あらすじ
「檀家ゼロ、葬式・法事は一切しない」――。大阪にある浄土宗・應典院は、これまでのお寺の常識をひっくり返す、革命的なコンセプトを持つ。モダンな外観、NPOによる運営、劇場を兼ねる本堂……、それは、閉鎖的な葬式仏教からの脱却をはかり、お寺本来が持つ力と信頼を取り戻すための試みだった。はたして今、社会から求められるお寺とは何か――。改革を担った僧侶自身がつづる、「寺院再生のシンボル」應典院の挑戦。
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Posted by ブクログ
宗教と遊び、宗教とアートという結びつき自体はそこまで新しいものでもないかもしれないが、そのことを能動的に現代の文脈で意識してやろうとするということは革新的だし、臭いものに蓋をするよりこういう方向性にカジ切ったほうが面白い
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著者自らの実践の記録。と同時に、その背後にある仏教観、お寺観がよく分かる。同種の「スーパー僧侶」の書いた著書に「寺よ、変われ」があるが、あちらは行動力がスゴすぎて、あまり参考にならないような気がした。こちらは、具体的内容はともかく、方向としては、多くの寺が真似できるものだと思うし、一般の人の共感も得やすいと思う。全部とは言わないにしても、全体の一割の寺がこうした「革新」に向かってくれれば、日本の仏教はよみがえるのではないだろうか。
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題名に期待した内容は第5章以下にあった.勿論、應典院での活動は素晴らしいが、第5-6章の内容は重要な点を多く含んでいる.葬儀社に駆り出された坊主のお経には何の意味もないことは、参列者のほとんどがわかっている.でも葬儀社に任すとそうなってしまう.自分らしいエンディングを企画するために宗教家の出番があるのだ.本書は「葬儀社は死の一点を扱うだけだが、仏教は生涯全体にわたって関与するものでなくてはならない」という重要な論点を示してくれている.
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「葬式仏教から脱却」「本来の仏教、寺の在り方とは?」など。
お寺を「場」として提供する様子などが描かれている。
仏教自体の話ではなく著者の新しい仏教の在り方に向けた活動など。
Posted by ブクログ
関係性としての仏教、そしてその場としての寺。
著者も言うように、仏教書ではなく應典院の代表として経験してきたことを綴っただけ。良くも悪くも仏教の必然性を感じられず、『お寺には、宗教はない。自分には、ただの風景にしか見えなかった』という一言が突き刺さる。
だが、應典院のやってきたこと自体は評価できるし、理解もしたい。
日常とは違う、ある種異質な場としての寺で、いかに人々の関係を導くのか、そのために僧侶は、仏教はどうあるべきなのか。