あらすじ
あるものを「美しい」「醜い」など評価するとき、私たちは何を考えているのか。評価を下す基準となる「センス」とは。こうしたことを考える学問が美学だ。本書は絵画や音楽ではなく、身近な食事からその扉を開く。「美味しい」「まずい」という評価は人それぞれ? レビューサイトの情報があると、純粋に食事を楽しめない?美食の感動は言葉にすべきじゃない? インスタントラーメンは芸術か? やさしくも奥深い美学入門。
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Posted by ブクログ
源河亨、
「美味しい」とは何か(2022)
食や料理が美学による考察の対象となり得ること、そして芸術と見なされうることを主張した本。身近な事象を対象に、いかに美学的アプローチをとるかという過程がわかりやすく示されている。
食の好みは人それぞれだし、やれここの料理はカクカクシカジカの理由で素晴らしいなどと知識をひけらかす人はうざったく感じる。しかし、料理に対する評価については、文化的相対性が成り立つことなども踏まえると狭い範囲の中では客観的な側面もあると言える。また、ある程度の知識を持って料理に対面したり、食べた料理について自身の言葉で語ることは、食に関する自らの経験に対する解像度を高めるために有意なものである。こうした主張からは、日常の哲学の議論のうれしさというものがよく分かる。筆者の議論は、ありがちな主張を一つ一つ否定することで自身の考えを正当化するというスタイルなので、読んでいて斬新なアイデアが得られるとかというわけではあまりないが、その分ちゃんと説得力のある議論になっていると思う。
特に興味深く感じたのは最後の章で、タイプ/トークンの区別を導入して料理が複数芸術であることを示すくだりであった(筆者は「反復可能な芸術」と表現していた)。ある料理を一つの作品として捉えた場合、その料理には無数の作品の事例があり得る。つまり、ある料理とその個々の事例のあいだにはタイプとトークンの例化関係が成り立っていると言える。タイプ/トークンの区別を録音音楽の再生の事例などに応用した文献はしばしば目にするが、食という身近な実践にもこうも自然な形で応用できるものかと驚いた。
総じて、日常世界の様々な対象が美学の射程になり得ること、そしてそうした哲学的な議論によって日常世界の解像度が上がることのうれしさ、という点が明確に示された本であると言える。美学について何も知らない人にとっては、入門書として非常に参考になる本である。