あらすじ
第二次大戦後に分断され、再びひとつの国に統一された日本。だが東西の格差は埋まらず、東日本の独立を目指すテロ組織が暗躍し……。意図せずテロ組織と関わることになった一条昇と、その幼馴染で自衛隊特務連隊に所属する辺見公佑の二人。社会派エンターテインメント巨編。
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Posted by ブクログ
戦後、朝鮮半島のように東西2カ国に分断された日本を舞台にしたありそうな作品だが、展開がヌルい。サスペンスとも言えず、政治ドラマでもない。そのくせ505ページという(大)長編。とにかくさっさと読み終わろうと思った。
が、気づいた。これは今の日本のどうしようもないジレンマを告発しているのかも知れない。米国に追随し、とても主権国家とは言えない状況を変えることができないままでは、国民は家畜としてしか生きられないぞと警鐘を打ち鳴らしているのだと。
Posted by ブクログ
ぬっくんの新作です!
まず、設定が面白いので、いきなり引き込まれ、ぬっくんの読みやすい文でグイグイいきます。
面白かった〜〜!!
ただ、ラストまで読むと、
「えーーっ!続編があるの⁈」
と強く思う!(あるのか?)
意図せずテロ組織を関わってしまった、一条昇と、その行方を追うことになる幼馴染で自衛隊特務連隊に所属する逸見公佑。
この2人が、それぞれ、なかなかいい奴なだけに、もうちょっともうちょっと・・・・と思いながら・・・残りページが少なくなるにつれ、ええ〜〜どうやって終わるのよ?とハラハラしました。正直、期待した終わり方ではない。でもそれが、現実なのかなあ?
そういう意味でも、続編が読みたいわ!
とはいえ、いろいろと考えさせられる話で、リーダビリティ抜群。私は楽しめました。
なんにせよ、テロは最悪。でもって、どうやって仲間に引き込むか、というプロセスが怖い怖い。
そして格差社会。もしかしたらあったかもしれない日本、という設定だけど、やっぱり、今現在の日本にも通ずるところがある。いろんな場面で、自分が生きてきた時間を、いくつもの視点で思い出しながら読んでいました。
印象に残ったところ少し。
ーーーーー
昨日と同じように普通の人生が続くのだと、信じると表現する必要もなく無条件に思い込んでいた。(中略)実は誰もが、一歩間違えば日常を失う危険な状態に気づかずに生きているだけなのではないか。
運命を恨むのではなく、意義を見いだしたいと考えていた。
巡り合わせの悪さ、ただそれだけが一条の人生をねじ曲げたのだった。
人間の自由意志を踏みにじるような真似は、誰であろうと、どんな政治体制であろうと、許されない。
屈辱にまみれて死ぬくらいなら、屈辱に首まで浸かったまま生き続けてやる。
人間は自分の感情すら、意のままにならないのだ。それが、感情というものだ。
ーーーーー
ちょっと笑ったのが・・・
「賢い人って、ひとつのこと話してる間に連想が各方面にぱーんって広がるんよ。だから話が逸れちゃうんよねー。アホやからこんな喋り方してるんやなくて」
ってところ。私は全然賢くなくて、ただのお喋り女だけど、話してる間に連想がぱーんって飛ぶって感じがわかって、おかしかった〜〜笑
貫井さん(ぬっくんなんて呼んでごめんなさい)ぜひ、続編を書いてくださいませ。一条と辺見のその後が知りたいです〜!!
Posted by ブクログ
マイペースな一条が、知らないうちに大事に巻き込まれて呆れるほどだったが、最終的には強い意思を持って動き出すことができたんだ、と推測できて良かった。
辺見も一条も私も同じように迷い悩み、やはり結論は出ないのだと思う。
Posted by ブクログ
とにかく設定が面白い。今の日本のディストピア感というか、不満の吹き溜まり感が、暴発を招くという設定に、説得力を与えるアイデアが素晴らしい。
冒頭から一気に引き込まれてしまって、ワクワクしたのだけれど…。
組織の中身がいろいろと明らかになるにつれ、荒唐無稽感が増していき、失速したように思う。自衛官との関わりももっと膨らませられたような気もする。
問題提起は鋭いだけに、もったいない。
余談だが、この手の小説にありがちな表現がここでも。
・なぜか男性は苗字、女性は名前で話が進む(自衛官の彼女は珍しく苗字だったが、男性扱いということか)
・なぜかとても強い女性はとても美人
男性エンタメ小説家に目新しさ求む。
Posted by ブクログ
賛否両論あるかもしれないが、私は面白かったと思う
闘争本能の是非は簡単には判断できないし、怒りを失うことはただの思考停止と同じだろう
作者が答えを提示するのではなく、事勿れ主義の日本人に対する問題提起の小説だと感じました
Posted by ブクログ
初めはなんとなく青少年向けの可愛い革命ごっこかと思いながら読み始めたけど、格差社会と自由獲得の努力と権利、革命とテロ。巻き込まれた主人公はノンポリだったけど、自らの自由を勝ち取る過酷な道を選んだ。生きてる間に現実になってほしくはないね。
Posted by ブクログ
西と東に分断された日本が統一。しかし両者間に生まれた経済格差や差別の溝は埋まらない。政府に不満を抱く《MASAKADO》。テロを画策するが…逃亡する一条を追う親友の辺見。彼の心中を思うと居た堪らない。本書は発想主題が魅力的。一読者としては、もっと大胆にSF、或いはミステリを仕掛けて欲しかった。
Posted by ブクログ
東京都知事選、小池百合子圧勝のニュースを見ながら、本書を読み終えた。
人間の闘争本能は文明の進歩をもたらしたのか?
世界の至るところで、戦争が続き、平和を求める声は力を持たない。空虚なものとして響き渡っているだけなのか?
闘争本能のない人間社会はあり得るのだろうか文明の発展とは人間の発展と結びついているのだろうか?
Posted by ブクログ
空想と笑えない。実際、この国は怒りと不満が充満。だけど、誰もが息潜め、様子見。格差と資本主義テーマの小説多くなってきたなぁ。「なぜ格差がある。平等でない理由。人には上に立ちたいという欲がある。自尊心を保つために誰かを見下さずにはいられない。それが人間の本質」「人間らしく生きるには闘争本能必要。捨てたら家畜同然」闘争本能が地球を壊しているにしても…。
Posted by ブクログ
日本が大日本国(西日本)と日本人民共和国(東日本)に分断されて、ベルリンの壁が崩壊する頃に日本もひとつの国に統一される…。
その後、四半世紀を過ぎたが西日本と東日本の格差は埋まらず、再び東日本の独立を目指すテロ組織が暗躍する。
意図せずにテロ組織に関わってしまった一条を幼馴染の自衛隊特務連隊の辺見が追うこととなる。
2人の幼馴染のやりとりが少ないまま、架空の日本でのテロ。
それは東日本対西日本というより、上級国民と下層民の闘いかと思われたが、テロ組織のなかで一条が逃げようとまで思ったのがとんでもない情報を知ったからで…
アメリカにも知られてはならない…
中国やロシアまでもが、一条を追うのか…
一条の運命は…
架空の日本を舞台にしてるが、テロからあり得ない話にまで広がっていくのに驚愕過ぎて、脳内でいろんな思いが交錯する。
人間の闘争本能は必要ないのか⁈
あり得ないとわかっているのに何故か荒唐無稽だと思えないのは未来が予測不可能だからかもしれない。
そう思うと怖さを感じた。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦後、東日本と西日本に分断されソ連とアメリカに統治された世界。その後、ソ連邦の崩壊、東西冷戦の終結に伴い再び統合された日本は、格差が固定化し、貧困が蔓延る旧共産主義国である東日本の独立を標榜するテロ組織が暗躍していた。
意図せずしてテロ組織に関わることになった一条と彼の幼馴染で自衛隊特務連隊に所属する辺見。立場をことにする二人の友情の行方は……
戦後日本が2国に分断されたら、という割とよくある設定のSF的手法によりながら、富裕層と貧困層の格差の固定、資本主義の行き詰まり、文明の発展と人間の進化、希望が失われた社会の行く末など、現代社会の諸問題を余すところなく描き切っているという点で現実的な物語になっている。
テロリストの目論見は少々無理筋な気もするが、人間の闘争心というものに焦点を当てた試みは面白い。
ミステリではないので、広げた風呂敷は畳まれないし、目に見える解決策も、読後のカタルシスもない。これは作者の問題提起で、「考えろ、考えることをやめるな!」という強いメッセージと受け取った。
「今日を生きるのに精一杯で、夢を持つことすら贅沢になってしまった日本人。文明を発展させ、地球を破壊してまで手に入れた生活がこれか。人間は愚かだ、と思う。」
ラストの3行が響いた。
Posted by ブクログ
なんと言っても日本が第二次大戦後のドイツのように東西に分離してしまうという発想のすごさに驚異を感じてしまいました。そして首都が大阪になってしまう物凄さ東京はどうなるのだ。東日本が貧民が多いなんて嫌ですよね。革命を起こすMASAKADOの驚異が良く描かれていました。息もつかさぬ展開に読む手が止まらりません。もう一気読み間違いなしの大傑作、驚異の発想の展開、一条の先行きが知りたくて続編を望みます。あなたも読んでこの驚異を堪能して下さい。
Posted by ブクログ
ラストスパート?で新キャラが登場。どのように終わりを迎えるのか楽しみにしていただけに、急な尻すぼみ感の強い終わり方にガッカリ。ストーリーが面白かっただけに、上下巻とかもっとボリュームがあれば、、
Posted by ブクログ
大戦後に東西に分断された日本。大きな格差の中で生きる幼なじみ二人。長編の割に結末が呆気なく二人の関わりがもっと見たかった。怒るべき時に怒る、闘うべき時に闘う。弱体化した今の日本に伝えたかったのかな。
Posted by ブクログ
戦争後にドイツのように2つの国に分かれた後に統一されるも経済格差や諸問題を抱えた架空の日本を舞台にしながらも現代の現実とリンクしたような描写もあり、ミステリではなく社会派ディストピア小説とでも言おうか
Posted by ブクログ
東日本・西日本が分裂→統合した世界の話。
お話としては、前半のドキドキ感、すごい物語を読めそうな気がする感が大きかった分、後半やや失速したか?という感じ。
一方で、小説の中の富裕層に富が偏っている状況はちょっと先の未来の日本の話にもみえて、他人事とは思えなかった。
暴動が起こっていく国民の熱量、それが特に大きな成果もあげずスッと終わっていく感じなどとてもリアル。
闘争心をなくせばテロも起きずみんな幸せだから強制的になくさせようのMASAKADO vs 闘争心なくて本当にいいの?それが人を人たらしめているものなのでは?の一条、って感じだけど、本当にどっちなんだろう。
個人的には、闘争心は人という生き物の特性であり、そんな特性を持つ生き物が繁栄を続けたら自ずと富の偏りが発生するのでは、と思う。
それを受け入れたくないなら闘争心燃やして覆していくしかない。MASAKADOが発生したのも闘争心の結果だったということ。
そうやって歴史の流れに大きなダイナミズムを生むのは闘争心だったりするわけで、平和な世の中もいいけれど面白い世界・面白い人生にするには闘争心あってもいいんじゃない?と思う。
お話そのものも面白いけど、これ読んだ人で感想戦したらもっと面白いだろうなーと思った。
Posted by ブクログ
うむむむむ。色々考えるきっかけにはなったし、敗戦をきっかけに東西が分かれ、その後統一という設定はなかなかユニークで面白かった。しかも、大阪が実質的な首都になっている(=実質の東京)のが関西人としてはおもしろかったけど、主人公が意図的にテロリストにされ、整形して逃げ回ったのち、最終結末も意外性がなく、うーーんという感じ…関西出身→上京→Uターンで関西にという身の上のわたしとしては、関西弁・標準語を使い分けることは容易だが、それでステータスが決まるのも現実的に考えられやすいもので、生粋の関西人である両親と祖父母に関西弁で喋り!と毎日言われる身としてはかなーりタイムリーな話題で面白かった気もする。
p.378 を立てたくない、と男は言った。みんなが腹を立てなければ、喧嘩も戦争もない、と。
まったくそのとおりだ。ひとりひとりがこらえれば、この世から諍いは消える。争わず、互いを尊重した人々が生きる世界。それは誰もが望む世界ではないのか。
現実は、そうなっていない。人々が怒りを抑えられないからだ。怒りをコントロールするのは難しい。
怒らないでいる方が楽しいとわかっていても、腹が立つときは立つ。人間は自分の感情すら、意のままにならないのだ。それが、感情というものだ。
もし、腹を立てずに生きる方法があったら。そんな発想の下に動いているのが、聖子たちMASAKADO)の穏健派ではないか。人間から闘争本能を消し去れば、他者と争わなくなる。他者と争わないのは、腹を立てないからだ。ならば、聖子たちが目指す世界は人々が望む理想の世界なのか。聖子たちに背を向けるのは、理想の実現を妨げる行為なのか。
いや、そんなことはないはずだ。腹を立てたくない人が、自ら闘争本能を捨て去るならいい。だが聖子たちは、日本人全員から強制的に闘争本能を奪い取ろうとしている。目指すところが正しくても、手段が間違っていたら受け入れられない。一度はそう結論したではないか。男の言葉でまた考え込んでしまう自分は、迷いが捨てられずにいるのだと自覚した。
p.419 「何が言いたいかというと、余裕がないんですよ。他人のことを考えている余裕がないんです。自分のことだけで精一杯なんです。開き直るようですが、それはぼくが悪いからだとは思いません。社会のシステムが、どこかおかしいんですよ。資本主義には、何か問題があったんでしょう。でも、社会システムを変える権力を持っている人は、特に困っていない。だから変える気がない。持てる者と持たざる者が二分され、一度持たざる者になると持てる者になる方法がない。努力ではどうにもならないんです。
何が不幸かもわからず、他の人よりはましって考えて満足してる。そんな状態ですから、無関心だと怒らないで欲しいです。五藤さんからしたら、言い訳にしか聞こえないかもしれませんけど・・・・・・・」
勢い込んで話したが、最後は声のトーンが自然と落ちてしまった。どう言おうとも、当事者にとっては言い訳でしかないのではと考えたからだ。
「いや、わかるよ」
しかし五藤は、目に宿った険を引っ込めた。一条を責めても仕方ないと考えてくれたのかもしれない。
日本人の無関心は腹立たしいだろうが、だからといって怒りを向ける先にはして欲しくない。怒りをぶつけるべきは格差を容認する社会システムだと、一条は気づいた。
「この店は昔は庶民向けだったんだが、いつの間にか高級レストランになっちまった。あんたがここでの食事を贅沢だと考えるのは、よくわかるよ。おれだって、上級の部類じゃない。日々の暮らしでヒーヒー言ってる、ばりばりの庶民さ。この店は、米兵が来るから成り立ってるんだよ。基地に文句言ってるくせに、客として来てくれないと稼げない。自分で矛盾には気づいてるさ。だからよけいに腹が立つんだ」
p.420 五際は手許に視線を落とした。まるでグラスに話しかけるように、納々と続ける。
「昔はロシア料理屋だったって言ったろ。その頃はソ連人を相手に商売をしていたのさ。でも、ソ連が撤退してどうにもならなくなった。ロシア料理屋の看板は下げて、どこ料理ってわけでもない洋食屋になったわけだ。アメリカ料理にしなかったのは、親父の意地だったんだろうよ。それでも、メニューにステーキとハンバーガーは入れざるを得なかったんだけどな」
五藤の口調は自嘲気味だった。親子二代に亘る複雑な思いは、おそらく簡単には語り尽くせないのだろう。
「あんたの話を聞いててわかった。これは東日本対西日本とか、日本対アメリカとか、そういう問題じゃないんだな。金も権利も持ってる上級国民と、何も持ってない下層民の闘いなんだ。下層民のおれたちは、貧乏が当たり前だとずっと刷り込まれてきた。貧乏なのは自分が悪いと、子供の頃から教え込まれてきてたんだな。違うだろ、と今なら思うよ。毎日ちゃんと働いて、それで人間らしい生活が送れないなら、社会の方がおかしいんだ。米軍に頼らなきゃ生きられないのは、米軍が悪いわけじゃなかった。
そんな日本がおかしいんだな」
だからってレイプ犯は許せないが、と五藤は低い声でつけ加える。その点は、一条もまったく同感だった。
「なあ、話は戻るが、あんたは闘争本能を捨てたいのか?こんなおかしな社会システム、変えたいとは思わないのか。社会システムを変えるには、怒りが必要だろ。従順になって、それで不幸を幸福だと感じて生きていきたいわけか」
問われても、即答できなかった。関争本能を捨てるという発想には一理あると思ってしまったから、そう簡単には考えを転換できない。人と争わずに生きていきたいとは思う。しかしそれは、現状を追認することなのか。自分をごまかして生きることになるだけなのか。
「ああ、すまんすまん。議論を吹っかけるつもりはなかったんだ。ただ、あんたの話があまりに思いがけなかったんで、散らかった考えをまとめなくちゃならなかった。さっきも聞いたとおり、あんたにはあんたの事情があるよな。一方的に責めちゃいけないってわかってるのに、今は殺気立っててなぁ」ようやく五藤は、強張っていた顔に苦笑を浮かべた。厨房の方に顎をしゃくって、「あっちが自宅だ」と説明する。
「裏で繋がってるんで、あんたにはそっちに泊まってもらうよ。妻がいるが、子供はいない。妻はもう寝てるから、挨拶は明日でいい。取りあえず、移動しようか」
五藤はテーブルに両手をついて、立ち上がった。一条は「はい」と応じながらも、もう少し話を続けていたかったという未練も覚えた。
p.491 卒然と理解した。これは単に、米軍への反感が爆発したのではない。まして、お祭り騒ぎに便乗するような、無責任に騒動を大きくする人たちが煽っていることでもない。人々はずっと、耐えていたのだ。
理不尽な経済格差、ささやかな幸せすらも掴みづらくなった日常、明るい未来が描けなくなった社会。
人々は夢を見ることすら諦め、日々を生き抜くだけで精一杯になっていた。だが、人には感情がある。
機械と化して、自動的に生きることはできない。訴えようがない感情が溜まり、人々の心の中でくつぐつと煮詰められていた。それが今、噴き出そうとしているのだ。これは、生きていくためのエネルギーの発露なのだ。
もし、人が闘争本能を失っていたとしたら、どうだったろうか。どうしても、その仮定が頭から離れなかった。当然、人々はこうして歩いてはいなかったはずだ。怒りも覚えず、家や職場でおとなしく生活していただろう。その様を想像し、一条は初めて恐ろしさを感じた。従順な羊たちは、もはや人であることをやめた姿なのかもしれない。怒りを忘れたくない、と言った五藤の言葉が今ようやく理解できた。
もちろん、腹を立てながら生きたくはない。できることなら、毎日楽しく暮らしたい。しかし、それは現実の辛さに目を取って生きるという意味ではない。眼前に辛さがあるのに、あたかも何も見えないかのように生きるのは不気味だ。もはや開争本能ではなく、思考能力を捨てて生きていると思える。
あるべきときに怒る、買うべきときに関う。そんな人を、一条は香定できなかった。星力は決して認めないが、人が人であろうとする関いは必要ではないのか。この先に待っているのは単なる黒力の嵐か、それとも人であり続けるための関いか。是が非でも見届けたいと、一条は考えた。
p.502 鳥飼の問いかけに、辺見は少し考えた。一条との最後の会話を思い返す。あのときは意図が理解できなかったが、一条の覚悟を知ってぼんやりと見えてきたこともあった。
「一条は現代文明に疑いを持ったのかもしれません。人間は文明の進歩に追いついてない、とあいつは言うてました。環境破壊だけやなく、戦争やテロが起こることを指していたのでしょう。人間の闘争本能は必要ない、とも言いました。ただの推測に過ぎませんが、<MASAKADO)は人間の脳やホルモン分泌に働きかけるテロを計画していたのかもしれません。一条が大学で生化学を専攻していたことと考え合わせると、可能性はあると思います」「なるほど、いい推測や」
鳥飼は、今度は深く頷いた。辺見の考えを認めてくれたようだ。
自分で口にしておいて、事の重大さは後から認識した。もし(MASAKADO)が人間のホルモン分泌に直接働きかけるテロを計画していたなら、今は米軍がそのアイディアや技術を手にしたと見做すべきだ。米軍は間違いなく、軍事転用を試みるだろう。そんな技術が実用化されるのが、ずっと未来であることを願うだけだった。
いや、それは先送りされるべきことではなく、もしかしたら喫緊で必要な技術かもしれない。そう考え直し、意図的に思考を停止した。鳥飼の前でなく、ひとりになってじっくり検討してみたかった。
「下がってええ」
「はっ」
辺見が立ち上がって礼を返す間も惜しむように、鳥飼はスマートフォンを取り出してどこかに連絡をした。おそらく、緊急の対策会議が開かれるのだろう。米軍が情報を分け与えてくれない不均衡な関係である以上、日本独自の対策が必要だった。
Posted by ブクログ
2人の幼馴染の視点で物語が進む緊張感ある展開。後半に嫌な予感がしたが的中。真相有耶無耶&海外逃亡の尻切れトンボ。こんなに厚い本なんだから結末書き切ってほしかった。続編あり?
Posted by ブクログ
戦争に負け日本がソ連とアメリカに分断され、再びドイツのように東日本と西日本が統一された”日本”の話。
設定は面白い。
貧しい東日本、権力と経済を支配する西日本との対立は、東日本のMASAKADOと名乗る集団が日本からの独立を画策していた。
テロ集団が東日本生まれの一条を誘い込む深謀遠慮な工作により、彼は抜き差しならない最悪の事態に陥る。
最初の設定から同国内の貧富の差や人権問題が、結局は着地所を見せないままなのが消化不良な感じで終わってしまった。
500ページもあり本当に長く感じた。
Posted by ブクログ
壮大な舞台設定と大胆な歴史のIF解釈で、貫井作品で今までにない挑戦的な小説。民主主義と自由経済の閉塞感を描いているが、自分の中で貫井作品だからこそのハードルの高さがあるが、本作は貫井作品らしい文章の上手さは目立つが、ストーリと展開の物足りなさが最後まで残った。ここまでの長さは必要ないと思うし、幼馴染の二人の交錯が上手く描けていないように感じた。求めるレベルが高いため評価は辛め。。
Posted by ブクログ
第二次世界大戦後、東西に分割された日本という設定の歴史改変小説。すでに分断は解消されているが、首都は大阪に移り標準語が関西弁となっている。ソ連によって管理されていた東側の人達は再統合後も社会的地位は低く、それを不満としたテロ組織が暗躍していた。巻き込まれてテロ組織に身を置くことになった一条と、彼の親友で自衛隊特務連隊の辺見が、テロの闇に迫る。
貫井さんはSFの人ではないので、こちらの期待した方向での展開にはならず残念だった。というか、都合のよすぎる設定と詰めの甘さに読んでいて白けてしまった。ラストも尻切れトンボで、うーん……となる。