あらすじ
大ヒット漫画『鬼滅の刃』の経済規模は、2020年で約1兆円と言われています。 日本の漫画は、なぜ、このような成功を収めることができたのでしょうか? そのヒントは、「裾野広ければ頂き高し」という言葉。日本の漫画業界は、世界で最も多くのクリエイターが、その頂を目指している状態をつくることができているのです。ではなぜ、そのような創作の好循環をつくることができたのでしょうか。また、漫画ビジネスへ新たに参入することはできるのでしょうか? 本書では、コンサル出身で漫画業界に参入した著者が、ビジネス視点で世界で通用する面白い漫画のつくり方について考察を深めていきます。
■本書の構成
序章 うちの会社で『鬼滅の刃』をつくれますか?
第1章 日本のマンガがメガヒットする理由
第2章 漫画編集部に学ぶ新人育成
第3章 漫画雑誌を支えた組織と流通
第4章 漫画雑誌から電子コミックへ
第5章 デジタル化によって変化した制作のあり方
第6章 いまの漫画家が置かれている状況
第7章 ウェブトゥーンという新たな可能性
第8章 IPビジネスとしてのマンガ
第9章 漫画業界に流れ込む巨大マネー
終章 結局『鬼滅の刃』はどうすればつくれますか?
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Posted by ブクログ
マンガが大好きで読み続けてきた人生。
お店に並び、表紙がカッコよくて買い漁り、マンガの中に夢を見た少年時代。
社会への準備、勉強とは?人間関係とは?成長とは?そんなことを学ぼうと視点を変えて漫画を読んでいた青年時代。
社会でもまれ、仕事とは?家族とは?お金とは?幸せとは?そんな悩みを解決するヒントを探して漫画を読む現在。
紙からデジタルに変わっていき、読み方も多種多様になってきた歴史の背景で、赤字、人材不足、時間不足、マーケットの変化などで苦悩し、もがいていた人たちのリアルをこの本で知ることができた。
一読者である僕は、紙だろうとデジタルだろうと、ただ、楽しくて読んでた。
でもそれは、紙からデジタルに移行し、流動的に新規ファンを獲得し続ける努力家たちのお陰だったんだと知ることができた。
Posted by ブクログ
マンガのつくり方は、大きく分けるとマーケットイン型でつくられるものと、プロダクトアウト型でつくられるものがあります。前者は、流行しているストーリーの型に当てはめてつくられるもので、最近でいうと、いわゆる「異世界転生」や「悪役令嬢」といったジャンルが該当します。ちなみに、「異世界転生」というのは、主人公が事故などのきっかけを経て、別の世界に行くことで物語が始まるような作品のこと。「悪役令嬢」も「異世界転生」から派生したジャンルですが、女性の主人公が別の世界の物語の悪役として転生する作品のことを指します。
後者のプロダクトアウト型は、漫画家の個人的体験や趣向を掘り下げ、物語として昇華させていくようにつくられるものです。日本の伝統的な漫画雑誌の編集部では、どちらかということこちらを重視してきました。たとえば、週刊少年ジャンプ編集部による漫画の指南書では、編集部の役割として「人それぞれにある『自分はこういうものが好き』『こんなことが描きたい』『これなら描ける』という衝動に火をつけること」と述べています。また、『ONE PIECE』の尾田栄一郎さんは、マンガを描くこととは「自分のパンツを脱ぐ」ようなことだと述べたとも言われています。エッセイマンガ『ヒット作のツメのアカください!』(天望良一/集英社)で取材された際に述べていました。これは90年代の一部ジャンプ志望者の間でよく言われていたことでもあるそうです。格好つけたり、恥ずかしがったりせず、他の人が見せないような自分の本当の性癖を描く必要があるということです。
たくさんの人の手を介して、川を流れて角の取れた丸く整った石のようなものではなく、荒々しい原石のような、人のエゴがむき出しになった作品ほど、読み手を強く惹きつける。そういう思想のもと、漫画家と編集者は、余人を交えず、とことんこだわりを詰め込んできました。
マーケットイン型の方が手堅くヒットを生み出す傾向にあるのですが、時代を変えるような前例のない作品はプロダクトアウト型から生まれます。さらにいえば、数多くいる漫画家のうち、天才が描いたプロダクトアウト型の作品こそ、メガヒットの原石なのです。なぜなら、天才の作品というのは、連続的に発展していく凡人の発想を飛び越えて、跳躍した発想のもと、新たな表現を生み出して後の世に続く新たな天才に影響を与え続けていくのです。
編集部は「新連載を始める」という判断の裏で「今連載している作品を打ち切る」という苦渋かつ、大変難しい判断をする必要があります。これが、新連載を始めることと同じかそれ以上に重要です。
この判断の中には、単純にどんな作品でも長く続ければよいということではなく、作品の序盤を見た時に、この作品は伸び、この作家は育つという「目利き」があり、その「目利き」が連載を継続する「我慢」という判断につながります。このあたりは、発行部数が多い編集部ほど、数字の信ぴょう性が増す分「アンケート」や「販売実績」に最終的な重きを置き、そうした数字が顕在化するまで時間がかかりやすいマイナーレーベルほど「目利き」の様子が強くなっていく傾向もあるようです。
紙の雑誌であれば、その誌面は限られます。ウェブなどで掲載するにしても、編集者の人数や労力は有限です。このリソースを連載継続に振るという判断は、編集者、編集長、場合によってはその上位組織が醸成する企業文化の中で培われます。
石橋 最近よく思うのですが、出版社ではないところでウェブトゥーンを作っているわけ宛編集者の方って、とても優秀な人たちが揃ってきている気がするんですよね。言語化の練習やマーケティングの練習、創作論の勉強をものすごくたくさんして、とてつもない勢いで成長してきている。
菊池 それはわかります。少し前に、堀江貴文さんが、寿司職人の修行が必要なくなったという話をしていました。30年くらい前までは、寿司のつくり方を教える方法がなかったから、修業は無駄ではなかったけれど、今は料理を理論化することが世界的に進んでいて、どうすれば寿司が美味しくなるかということが言語化されている。だから、それを学べばすぐに美味しい寿司がつくれるという趣旨です。漫画でも同じことが起こっていて、出版社に属さなくても、編集ができるようになる可能性はあるんですよね。
石橋 そうですね。これまでは面白い作品をつくるためのロジックが出版社の秘伝になっていましたが、今はYouTubeを見たらすぐにわかる。基本的な仕事のスキルがある人が、高速で編集を学んでいくということができるかもしれません。たとえば、優秀な営業パーソンやITエンジニアは、すぐに編集を覚えられると思います。うちの社員にも、もともと営業パーソンだったけれど、今では優秀な編集者になっているひとがいますね。
菊池 そうなんですね。では、編集者としての経験がなくても、編集者の素質があるというのは、どこで見極められているのですか?
石橋 やはり言語化がうまい人だと思います。言語化がうまい人は、作家さんに伝えるのがとてもうまい。だから、そういうポテンシャルのある人を教育していけば、すぐに戦力になるでしょうね。先ほど、新規参入には5年以上かかるといいましたが、超うまいやり方をすれば、そんなにかからないかもしれません。
2023年11月に、東京池袋でおこなわれたIMART(国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima)でのSESSION「Webtoonの販売戦略~見えてきた成功の形」には、LINE Digital Frontier取締役COO森啓氏、株式会社ナンバーナイン代表取締役小林琢磨氏、株式会社Minto取締役中川元太氏が登壇しました。司会と企画は筆者です。
このセッションの中で、2022年9月にスタートした『神血の救世主』が、ビューや販売額の面で、ヒットの兆しを見せ始めていることが、スタジオとプラットフォームの両者から明らかにされました。すでに、月によっては役5000万円ほどの売り上げをあげる月もあること。それから、通常初速で大きく売り上げを上げてから、徐々に下がっていくのがウェブトゥーンの販売推移の特徴ではあったが、この作品は少しずつ売り上げを上げて積み上げて行く、日本のマンガに近い動きを示したという話が出ました。
この話の中で、ナンバーナイン小林氏から出た言葉が印象的でした。何を心がけて作品をつくっているのか? という私の問いに対して、小林氏はこう答えています。
「まず、100作品のウェブトゥーンを編集者と、神血の原作者であるジャンプ出身者の江藤俊司氏と一緒に読み合わせ、当たる作品というよりは、外れる作品の法則を読み取りました。そこから導き出した考え方として、ハンバーグを食べたいと言ってくれている人に、奇をてらわずに、国産牛のハンバーグをしっかり作って、読者にお届けする。このことが大事だと考えています」
とのことでした。一言でいうと、ベタが大事だということです。
ここにはさまざまな要素があると思います。もともとマンガの世界は「千三つ」と言われ、たくさんの多様な作品をつくって、しかも長い時間をかけてヒット作品が産まれるということが言われてきました。参考に、メガヒットということで言うと、週刊少年ジャンプで『ドラゴンボール』が産まれるまでに創刊から約25年、近年一番の大ヒットである『鬼滅の刃』は、50周年前後でヒットしたというものです。これらはあまたの作品がつくられたベースのうえでの、円熟の上に出てきている作品だったと思います。
ここで言う25年、50年という歳月の中には、1969年の週刊少年ジャンプ創刊の頃、まだまだマンガは子どもたちだけが読むものであった時代から、マンガを読む世代が広がり、読者が十分に育った状況が現在であるという点も大きいと思います。そして、今の日本のウェブトゥーンを取り巻く環境は、横と縦の違いはあれど、マンガやウェブトゥーンに触れて来た、多くの読者やクリエイターがいる状態からスタートになります。
その中で「デミグラスソース」のような作品を、それが読者の求める作品であると見極めること、および、それを確実につくっていく技術をスタート時から揃えていたことは、第一に当事者であるナンバーナイン社の努力ではありますが、第2に日本にはそうした、作品作りや原作者と編集者が歩調を合わせてヒットを目指すという下地が人材含め十分にあったということが言えるのではないかと思います。
現在、国産ウェブトゥーンスタジオで頭角を現しているには必ず何か下地があるように筆者は見ています。
ナンバーナインは、同社代表の小林琢磨氏が最初に起業したサーチフィールドの時代から、イラスト制作などのマンガに近しい領域で実績がありました。その後の同社創業時からは、電子コミックのエージェントをしながら作品制作などにも携わるなど、マンガに対する理解度が高い企業です。
ソラジマは、もともとマンガ動画を制作することで結果を出して頭角を現してきましたが、その際に培ったコンテンツへの勘所や、高速回転して学習してくスタイルで、作品でも結果を出しています。
フーモアは、2011年の創業当時から多くのクリエイターとともに、イラスト制作を膨大に受注してきました。その傍ら、横マンガやウェブトゥーンの研究を長く続け、現在は高品質なウェブトゥーンを受託制作するという強みを生かしたスタイルで、強い原作をウェブトゥーン化することでリードしています。
Mintoは、2社が合併してできた企業ですが、前身の一つであるwwwaapはSNS上で漫画を多くの人に届けることに長けた企業で、編集部にもその前からマンガ編集部にいた人間が多く、作品作りにそのノウハウが色濃く出ています。
CLLENNは、DMMグループ内で3社の出版社・スタジオが合併してできた企業ですが、3社それぞれに出版社経験者や長く作品をつくっていたメンバーがおり、地道に頭角を現しています。
ブックリスタスタジオは、元々編集者として十分に経験を積んだ事業責任者のもと、手堅く結果を残す作品をつくり、手堅く売っています。
まだまだこれから伸びそうな期待の企業や、日本に根付いている韓国系企業等、地力のあるスタジオはあるのですが、書ききれないほどです。
こうしてみると、国産ウェブトゥーンスタジオはたくさんあるなかで、特に頭角をあらわしつつあるスタジオは、何かしら良い作品をつくる下地があり、その下地の中にウェブトゥーンはもちろん、日本のマンガに対するある程度の理解を携えた上で、ウェブトゥーンに取り組んでいる共通点があると思います。そして、日本に根付くマンガ産業の、ノウハウや歴史、潤沢で質の高いクリエイターがたくさんいる環境を、活かしているようです。
そうした意味では、本丸ともいえるジャンプTOONも始動し、日本のマンガの下地を活かしたウェブトゥーンづくりが芽吹いてきつつあると、私には見えます。