あらすじ
人の心は分かりませんが、 それは虫ですね――。
ときは江戸の中頃、薬種問屋の隠居の子として生まれた藤介は、父が建てた長屋を差配しながら茫洋と暮らしていた。八丁堀にほど近い長屋は治安も悪くなく、店子たちの身持ちも悪くない。ただ、店子の一人、久瀬棠庵は働くどころか家から出ない。年がら年中、夏でも冬でも、ずっと引き籠もっている。
「居るかい」
藤介がたびたび棠庵のもとを訪れるのは、生きてるかどうか確かめるため。そして、長屋のまわりで起こった奇怪な出来事について話すためだった。
祖父の死骸のそばで「私が殺した」と繰り返す孫娘(「馬癇」)、急に妻に近づかなくなり、日に日に衰えていく左官職人(「気癪」)、高級料亭で酒宴を催したあと死んだ四人の男(「脾臓虫」)、子を産めなくなる鍼を打たねば死ぬと言われた武家の娘(「鬼胎」)……
「虫のせいですね」
棠庵の「診断」で事態は動き出す。
「前巷説百物語」に登場する本草学者・久瀬棠庵の若き日を切り取る連作奇譚集。
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Posted by ブクログ
虫。時代もの。虫も妖怪もその当時からしたら似たようなもの。病気も虫も同じ。終わってしまった巷説と同じ時代で嬉しい。藤助もとうあんもいいキャラ。
Posted by ブクログ
最初は落語っぽいなと思ってちょっと読みにくかったです。
各話最初に書いてある虫が可愛いような可愛くないような。
病気の症状からこんな虫ではと想像した言うくだりがあってなるほど…想像力豊かなようで笑
Posted by ブクログ
『巷説百物語』シリーズが完結した直後、京極夏彦さんの新刊が並んだ。帯には、『前巷説百物語』にも連なる謎解き奇譚、とある。
八丁堀近くに貧乏長屋があった。大家の息子である藤介は、店子を見回るのが日課。店子の中に、久瀬棠庵という風変わりな本草学者がいた。この長屋で、なぜか怪事件が続発し、その度に藤介は棠庵に頼ることになるのだが…。
読み進めると、『巷説百物語』シリーズとフォーマットが似ていないこともない。妖怪のせいにして丸く収める『巷説百物語』シリーズ。棠庵はどうするのかというと、虫のせいにしてしまう。もちろん、こんな虫は存在せず、むしろ妖怪に近い。
棠庵というキャラクターは、又市一派や中禅寺秋彦と比較すれば、人当たりは良いが、押しが弱い感がある。派手な演出もない。ところが、事件の構図が見えるとテキパキと人を動かし、ロジカルに謎を解き明かすのが意外といえば意外か。
時代設定等を除けば、いずれの事件もオーソドックスなミステリーの構図であり、棠庵の役割もオーソドックスな探偵役と言える。その点が京極夏彦作品としては異色ではないか。当然面白いのだが、戸惑いもあるようなないような…。
語り部の藤介は、『巷説百物語』シリーズの百介の役割に当たるが、百介ほど積極的に謎に首を突っ込むわけではない。しかし、野次馬根性がまったくないわけではなく、結局は顛末が気になって棠庵を訪ねる。読者代表的な語り部か。
そっち方面にまったく無頓着そうな棠庵だが、収入源といい人脈といい、謎が多い人物には違いない。いつまでこの長屋に留まるのか。本草学者は仮の姿なのか。一方の藤介は、いずれは隠居親父の跡を継ぐのか、いつまで棠庵に頼るのか。
聞き覚えのある人物は登場したものの、『前巷説百物語』にどう連なるのかはわからなかった。文藝春秋がシリーズ完結に便乗したのか? さて続編はあるか。