あらすじ
腹に水がたまって妊婦のように膨らみ、やがて動けなくなって死に至る――古来より日本各地で発生した「謎の病」。原因も治療法も分からず、その地に嫁ぐときは「棺桶を背負って行け」といわれるほどだった。この病を克服するため医師たちが立ち上がる。そして未知の寄生虫が原因ではないかと疑われ始め……。のちに「日本住血吸虫症」と呼ばれる病との闘いを記録した傑作ノンフィクション。(解説・飯島渉)
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Posted by ブクログ
先人たちがこの感染症と闘ってきたことが、日本の衛生観念の発展や山梨の果樹園発展等に寄与していることを知れて嬉しく思った。これは一種の日本史であり、私のような若い世代も知るべき内容であるし、学生時代に知りたかった。
自分の時代にはもう関わっていないものだと勝手に思っていたが、100年以上前から最近まで存在していたものであることを知り、驚愕した。
死の貝というタイトルについても考えさせられる。
Posted by ブクログ
タイトルがもう怖い。そしてサブタイトルを見ても何のことやら分からない。貝に寄生する虫が起こす恐ろしい病気だということが読み始めてすぐに分かるのだけれども、本文に入る以前に目次のすぐ後にある資料にまずものすごい衝撃を受ける。
写真のインパクトがすごい。限界かと思われるほど膨れ上がったお腹、三人並んで写った男性の比較写真で、小学生中学年くらいに見える人が実は25歳男性であること(本文によれば感染が重くなると著しく成長が阻害されるためらしい)、寄生虫のおぞましい姿やその感染経路や変態の仕方、宿主となる貝があまりに小さいことなど、もう本文を読む前からすさまじい。
これを突き止めあらゆる考えられる対策で戦い、ついにその病をなくしたという研究者の執念と努力には本当に頭の下がる思いがした。
p109経皮感染か経口感染か(略)医学の常識を鵜呑みにする自惚れがいかに恐ろしいものか、を示すことにもなったのである。
ここは教訓だと思う。
また、p102から太平洋戦争末期のレイテ戦について書かれているが、飢えや病に苦しめられという話を聞いたり読んだりしてもその病の中に日本住血吸虫症と言うものがあったことはあまり知られていないのではないかと思った。p276にも大岡昇平のレイテ戦記が出てくるが、大岡昇平や井伏鱒二という文学者がこの寄生虫から来る病の撲滅運動をすることになったエピソードにもとても驚いた。p194ガダルカナル島のマラリアの話も聞いたり読んだりしたことはあったけれどもここにも日本住血吸虫症があったことは知らなかった。そもそもこんな恐ろしい病気の存在自体知らなかった。
子供の頃「昔農作物は人糞の肥やしで育てていたから寄生虫が湧いて酷かった。野菜を食うというより寄生虫を食うようなものだった時もあった」というショッキングな談話を聞いたことがあったが、それはいわゆる回虫のことで住血吸虫などという寄生虫は知らなかった。でもいま思うと単一の種類の寄生虫を指して話していたわけではなかったのかなとも思う。
検便も自分の子供の頃は寄生虫の検査だと聞かされていたけれど今は大腸検査としてしているのだろうか。寄生虫はほぼ撲滅されたので小学校から検便はなくなったとも聞いたことはあるが全国的にそうなのか、地域や学校単位によるのかも知らないので今の現状は分からないけれど。
河川のコンクリート化というものにも単なる整備や近代化ではなく、ミヤイリガイ撲滅を目指す意図がメインの地域があったと言うことも初めて知った。また山梨県の有名なブドウ生産の裏にもミヤイリガイ撲滅の刃意図があった地域など驚くことばかりだった。これは知らない人が多い事情だと思う。知らないことの多さにずっと驚きっぱなし、恐ろしさに震えっぱなしだった。
中国訪問時の話も大変興味深かった。後書きにある日本人であることの誇りという下りを読んでジーンと感動した。もしも宮入先生がノーベル賞を受賞されていたら、私たち以下若い世代の人たちにも寄生虫の恐ろしさはもっと啓蒙されていたのではないかと思えてならない。
ミヤイリガイの供養碑に刻まれた「我々人間社会を守るため」「人為的に絶滅に至らされた宮入貝」の文言にまた頭が下がる思いがした。
Posted by ブクログ
目黒寄生虫館に行ったときに、「なぜ蚊は人を襲うのか」とセットで買った本。
なかなか難しそうな気配がしたので、読みやすそうな「なぜ蚊は人を襲うのか」を先に読んだのだった。
が、結果として難しくはあったものの、とても読みやすかった。というか面白すぎて一気に読めた。
いや、最初から最後まで悲惨な出来事なので面白いと言ってしまってはいけない雰囲気を感じはするものの、いや、面白かったとしか言いようがない!名著。
まだ解剖が一般的でなかった時代に、主婦が自ら検体に申し出るシーンや、とうとう長い闘いが終わったときの宣言とか、何度か泣きそうになったレベル。
人の力が及ばないはずの強大な魔王に「これが、ヒトの力だぁー!!!」とトドメの一撃を刺しているシーンが思い浮かぶ…と言いたいところだが現実はそんな大きな一撃は存在せず、とても小さい努力が何年も続き、徐々に大きな流れになっていくという、出てくる人々すべてが主人公である、これが歴史。
・Wikipedia3大文学とは?
ちなみにこの本、文庫なのだが帯にいきなり「Wikipedia3大文学とは?」と書いてあるのがなかなかズルい。それだけで手に取っちゃう人、いるよ〜。自分は3大文学の存在自体は知ってたし、軽く読んだことあると思うけど、主要参考文献があったことは知らなかった。
というか、この本自体はだいぶ古いからWikipedia3大文学がまだ存在しないはずでは?と思ったら、文庫化されたのがなんと令和6年、去年やんけ!新刊ほやほや!元々は1998年の単行本で、タイトルも「死の貝」だけだったところを、分かりやすくするため、そしてミヤイリガイ自体が別に動物を殺そうとしてるわけじゃないしな… ということでサブタイトルの「日本住血吸虫症との闘い」をつけたとのこと。
ミヤイリガイも被害者なんや…!蚊の本でも書いてたけど、単に中間宿主であって蚊が直接相手を殺してるわけじゃないし、なんなら中間宿主になる時点でこっちも寄生されて何かしらのダメージは受けてるからやっぱり被害者で、諸悪の根源は寄生虫や病気なのだというスタンスなのがなんか、良いね…
日本住血吸虫症を如何に撲滅させたかという話ではあるのだが、100年にも及ぶ戦いだからか、病気とその解決だけではなく、その調査によって起きた副次的な出来事もあり、一見関係ないように思える出来事が病気の調査に繋がったりきっかけになったり…
例えば中間宿主がミヤイリガイと判明したことで、他の住血吸虫も同様の原因なのでは?となり、原因解明に繋がったりした。
病気の撲滅の第一目的はもちろん人々の健康を守るためではあるのだが、研究に力が入った間接的な理由として実は戦争がある。戦争のために健康診断をしていると、該当地域の青年の成長が甚だしく悪いため、それを解決するために国から発破がかけられた。
つまり戦争がなかったらそこまで研究に力が入れられなかった可能性もある。
更に戦争に負けて研究が止まるかと思いきや、アメリカが入ってきて過去の戦いで同じ病気で苦労した経験があるから調査と研究に力を入れさせるという追い風も。うーん、色々と複雑な思いが生じる。
あとは、100年も経っていると人々の生活も大きく変わり、そんな文化の変化がプラスに働いたというのもあった。家庭で合成洗剤を使い始め、その排水をそのまま川に流した結果寄生虫に大ダメージとか。更に川岸のコンクリート化を進める要因にもなったなど、今の景色は色々な出来事が背景にあって成り立ってるんだな、という当たり前のことを再認識させてくれる。
山梨ではコンクリート化するような川があまりなく、要因が田んぼということでいっそ水田を埋めて果樹園にするという力技で解決した上に後年山梨といえば果物となったわけで、色々な副次効果があるのが読んでて面白すぎた。
・構成が良い
内容だけでなく、構成も良い。
まず頭から面白い。武田勝頼のエピソードから、狭い地域だけで起きていた奇病と思わせておいて、そのときには実は全国で起きていた、と。割と最近になるまで情報共有の方法が少ないから、一部の村特有の病気だと思われていたのが、医者の治療や研究を通じて実は様々な地域で起きていたことがわかってくる。
しかし、論文でもない時代に書かれた文書は、この本の著者が見つけたんだろうか… と不思議に思っていたところ、後ほどやっぱり寄生虫を同定させた医者たちが参考にした文献としてまた文書を書いた人の名前が出てきた。研究が連綿とつながってるのはなんか感動するなぁ。
ホルマリンも冷蔵庫もなく、移動にも数日かかる時代に医学的研究してるの、大変すぎる…
明治時代に入っても京都から山梨に行くだけで4日間かかってしまう。特に解剖したいというときは新鮮さの問題もあるし、顕微鏡は光学だし…
でも、時代は進み、西洋医学も入ってきて、糞便の調査で寄生虫の卵が見つかったり、解剖の結果なども見えてきてどんどん医学パワーが強まってくるのが面白い。そしてそれでも分からない原因…
蚊の本で読んだロナルド・ロスが出てきたりして地味に嬉しくなる。
章の名前がまた良い。
第2章のタイトルはなんと「猫の名は"姫"」。
突然の猫!?そうか、犬猫が媒体になるからか。
でも名前がついてるということは飼い猫で、それを解剖しちゃうのか… と、タイトルだけで色々と想像できてしまう。
そして内容は想像を超える。
姫、なんと病気の治療、研究をしていた三神医師の飼い猫!でも11歳で同じ病気にも罹っていて長くはないから、ということ。泣きそう。
途中で舞台が急に中国に変わり、実は中国ではもっと事態が深刻で死者や病人の数も段違い、揚子江周辺でもはや対処の仕様がなさそうなレベルの貝の量というのが判明する。どうするんだこれ?と思ってたら特に解決しないまま舞台が日本に戻ったのは、ただの歴史の紹介だったのかなぁという感じだったが。
とりあえず現在は日本では闘いは終わったけど、日本住血吸虫症という名前ではあるが日本だけの問題ではないというのはわかった。今でもまだ続いてるのだろうか… 調べるとあの写真がたくさん出てきそうでちょっと怖いので調べてない。
・結果がわかっていてもやきもき
読んでるこちらとしては病気が克服されたこと自体はもうわかっているものの、本の中では時系列で徐々に徐々に研究が進んでいくだけなので、結果がわかっていてもハラハラしてしまう。
例えば病気の感染経路が経口感染か経皮感染がわからない!というときにはとにかく実験実験!医者が自ら田んぼを歩き回るなどもしており、かなりの体当たり研究。
結局予想と違って経皮感染だと判明したあともまだまだ問題山積み。まずどうやって体内に侵入するのかがわからない。
卵を孵化させてネズミとかを使ってみても何も起きず、中間宿主がいるのではという仮説に至る。
そして水場をひたすら調べて解剖して調べてを地道に繰り返してようやく見つけて… そこから更に感染させてみて貝の中で育った寄生虫が実験動物に侵入して病気を引き起こすことがわかってようやく判明!
うーん、牛歩。でも研究ってそんなもんだものなぁ。
そしてようやくミヤイリガイという中間宿主が見つかったところで、本はまだ半分。
残りは一体何が…
何がも何も当たり前なのだが、病気そのものの治療や、ミヤイリガイの根絶方法の実践が大変だった。
病気の治療には、体内の卵や寄生虫そのものを殺さなければいけないが、血液の中にいる卵や門脈にいる寄生虫をどうやって狙うかという問題。そしてここで愛猫を解剖した三神医師がまた登場して熱かった。
そして貝対策には生石灰を撒くというのがめちゃめちゃ効いて、実際病人も減り、貝の数も減ってきていたが、土地土地で対応や規模が異なるため、根絶には遠い、と。
それでも着々と進めながら時は進み、太平洋戦争、そして原爆が挟まる。挟まるという一言で終わらせられない規模の出来事だが、それでも対策は続けられていた。
そして大きな進展があったのが、なんとアメリカによる後押し。
どうもレイテ島での戦いで住血吸虫症に悩まされたらしく、それを根絶してないし重要だと感じていない日本けしからん!となったらしい。うーん、戦争も負の面だけではないとは…
コンクリートで川の溝渠を補強するのも良い対策らしく、貝が多いところがガンガンコンクリートになっていったらしい。
なんか自然派とかに嫌われがちなコンクリートはこういう利点もあったのか。
その後、時代が進み、革命的な治療薬が発明されたり、治水技術の発展があったり、家庭で合成洗剤が使われるようになって、川への排水が寄生虫を殺す効果もあったとか色々あり、ミヤイリガイが絶滅危惧種に指定されるほどになり、病人の数が年々減り、1996年にとうとう撲滅!
そう考えると、1998年にこの本が出たの、早すぎる… 別に著者が日本住血吸虫症の研究をしてたとか何かしら関わっていたとかではなく、1994年にフィラリアに関する本(これも読んでみたい)を出したあと、1996年に初めて知って調べ始めたとのこと。たった2年で100年の闘いをまとめて本にして… とんでもないな。
Posted by ブクログ
「Wikipedia3大文学」としても有名な「地方病(日本住血吸虫)」の治療に関わった医師の記録である。山梨県に発生していた病の解明と治療法を見つけるために、多くの人の努力と熱意があったかがわかる本である。
現在の日本で、寄生虫病とはほぼ無縁の生活をしている自分には到底理解し切れない恐怖、不安があっただろうと想像できる。現代の日本に生まれたありがたみを感じずにはいられなかった。
また、未知の病を研究するために、原因究明の方法や患者にどのようにアプローチするかも興味深かった。
Posted by ブクログ
この恐ろしい小さな貝の根絶に、こんなにも時間と労力をかけていたとは知らなかった。医療関係者や学者、行政機関、住民が一体となって成し遂げた功績は尊くて素晴らしかった。
今、不安なく田圃や池に手足を入れられることに感謝したい。
Posted by ブクログ
山梨、広島、佐賀のある地域のみで古くから恐れられてきた謎の死の病。その原因究明から治療法の確立、撲滅までの一世紀余に亘る人々の苦闘の歴史。
……濃厚なドキュメンタリーを一気見した読後感。
元々書店で『羆嵐』『八甲田山死の彷徨』と並べられ“Wikipedia3大文学”として紹介されていたのを手に取ったもの。かつ日本住血吸虫症は小学生の頃児童向けの科学?の本に載っていた(死の床にある患者の挿し絵がトラウマ)ので、ミヤイリガイという名称と共に覚えていた、ということもある。
ま、『羆嵐』も『八甲田山死の彷徨』も実際の悲惨な事件を小説化したものであり、作品の大部分は恐怖と絶望の色が濃厚なのに対して、本書はあくまでもノンフィクションであって、かつ死の病の悲惨さよりも、それらに必死に立ち向かった医師や研究者らの姿にフィーチャーした―という点でも前二書とは全く異なる味わい。
日本住血吸虫症は現在、日本国内では撲滅した―とのことであり、寄生虫症や風土病という言葉自体過去のものとして忘れられつつある。人(特にその地域)にとっては負の歴史なのかもしれないが、それでも風化させてはならない記録であり記憶なのだと思う。
これは蛇足。
山梨県が果物王国、国内屈指のワインの産地となったのは、この病気が一つのきっかけ、というやや捻くれた見方もできなくもないわけで、なるほどなぁと言うか。