あらすじ
ジャーナリズムはこれから「社会の安全・安心」「原発」について、どう伝え、語りうるか? 話題の『私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版「核」論』著者による、渾身の論考。
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Posted by ブクログ
前回読んだ、内田樹さんの『街場のメディア論』に続いて、
今度は武田徹さんのメディア論を読んでみました。
本当は、原発のことが書かれた本だろうと思い購入したのです。
それが、読んでみると、しっかりとしたメディア論でした。
内田さんの本から連続したメディア論になりましたが、
それはそれ、「奇しくも」といった体であります。
僕はのめりこんで読むタイプなので、読んでいくうちに
内田さんのメディア論のことは忘れていきます。
きっと、武田さんと意見を異にするところはあったとは思いましたが、
全然気付きません。
よって、いい加減な、メディア論考になっているとすごく思うのですが、
まぁ、それはしょうがないと、自分で言ってしまいます。
印象的だったのは、知ることのリスクについてでした。
チェーンメールで拡散された、Rh-の血液型を求む、というものがあり、
それは本当のことだったのですが、そのメールの真偽を確かめる電話が
そのメールで指定された病院に殺到し、病院の事務が仕事にならなくなった。
「診療に支障が出ている。善意だとしても、これ以上の転送はやめてほしい」
と病院側はコメントを出したそうです。
なんでもかんでも、誰にでも知らせて良いわけでもない。
それはジャーナリズムも一緒かもしれない。
その一例として挙げられていましたし、
それがお門違いの例ではないだろうと、僕も理解しました。
しかしながら、本書は感想を書くにはちょっと難しいところがあります。
端的に、少ない言葉で表現すると、不足する事柄ばかりを扱っているからです。
そんな本書を紹介するには、帯にも書いてありましたが、
この文句が良いでしょう。
「3.11の後、どう語るのか?」
僕らはいろいろな悲劇やショックをプラスに変えて、進歩していくべきなんだと思います。
また、悲しいかな、そういう悲劇がないと、
ぐんと進歩できない集団的生き物なんだとも思っています。
うわべだけを見ず、福島第一原発事故であれば、福島に住む人たちを想うこと。
彼らが見まわれた風評被害などにも目を向けること。
そういうことが、ジャーナリストでなくても、
個々人のジャーナリズム性であって、そういう目を養うことが大事になるんだ、
というように読めました。
一般読者に向けられたというよりも、ジャーナリズムの道を目指す人に向けられた
本のように読ましたしたが、それでも十分に面白く勉強できる、視野の広がる本でした。
Posted by ブクログ
「私たちはこうして『原発大国』を選んだ 増補版『核』論」の作者によるメディア論。一言でまとめれば、ジャーナリストとは、「オメラスから歩み去る人々」でなくてはならない、という内容でした。
マスを扱うメディアは、桁違いのスケールメリットによって、グーグルを筆頭にするインターネットシステムが独占することになることが確実である今日、個人としての仕事が生き残る道が個別性にしかないこともまたかなり確からしいように僕にも思えます。小さいコミュニティ、顔の見える情報共有が新たなメディアになるのでしょう。ただ、2回読んだけど、なんというか、まだ熟成されきっていない香りがします。もう少し先があると思う。