【感想・ネタバレ】その朝は、あっさりとのレビュー

あらすじ

元中学教師の恭輔は10年前から認知症に、ここ4年は在宅介護を受ける身だ。96歳で亡くなる3週間前、家族と介護士、看護師はどのようにかかわる? 誰もが迎える最期に何が必要? 恭輔が愛した小林一茶の句にある庶民のリズムと見捨てない温かさに包まれた、老衰介護看取り小説。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

ついに寝たきりになった認知症の沢田恭輔(96歳)の頭の中で、死への旅がゆっくりと進んでいる。
その人の中で何が起こっているのか、周りで介護に汲々とする女たちには知る由もない。
かつての教え子たちを引率したり、他人の葬式に出ていたと思ったら、周りはみな骸骨に変わっていたり。死んだはずの妹を自転車の後ろに乗せて走るのは子供の頃の記憶。村で死んだじいさんの墓穴を掘っていたらいつの間にか自分が穴の底に横たわっていた。
時間の流れが行ったり来たりして、人生の中で出会った人々も別れた人も、自由自在に泡沫のように浮かんでは消える。
記憶の引き出しが全部ひっくり返ったようである。
俳句好きの恭輔は小林一茶を愛している。
『死支度致せ致せと桜哉』一茶。死に支度とは何をすれば良いのだろう?

沢田家では、リビングの真ん中に介護ベッドがでんと置かれた日から、全てが恭輔を中心に回るようになった。
妻の志麻は老々介護。独身で実家住まい、大学で教鞭を取る長女の洋子は何かあるたびに車を出してのアッシー要員。
二人の手に負えなくなると、千葉に住んでいる次女の素子が神戸の沢田家に呼ばれる。
今回も、三度目の危篤で呼ばれたが、恭輔は点滴だけで細々と生きている。

素子は父の枕元にある『一茶句集』に気づいた。奥付を見ると、恭輔が認知症を発症してから発行されている。
ところどころ恭輔がマルをつけている句があって、そこには小林一茶の死生観が現れており、恭輔がどういう心境で印をつけたのか気になった。

恭輔は、大正15年あるいは昭和元年生まれ。お決まりの関白亭主で、自分中心の父親だった。
外では、校長先生を務め、教育委員長を経て、町内会の相談役。人々から頼られる存在だった。
大勢の人の葬式をうまく仕切ったのが自慢だったが、恭輔の葬式を仕切るはずの知人たちは皆死んでしまってもういない。
さぞかし、昔ながらの立派な葬式を出して貰いたいのだろう。
「家族葬」なんて言ったら化けて出るかも。

最後に、長男だが末っ子の誠が登場。
男は何もしない、と作品の中で繰り返し書かれているが、東京在住の誠も送金のみ。
「厄介な介護対象としての恭輔」が目の前に突きつけられている女たちの視点とは違った観点で父親を見る。
戦前の師範学校のみで大学も出ていない、それでここまでひとかどの人物と認められるようになったのは、相当の才と努力と気概があったのだろう。社会に出てみて父親の偉大さが分かった。
初めて弁護人登場の感あり。
しかし、10年間、介護に人生を奪われてきた志麻と洋子、対しては、離れて暮らしていた素子と誠、そこに恭輔に対して抱く思いの差が生じてしまうのは仕方のないことかもしれない。

介護する人たちだけでなく、される側の、認知症の人の頭の中ではどんなことが起きていて、現実の世界とはどんなふうにリンクしているのか、視点が切り替わるのが面白かった。
どう死ぬか、どこで死ぬか。
小林一茶の句に見る死生観と合わせて。

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2024年09月20日

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