あらすじ
【「教養=ビジネスの役に立つ」が生む息苦しさの正体】
社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げろ――このような「教養論」がビジネスパーソンの間で広まっている。
その状況を一般企業に勤めながらライターとして活動する著者は「ファスト教養」と名付けた。
「教養」に刺激を取り込んで発信するYouTuber、「稼ぐが勝ち」と言い切る起業家、「スキルアップ」を説くカリスマ、「自己責任」を説く政治家、他人を簡単に「バカ」と分類する論客……2000年代以降にビジネスパーソンから支持されてきた言説を分析し、社会に広まる「息苦しさ」の正体を明らかにする。
【おもな内容】
第一章 ファスト教養とは?―「人生」ではなく「財布」を豊かにする
「ファスト教養」と「教養はビジネスの役に立つ」/「教養」と「金儲け」をつなぐ「出し抜く」
第二章 不安な時代のファスト教養
「脅し」としての教養論/読書代行サービスとしての「中田敦彦のYouTube大学」/世界のエリートのように「美意識」を鍛える必要はあるか/ファスト教養は「オウム」への対抗策になるか
第三章 自己責任論の台頭が教養を変えた
「ホリエモンリアルタイム世代」が支えるファスト教養/勝間和代は自分の話しかしない/教養×スキルアップ=NewsPicks/橋下徹と教養の微妙な関係/ひろゆきが受け入れられた必然/ファスト教養に欠落しているもの
第四章 「成長」を信仰するビジネスパーソン
インタビュー1 着々とキャリアアップする三〇代/インタビュー2 大企業で自問自答する二〇代
第五章 文化を侵食するファスト教養
「ファスト映画」と「ファスト教養」/ファスト教養視点で読み解く『花束みたいな恋をした』/AKB48と「ネオリベ」/利用される本田圭佑/「コスパとエンターテインメント」の先に何を見出すか
第六章 ファスト教養を解毒する
ファスト教養をのぞくとき、ファスト教養もまたこちらをのぞいているのだ/リベラルアーツとしての雑談、思考に必要なノイズ/「ジョブズ」を理解する受け皿になる
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Posted by ブクログ
・他人との比較や恐怖訴求に流されず、自分の興味関心や「好き」という気持ちを軸にすること
・ビジネス書にも上質なものや考えるきっかけになる本はたくさんあり、そういうものに触れるのもいい(私自身は読みたいと思わないけど)
現代にはびこる「ファスト教養」は教養と呼べるものではなく、コンテンツ自体というよりは言葉の使い方が曲がってしまっていることに気持ち悪さを感じる。
ファスト教養に関わる人々は、成長や金儲け、FIREを指向する割には「何のために?」という部分が非常に薄っぺらい。「10分で結論が得られる」コンテンツに何時間触れても、そもそも論を考える思考は生まれてこないように思う。
競争に勝つためには考えている暇はない、というところが自分の大学受験時代と重なった。もっと「何で勉強しないといけないの?」と考えてもよかったのではと思う。高校生活はたった3年間だが、社会人生活は長い(それはもう、終わりが見えないくらいに)。今度は「なぜ働かないといけないのか?」をよく考えて生きたい。
『教養のためのミイラ図鑑』という本があるのにはクスっと笑ってしまった。それだったらちょっと読んでみたいかも。
Posted by ブクログ
筆者は題名にもなっている「ファスト教養」を、現代のビジネスパーソンが陥りがちな、成功、お金につながるための情報として定義している。ビジネスの役に立つもの以外は無駄、とする現代の風潮に対して、そういった風潮が醸成されるに至った時代背景や主要なプレイヤーの発言を元に分析し、その問題点や解決策について論じている。
筆者が結論として述べている、現実に則しつつも、一見無駄なように見える、すなわちビジネスとは直接的に繋がらないようなインプットも行うことで、既存の枠組みから脱却しようとする姿勢は共感できる。誰もがイノベーターになれるわけではない世の中で、イノベーションを適切に評価をし、受け手としての役割を全うできる人物は、社会の発展のためには不可欠であると感じる。
Posted by ブクログ
そもそも自分にとっての成長は?自分はなぜ成長したいのかを問い直す。
自己啓発ではなく知識
ルーツとシーン
教養とは自分を自由にするもの
ファスト教養と古き教養、そのバランスが大切
Posted by ブクログ
ファスト教養の手軽さや、ビジネスのために全てを費やすことへの厳しい批判かと思いきや、前提を疑う力の大切さや、趣味や自身の興味関心、衝動を大切にして欲しいというメッセージ性が詰まった本だった。
確かに自分自身も教養系のYouTubeや、自己啓発に触れるけど、それを疑ったり、自分の考えというものに昇華していなかった。
今後もそういったコンテンツには触れると思うが、在り方を見直したい。