あらすじ
集団への帰属の欲求とは何を意味するのか。この欲求が他者に対する恐怖や殺戮へとつながってしまうのはなぜなのか――。グローバル化の進展は、さまざまな文化の保持者たちの基盤を揺るがし、時に偏狭で排他的な帰属意識を生み出してしまう。複数の国と言語、そして文化伝統の境界で生きてきた著者は、本書のなかで新しい時代にふさわしいアイデンティティのあり方を模索する。鍵となるのは、「言語」だ。言語を自由に使う権利を守ること、言語の多様性を強固にし、生活習慣のなかに定着させること、そこに世界の調和への可能性を見る。刊行後、大きな反響を呼んだ名エッセイ、ついに邦訳。文庫オリジナル。
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Posted by ブクログ
国籍や宗教などをはじめ様々なアイデンティティを人は持っているが、アイデンティティが侵されたと感じるときに過剰な防衛反応を引き起こし、時に殺人に行き着き、それを正当化するまでになる、という問題提起がまずある。だがアイデンティティは必要なものでもある。多様なアイデンティティを持つことによって紛争から距離を置くこと、グローバル化・西洋化の功罪、グローバル化の中でどのように少数民族・言語・宗教などのアイデンティティを守っていくか…などの議論が続く。
これを1998年に書いているというのは本当にすごいと思うが、現在は状況がぐるぐる巡って変わってしまったというか、移民問題からの右派政権が増えたりという状況になり、西洋化・グローバル化が滞りなく進んでいくという状況でもないのかな?と思ったりする。
ウクライナやガザ、中国を見ていると、西洋的人権や民主主義は絶対に尊重されるべき価値観であり、それは世界共通の認識であるはず、という著者の持つ認識もどこか虚しく見えてしまう。みんなが言語を3つ持とう、という提言には、世界平和のために勉学に励む時間と環境が保証されている恵まれた人間たちしか見えてないのかな、といううすら寒い気持ちになったりもした。
予想もつかない時代の変化やリベラルっぽい視野の狭さはあるのだが、全体的なアイデンティティの作用の考察や特定の宗教集団が起こした事件について教義を非難することを否定したりするところは素晴らしく、今の時代でも通用していると感じる。今この時代の流れを著者はどう感じているのだろう?