あらすじ
昭和二〇年八月一五日正午という、予告された歴史的時刻を無視して、日本の汽車は時刻表通りに走っていたのである(本文より)。昭和八年、ハチ公がいた渋谷駅、一六年、「不急不要」の旅が禁じられた中学生の夏、そして二〇年八月、駅で聞いた玉音放送――歴史の節目はいつも鉄道とともにあった。関連エッセイ、北杜夫との対談を増補した完全版。
(目次より)
第1章 山手線――昭和8年
第2章 特急「燕」「富士」「櫻」――昭和9年
第3章 急行5列車下関行――昭和10年
第4章 不定期231列車横浜港行――昭和12年
第5章 急行701列車新潟行――昭和2年
第6章 御殿場線907列車――昭和4年
第7章 急行601列車信越本線経由大阪行――昭和16年
第8章 急行1列車稚内桟橋行――昭和17年
第9章 第1種急行1列車博多行――昭和19年
第10章 上越線701列車――昭和19年
第11章 809列車熱海行――昭和20年
第12章 上越線723列車―一昭和20年
第13章 米坂線109列車――昭和20年
増補(戦後篇)
はじめに
第14章 上越線708列車――昭和20年9月
第15章 弘前駅、一ノ関駅――昭和20年秋
第16章 熱海にて――昭和21年
第17章 松江へ――昭和22年8月
第18章 東北本線103列車――昭和23年4月
増補版・あとがき
巻末付録
古い時刻表を読む
自作再見『時刻表昭和史』
それぞれの汽車旅 北 杜夫/宮脇俊三
時刻表昭和史関連年譜
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
数ある宮脇俊三の著作の中でも間違いなくベストの部類に入る作品に思う。と同時に、筆者の中では異色の部類に入る作品でもある。
昭和前期、戦前から戦後混乱期にかけての筆者の鉄道の思い出を当時の筆者の周りの出来事と絡めて描く。
昭和後期の主として国鉄を題材とした紀行作品で名を上げた宮脇の作品群の中では珍しい題材なのは確かだ。(一番異色なのは殺意の風景だとは思うが)
この本を読む上では、そもそも宮脇は相当にいい家の坊ちゃんであるということを意識する必要がある。国会議員を務めた宮脇長吉の唯一残った男子で、渋谷に住み当時の東大を卒業している。そんな青年が、何を見て、感じながら成長していったか?というところが面白い。貴重な当時の世相を写す史料でもある。
いわゆる戦中のルポルタージュは悲惨なものが多いが、本書ではあまりそうしたものは感じさせず、むしろどこか長閑に思う描写すら存在する。
しかし、その背後には確実に死が存在する。学徒動員の噂や、卒業旅行の如き出陣を意識した中での遠出、山手線内でのまだ自分の家が焼けていないことの罪悪感など、忍び寄る破滅の匂いは濃厚だ。そしてそうした中で、内地で日常を過ごしていた人々の姿を本書では描いている。
全体として大変に面白いが、やはり終戦時のシーンは印象的。名文句の多い宮脇だが、「時は止っていたが汽車は走っていた」というこの一連の箇所を超えるものは無いように思う。宮脇自身、この先を書く気が失せてしまい元々はここで終わって出版されたことからも、終戦という出来事が当時の人々にどれだけ大きな出来事であったかを窺わせる。
正直なところここで終わっていた方が文学的には美しいと思うが、そこで終わらずきっちりと戦前の鉄道文化の本当の終戦は戦後混乱期にあった、と戦後混乱期までを書き上げたのが増補版(又は完全版)である。
史料として考えれば無論そちらの方がありがたい。ページ目一杯で文章が終わるところにまで気を配り、中公鬼の編集として知られた宮脇の几帳面さを感じさせるところだ。
Posted by ブクログ
本編が発売したのははるか昔だが、完全版として
・戦前・戦中に加えて、戦後を増補
・北杜夫との対談
と、鉄道の歴史を紐解く贅沢な文庫本だ。
著者は「鉄道無常(酒井 順子)」で初めて知った経緯があり、本作を読むこととなった。贅沢な子ども時代だから、知ることが出来た鉄道の状況だが、現代には本当に貴重な資料物である。
戦争前後の過酷な交通事情を知ることで、改めてのんびり電車旅ができる幸せをかみしめたい。
鉄道ファンがいる限り、絶版にはならないと思うが、著者作をこれからじっくりと拝読していく。
Posted by ブクログ
第二次大戦後70年を越え、その当時を生きた人々の生の声を聞く機会がいよいよ失われてきていますが、書籍であれば(多少の脚色は覚悟しつつも)それらに触れることができます。
この本の著者は大正の生まれ、戦前・戦中を学生として関東、そして疎開地の新潟で過ごし、山形で終戦の報を迎え、戦後は編集者、そして紀行作家として活躍された宮脇俊三さんです。
戦争関連の本といえばその悲惨さを伝えるためのものが多いですが、宮脇さんはひたすら電車に乗ること(時刻表を読むこと)に熱中しており、作中の東京大空襲の様子など臨場感にあふれながらも淡々と、そして時にはユーモアを交えながら語られるさまに悲壮感といったものはあまりありません。一方で、食料が不足していた日常など、当時の様子をまざまざと読者に知らしめる筆致は、さすが元編集者だと感じました。
戦争に巻き込まれる市井の人々の様子について、気負わずに知ることのできる良い本だと思います。ただし、鉄道に興味がないと読むのはしんどいかもしれません。