あらすじ
男はなぜ少女を拉致したのか?9年2か月にわたる監禁の全貌とその後の新事実を明かす衝撃のノンフィクション。新潟地裁から最高裁まで取材し続けた著者が、事件の経緯と男の心理を丹念に追い、監禁事件の真実を炙りだす。文庫化にあたり再取材を重ねて、大幅加筆。 《解説・大谷昭宏》
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丹念な取材と、細やかな筆致で事件を負ったノンフィクション。犯人の姿、そして警察の姿勢や裁判の状況まで、もやっとしたものが消えない。とことん犯人を守ろうとする弁護士とか。被害者が身内だったらどうするんだろうと、すごく残酷に見えてくる。しかも支払い能力のない犯人の弁護人の報酬まで、税金が使われてたなんて!もう犯人は出てきてる頃でしょう。なんだかなぁ。被害者さんはそっとしておいて、ただ幸せであることを祈るだけです。
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新潟少女監禁事件
密室の3364日
著者:松田美智子
発行:2009年2月28日
朝日文庫
初出:
「カプセル 新潟少女監禁事件 密室の3364日」(主婦と生活社、2002年)
→最高裁確定判決まで加筆して本書
この事件が発覚した際、小学生から大人になるまで、10年近くも寝室のベッドの上だけで生きてきた人が居る、犯人はどんなやつなんだ、同居していて全く気づかなかった母親もきっと大嘘つきなんだろう、って感じた。多くの人もそう感じたのではないだろうか。昭和の終わりに起きた女子大生コンクリート詰め殺人事件でも、うっすらと母親は気づいていたというから、10年間も一緒に暮らしていてそれはないだろう、と。そして、その後の報道が薄かった印象。被害者はどうなったんだろう、犯人はどんな刑に処されたのだろう、ほとんど知らなかった。なにより、10年近くなにがあったのだろう、と。
どうやら、被害者の心の回復を考えて、取材はもちろん、事情聴取も控えめにし、治療でも控えたらしい。思い出すことにより、二次被害となってしまうことを避けたようである。従って、本書でもどんな暮らしを強いられていたのかは殆ど書かれていない。本全体としても、自ら色々な人に取材を重ねて判明したことを書いているというタイプのものではなく、多くが単なる後半記録となっている。著者は団塊の世代に属するベテラン作家で、松田優作の最初の妻だったそうであり、松田優作に関する本も出しているようである。
事件が起きたまちへ行く、まずは天候やらそのまちの様子というか空気の描写やらから始まる。あまり腕のよくないノンフィクション作家の古い常套手段からスタート。とにかく無駄が多い文章で、公判の傍聴に行った時に、誰それと昼食でなになにを食べた、というような本題とはまるで関係ない話を毎回入れたりも。それでも我慢して読む。中身は純粋な公判記録に近いから読みやすかった。
本文314ページのうち、事件発覚までが55ページ。後半記録のうち、217ページまでが一審、判決に至るまでが綴られている。残り100ページほどは、二審、三審における後半記録だが、二審三審では、併合罪の適用に関する法律論争が行われただけだった。求刑15年に対して判決は懲役14年、未決勾留期間350日を算入し、実質13年という判決になった。9年2ヶ月もの長期の人生を少女から奪いながら、たった13年で出てこられることに。
検察は、まず逮捕監禁致傷罪で起訴し、その後、スーパーでキャミソールを盗んだ窃盗罪で追起訴している。当時の刑法で前者は最長で懲役10年だったため、併合罪を適用してその1.5倍である15年にするために行われた。それに対し、被告は控訴した。本人の心神状態を考慮すべきという点と、併合罪の適用に誤りがあるという理由。
高裁における判決では、心神状態なら責任能力があると判断したものの、併合罪の適用には問題があるとし、なんと懲役11年(未決勾留を差し引くと10年ほど)に減刑された。一審判決を破棄、あらたな判決であり、情状酌量ではない、とした。理由は、キャミソールの盗難はあわせて2千数百円であり、高額ではなく、その後に弁償もしている。窃盗罪は常習者で3年ぐらいの懲役なので、この場合、それは考えられない。併合罪は、確かに最長の懲役の1.5倍にできるから、逮捕監禁致傷罪10年の1.5倍で15年となるが、その場合でも、量定にあたっては、逮捕監禁致傷罪9年、窃盗罪7年として、結論で懲役15年とはできるが、逮捕監禁致傷罪14年、窃盗罪2年として15年とはできない、とした。
9年2月の犯行に対して、11年という懲役が短すぎると言うならば、刑法を改正するしかない、とも付け加えた。その後、刑法は改正されてそれぞれ刑期は5年ずつのびている。
あまりに軽い印象を与えた判決であり、上訴は検察側も行った(弁護側も)。最高裁の判決は、二審の判決の破棄、一審判決をイキとした。とはいえ、すでに3年近くたっていて、残りの刑期は10年ちょっと。被害者側にしたら、あまりに軽い印象は否めない。
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事件発覚の日、新潟県警の小林本部長は、特別観察の為に新潟入りしていた中田好昭関東管区警察局長を接待するため、三川村のホテルへ向かう途中で刑事部長から報告を受けた。ところが、警察局長との接待麻雀を優先させ、ホテルに宿泊、会食、飲酒。翌日も白鳥見物に。結局、依願退職、退職金受取も返上した。
被害者の食事は、最初(逮捕監禁は平成元年6月~)は1日1回、重箱に詰められた弁当。のり、卵焼き、天麩羅、レタスなどでお腹をすかすことはなかった。平成8年ごろから「お金がない」と、コンビニの弁当1個だけになり、貧血で倒れ、生理も止まった。
犯人は母親に対してもスタンガンを使った。供述では、テレビを見ていて、母が居眠りしたりするので、目を覚まさせるため、とのこと。
犯人は「罅割れる(ひびわれる)」「魘される(うなされる)」など、難解な漢字を使っている。辞書を読み続けていて、覚えていたと思われる。精神科医の分析では、強迫性障害の患者は、文字もまた強迫観念と結びついていて、不快なものを文字と結びつけ、自分なりに処理しているというか、文字の中に閉じこめてしまう、とのことだった。罅割れるというのは、彼にとって自分の形式が乱されることであり、かなり不快なことだが、それを漢字にすることで不快感を軽減している、とのこと。
被害者は、頻繁に暴力を受けた。痛いと声を上げると、母親に存在がバレるため顔が変形するほど殴られる。スタンガンを当てられて我慢ができない時には、自らの腕をかんで声を上げないようにし、耐えた。殴られているのは自分ではないと第三者的に考え、肉体から自分の心だけを抜け出させる解離性の障害まで出ていた。
一審の公判は、毎回、傍聴希望者が多く、大勢のアルバイトに並ばせる必要があり、それでも抽選に外れることがあった。二審の最初の公判日は、オウム事件の公判でも使われたキャパの広い法廷が使われ、67席があり、抽選なしだった。それにしても新潟地裁での騒ぎに比べて余りに関心が薄れていることに拍子抜けする思いだった。
#新潟少女監禁事件
#密室の3364日
#松田美智子
Posted by ブクログ
発覚当時、大きな衝撃をもって世間の耳目を集めた事件。確かその後、警察の捜査に問題があったことも判明したのではなかったか。
ニュース等でなんとなくは知っていたが、本書を読み、被害者が受けたあまりに凄惨な仕打ちの数々には涙を禁じえず、無残に奪われた貴重な貴重な9年間を思って心底胸が痛んだ。彼女が耐え続けた地獄のような日々を知ったご両親の心痛がいかばかりだったかと想像し、そしてなお、自分を保ち命をつないでいた被害者の類い稀なる精神力の強さと聡明さに、深く感銘を受けた。
加害者は、自己愛性人格障害と強迫性障害という診断を受け、出所して2017年に病死しているという話だ。
現在は40代半ばと思われる彼女が今、幸せな人生を送っていることを心から願ってやまない。
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本の大部分を占めるのが裁判の記録で、とても大事なのは分かりますが、もっと加害者の異常性にフォーカスし、作者自身の見解が読みたかったと思いました。
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桐野 夏生著 『残虐記』はこの事件を参考にした作品である。犯人の設定、周辺などには違いがあるが、とらわれている少女の精神状態などについては詳しく描写がある。一方、こちらの本については事実を克明に調べ上げることでいっそうの恐怖を読者に見せてくれる。事実は小説よりもむごたらしいのだということである。
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ノンフィンクションというより、裁判傍聴記という感じ。独自に取材した内容や、報道のまとめなどもないので、物足りないが、事件の概要や裁判の争点などは分かりやすい。
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ある女流作家が書いたこの事件をモチーフにした小説を読んだので、ドキュメンタリーも読んでみた。犯人が二度目の犯行であったこと、警察の操作の不手際があったことは知らなかった。身の毛もよだつひどい犯罪だ。そういえば最近も小学生の女児が鞄に詰められ監禁されたという事件があった。監視社会はいやだけれど、他人への関心が皆無というのも怖い。
Posted by ブクログ
9年2ヶ月15日。
9歳から19歳までの長い期間、監禁されていた少女。
その犯人S被告の裁判記録。
裁判で最終判決が下るまで3年を費やした。
第一審での判決は懲役14年。
S被告、弁護側が控訴し、第二審判決は懲役11年。
その後、上告し、最終判決は懲役14年となった。
S被告の裁判での答え方や、態度や表情には、読んでいる方にまで不快感が込み上げてきた。
殺害までに至らなかったこと、ストックホルム症候群になっていないことが、せめてもの救いだったのでは。
にしても、日本の法律には歯痒さを感じずにはいられなかった。
平成24年現在、30歳前半の被害者であった少女が、幸せに暮らしていることを、ただただ願うのみです。