あらすじ
古代ローマの詩人オウィディウス(前43-後17/18年)が残した唯一の叙事詩、待望されて久しい文庫版での新訳!
内乱が続いた紀元前1世紀の古代ローマは、その一方で「黄金時代」と呼ばれる詩や文学の最盛期でもあった。その初期を代表する詩人がウェルギリウス(前70-前19年)なら、後期を代表するのがオウィディウスであり、そのオウィディウスの代表作が本書『変身物語』にほかならない。
愛する男女の往復書簡という体裁をとる『名高き女たちの手紙』、恋愛詩人としての本領を発揮した『恋の歌』といった初期作品で知られるオウィディウスは、愛を成就させるための技法を性的なものまで含めて赤裸々に指南する『愛の技術』を書いたことが一因となって、のちに流刑の憂き目に遭った。このあと後期の円熟を遂げるオウィディウスが、ローマの祝日や祭礼の縁起を説く『祭暦』(未完)とともに着手したのが、本書『変身物語』である。
ウェルギリウスの『アエネイス』と並んでローマ文学における最高峰をなす本書は、オウィディウスが手がけた唯一の叙事詩であり、全15巻から成る大作となっている。その背景にあるのは「万物は流転する。すべての形あるものは生成しつつ、移ろう」(本書第15巻178行)と表現される世界観、宇宙観であり、事実、本書は原初の混沌から秩序としての世界の創造を歌う「序詞」から始まり、「金・銀・銅・鉄」の四時代、イアソンやテセウス、ヘラクレス、オルペウスといった英雄たちの時代、そしてトロイア戦争を経て初期の王の時代に至る壮大な世界史を描き出す。
その質においても量においても他を圧倒する本書が後世に与えた影響ははかりしれない。その代表が、シェイクスピアやミルトン、モンテーニュであり、ルーベンスやブリューゲル、ダリである。にもかかわらず、文庫版で手にできる現代にふさわしい日本語訳は長らく存在していなかった。数々の名訳で知られる訳者が自身のライフワークとして手がけたこの新訳は、今後のスタンダードとして長く読み継がれていくことを確信するものである。
「上」には第1巻から第8巻を収録。上下巻それぞれに「人名・神名索引」と「地名・民族名索引」を掲載した。
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Posted by ブクログ
面白い。「変身譚」を中心にギリシアやローマに伝わる神話・物語を次々と語っていく内容なのだが、血縁や登場人物などをたどるようにしてシームレスに次の話へと話題が移っていくという高度な語り方をしている。それのみならず、恋愛に燃える乙女の心境から血なまぐさい戦闘、人の体が獣に変身していく様まで臨場感たっぷりに語っていく表現力があって目が離せなくなる。こんな本が2000年も前に書かれていたと思うと途方もない気持ちになってしまう。人物名がとにかく多くて、全然覚えられないけど…。
ナルキッソスやイカロスなど超有名どころの話からこの本にしか典拠がない話までとにかくたくさんの話があるが、神々、特にユピテル(ゼウス)とユノー(ヘラ)夫妻があまりに自分勝手で傲慢なことに驚く。ユピテルが逃げ惑う娘を無理やりレイプして、さらにユノーがそれに嫉妬して娘や親族まで悲惨な目に合わせる、みたいな話が多すぎる。
でもやはりこういう神話は、神様というか超自然的な存在に世界や運命の理不尽さ・残酷さを託してストーリー状にし、何とか飲み込もうとする人間の営みなんだろうかとも思える。神には神なりの物事の帰結というものがあるが、それは人間の論理とは相いれないというのが肝心なところなのだろう。切なくとも、そこには想像力とユーモアがあふれていて美しい。
鳥や動物、昆虫たちは、悲劇の果てに変身させられた人間なのかもしれないという数々の物語。そんな発想も、人間には理解できない生き物たちを人間の側へ引き寄せる試みであるのだろうか。それがこんなにもたくさんのバリエーションを持っているのがすごい。ギリシアの文化的な豊かさを存分に感じられた。