あくまでもフィクションとして物語を紡つむいでいきました」と答えていますが、上に様な構成なのでまるでドキュメンタリーを読んでるような感覚に陥ります。
ただ、そういう構成のため「小説を書く作家の悩み」と「聴覚障害者だった祖父の物語」の2本立ての物語になり、その間を行ったり来たりする事で流れが途切れたり、両者ともに「人とのつながり」が重要なファクターになってはいますが、そこが散漫になった印象もあります。作家は最初と最後くらいにして、祖父を中心に、描き切れてないコーダの叔母などの周辺人物を書き込んで貰いたかったように思います。
色んな作品を書く人の様ですがデビューがミステリーだったせいか、最後にネタ晴らし的なストーリ立て(協力者は実は…)があって、そこもむしろ邪魔だったかな。
「もっと書けたのに」と注文が多くなりましたが、なかなか読み応えのある良い作品でした。
Posted by ブクログ
コーダ(ろう者の育てた聴覚有の子)の父を持つ五森つばめは大学生で恋愛小説系の新人賞を取ったあと新しい本を3年も出版できていない。そんな折り、老舗出版社の駒形から会って話をしたいといわれ、書きたい小説の一つとしてろう者の子の話を提示し、小説にするという挑戦を始める。……というように、まるでノンフィクションのような筋書きで話は進められていく。疎遠だった父と会話をし、さらに縁遠かったろう者の祖父母に会いに行く。ろう者がどんなふうに困るのか、差別的にみられるのか、つばめ自体も祖母を怖くて好きではなかった話など、結構本音で書かれていて、話の展開を楽しむだけではなく、自分への戒め、学びとなった。戦争中、戦後直後は障がい者への理解も思いやりもなく、妊娠した先の運命が悲惨なこと、それによって起きる出会い(再会)など、ドラマチックな展開も用意されていて、驚かされることも。
ルビはないけれど小学生でも大丈夫。人により、少々ショッキングに感じるかもしれない。通常は中学校から。
Posted by ブクログ
日本の聾学校初の理髪科を卒業し自分の店を営んだ祖父をもつ主人公・つばさ。作家デビューしたものの次作が書けずにいたのだが、ひょんなことから、今は亡き祖父を題材に小説を書くことになる。だが、疎遠となっていた祖母をはじめ、伯母、父、ろう者をサポートする会社の代表や手話教室、ろう者などへの取材をしていく中で、自分がこの小説を書く理由を悩み探って行く。
聞こえる側と聞こえない側のコミュニケーションの難しさ、障害者に対する偏見や差別など、改めて考えさせられた。
私的には、想像していたストーリーと違っていたので、ちょっと肩透かしにあってしまった感がある。
もっとタイトル通り、ろう者の理髪店の物語だったら良かったなあ。これでは悩める新人作家の話だもの。まあ、勝手な勘違いだから、仕方ないんだけど。
Posted by ブクログ
地方紙の書評で拾った本。
著者は元々、アートミステリーで注目された作家だが、本作は一般小説。
著者を思わせる主人公が、日本の最初期の聾理髪師となった祖父の足跡をたどる物語である。
聾の親の元に生まれ、自身は耳が聞こえる人をCODA(Children of Deaf Adults)と呼ぶ。数年前にCODAを主人公とした映画がヒットし、話題となった(「コーダ あいのうた」)。映画は大きな賞も受賞した感動作なのだが、実のところ、CODAには負担も大きい。常に親の通訳の役割を求められがちで、時にはヤングケアラーのように、大人が担うべき責任を幼少期から背負わせられることもある。友達の家庭と比べて違いにとまどったり、周囲の心無い言葉に傷ついたりもする。そんなこんなで家族関係に問題を抱えることもある。
本書の主人公つばめは駆け出しの作家である。3年前に出たデビュー作はなかなか評判がよかったが、2作目が続かない。編集者とあれこれ話をするうち、ずっと心のどこかに引っかかっていた聾者で理髪師であった祖父のことを書きたいと思うようになる。
おそらくは今よりも偏見の強かった時代、祖父はどのようにして理髪師を目指すことになったのか。
それは、自身と折り合いがいま一つ良くない父親、海太と向き合うことでもあった。
つばめの祖父母であり海太の両親である正一と喜光子は、2人とも聾者だった。海太も姉の暁子も健聴者であり、つまり、CODAだったわけである。
小児期、家は裕福ではなかったし、嫌がらせを受けることもあった。海太は、両親はよくしてくれたと思う一方、障害者の息子であり続けることが重く、故郷を出てしまい、そのことに罪悪感がある。疎遠なままに父親は亡くなり、母親には会いに行けないままでいる。一方で、姉は故郷に残り、両親の面倒を見てくれていた。
つばめは祖父のことを調べるうちに、聾者の歴史を研究している研究者・青馬と知り合ったり、自身も手話を習ったりする。そして、徐々に、祖父母の過去についても知るようになる。
つばめも子供時代、海太の故郷を訪れることはあまりなく、祖父母のこともやや苦手にしていた。健聴者とは異なる振る舞いにとまどうことが多かったのだ。
久しぶりに田舎を訪ね、伯母である暁子にいろいろ話を聞くことにする。
正一と喜光子は聾学校に通い、そこで知り合った。
祖父は当時、出来て間もない理髪科で学び、理髪師の道を選んでいた。だが、その道は平坦ではなかった。開業の困難、世間の偏見、心無い客。
理髪科の立ち上げに関わった先生や、親などの助けもあり、正一は強い意志で理髪店を軌道に乗せる。
やがて、正一と喜光子の間には子供ができるが、親類からの目は冷ややかで、聾の夫婦に子供が育てられるのかと疑う者もいた。
実は、喜光子にはつらい過去があったのだ。彼女が抱える秘密とは。
旧優生保護法の元、望まないのに避妊手術を受けさせられた聾者もいたことをつばめは知る。彼女は胸を痛めるというより「怒る」。それは、未来へ続く道を断ち切ることだから。聾者の祖父母を持つ自分ももしかしたらそうして生まれない可能性もあったから。
近年のニュースを聞いて酷い話だなとは思っていたが、このシーンには胸を突かれた。そう、それは他人事ではない。皆、自分に続くかもしれないことなのだ。
物語の後半、つばめは正一の父の手記を読むことになる。
そこには、それまでよくわからなかった正一や喜光子の足跡が書かれていた。
研究者であり何かとつばめを助けてくれた青馬との意外なつながりも。
祖父の軌跡をたどりながら、その縁は現在まで続いていた。
つばめは自分にしか書けない、祖父の物語を書き上げる。
実のところ、著者自身、聾理髪師であった祖父を持つ。では、これは私小説かというとそうではない。理髪師であったところは同じだが、人物像などは異なる。
また、評伝やノンフィクションというわけでもない。
著者が描きたかったのは人と人との心のつながりであり、それには小説という形が最も適していたということだろう。
さまざま、考えさせられつつも、読後感もよい1作。