あらすじ
俺の背中を見て覚えろ……ではない
関係が紡ぐ16のライフストーリー。
若き弟子はいかにして職人の世界に飛び込み、
師匠はどのように“技術”と“伝統”を伝えたのか
【内容】
働き方が多様化している現在、「好きなことを極める」「会社員にはならずに生きる」という要素に魅力を感じて、「職人」という存在にいま改めて注目が集まっています。
また、職人の世界における「師弟関係」も、「親方の背中を見て覚えろ」から「背中も見せるが、口でも教える。理論も説いて教える」というように時代に即して変化してきているのです。
本書では、一子相伝でなく、血縁以外に門戸を開いている師匠と弟子の“リアル”な関係を、16組32名に取材し丹念に描き出していきます。
長年の作業で身に付けた確固たる思想や、引き継いでいくべき金言がそれぞれに存在し、日本美術や工芸に興味がある人はもちろん、「働くとは何か?」と考えている人にも訴えかける一冊となっています。
【本書で紹介している職人たち】
◆庭師
◆釜師
◆仏師
◆染織家
◆左官
◆刀匠
◆江戸切子職人
◆文化財修理装潢師
◆江戸小紋染職人
◆宮大工
◆江戸木版画彫師
◆洋傘職人
◆英国靴職人
◆硯職人
◆宮絵師
◆茅葺き職人
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Posted by ブクログ
師弟百景
~〝技〟をつないでいく職人という生き方~
著者:井上理津子
発行:2023年3月1日
辰巳出版
初出:
月刊誌「なごみ」(淡交社)
1~11:2020年1-6月号、2020年8-12月号
12、13:「GetNavi web」2022年3月、8月各公開
14書き下ろし
15、16:「GetNavi web」2023年1月、2月各公開
かなり話題になっている本。きっと売れていることだろう。16職種、その師弟を16組32人取材している。連載11組、追加取材5組。
庭師、釜師、仏師、染織家、左官、刀匠、江戸切子職人、文化財修理装潢(そうこう)師、江戸小紋染職人、宮大工、江戸木版画彫師、洋傘職人、英国靴職人、硯職人、宮絵師、茅葺き職人。
知らない職種もあった。宮絵師というのは初めて聞いたし、文化財修理装潢師というのもどんな仕事かは大体分かるが、正式名称はこういうのかと知った。装潢の「潢」は紙を染める意味のようだ。
職人の師弟関係というと、師匠が言葉でほとんど教えず、見て覚えろという態度で、最初は下働きばかりさせるイメージがあるが、この本を読むと、そういう人もいるが、最近の師匠は結構、最初から教えているようことが分かる。もちろん、そうでない人もいるが。あとがきにも、どちらかというと饒舌だったと書かれている。ただ、師匠の弟子時代は、昔ながらのそうした師匠が多かったようにも感じさせられた。
釜師や刀匠など、弟子は「無給」が当たり前という。弟子仕事が終わってから深夜までアルバイトをして生活費を稼いでいる。なかなか厳しいが、本人たちはそうは思っていないようだ。とくに工芸の世界は「芸術」でもあり(あるいはそれに近くもあり)、職業として最初から成り立つわけではないだろう。
例えば、刀匠についている弟子はまったくの無給で、コンビニのアルバイトで生計維持。一方、鍛冶には「炭切り三年、向こう槌(づち)五年、沸かし一生」といわれる厳しい修行が待っている。「積み沸かし」という鋼を熱する工程では、グツグツといういい音がするらしい。鋼に含まれる炭素などの不純物が熔けて流れ出る音。これに耳を澄ますのだという。非常に重要な工程だそうだ。一生が修行なのか・・・
そんな厳しい修行をこなしながら、弟子は5年で刀匠の資格試験(文化庁)に一発合格したという。この弟子が師匠を評し、師匠は形に対するセンスがずば抜けていると言う。叩くとき「ちょっとここ取ってみな」とアドバイスされ、そうるすとスッとした形に変わったり、全然違うものになったりするらしい。なんともカッコイイ話。読んでいるだけで惚れ惚れする。
江戸木版画彫師、つまり、今でも浮世絵が描かれ、彫り師が存在するというのも驚きだった。洋傘職人という仕事にも、やはり驚き。
この本、話題になっていて、売れているのも理解できる。素晴らしい。著者は各章、取材も構成もまことにきっちりしている。下調べも丁寧。まさに職人技。井上理津子さんに、弟子はいるのだろうか。次の師弟百景はそれが読みたい。