あらすじ
『雪国』を読んだ時「これだ」と思った。
私がしゃべりたい言葉はこれだ。
何か、何千年も探していたものを見つけた気がする。
自分の身体に合う言葉を。
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社会主義政権下のルーマニアに生まれたイリナ。
祖父母との村での暮らしは民話の世界そのもので、町では父母が労働者として暮らす。
川端康成『雪国』や中村勘三郎の歌舞伎などに魅せられ、留学生として来日。
いまは人類学者として、弘前に暮らす。
日々の暮らし、子どもの頃の出来事、映画の断片、詩、アート、人類学……。
時間や場所、記憶や夢を行ったり来たりしながらつづる自伝的なエッセイ。
《本書は、社会にうまく適応できない孤独な少女の記録であり、社会主義から資本主義へ移っていくルーマニアの家族三代にわたる現代史でもある》
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五歳の娘は寝る前にダンテ『神曲』の地獄の話を聞いてこう言った。
「でも、今は優しい地獄もある、好きなものを買えるし好きなものも食べられる」。
彼女が資本主義の皮肉を五歳という年齢で口にしたことにびっくりした。
——本文より
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【目次】
■生き物としての本 上
■生き物としての本 下
■人間の尊厳
■私の遺伝子の小さな物語 上
■私の遺伝子の小さな物語 下
■蛇苺
■家
■マザーツリー
■無関心ではない身体
■自転車に乗っていた女の子
■天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 上
■天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 下
■なんで日本に来たの?
■シーグラス
■ちあう、ちあう
■透明袋に入っていた金魚
■社会主義に奪われた暮らし
■トマトの汁が残した跡
■冬至
■リボンちゃんはじめて死んだ
■毎日の魚
■山菜の苦味
■優しい地獄 上
■優しい地獄 下
■パジャマでしかピカソは描けない
■紫式部
■あとがき
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Posted by ブクログ
生き物としての本 上
p6
ジプシーの乳を飲んだせいで、あなたはずっとその日から自由を探している、と。
p8
祖母の焼いたパンと郷土料理は、今はもうことの世にはなき味だ。
人間の尊厳
p31
もう一度いうが、社会主義とは、宗教とアートと尊厳を社会から抜き取ったとき、人間の身体がどうやって生きていくのか、という実験だったとしか思えない。
p32
ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を最後まで書き切れなかったことが残念だ。社会主義でもなく、資本主義でもない世界があるとすれば、そこはどんな世界だろう。人の身体が商品にならない日がきっとやってくる。
無関心ではない身体
p84
ベッドに入った娘は、「産んでくれてありがとう、大きくなったら私も自分のお腹から血を流してママを産むから大丈夫」と寝つきながら言った。
天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 上
p108
ひどく傷んでいる二人の身体は、私たちがチェルノブイリの子供だったからだ。
社会主義に奪われた暮らし
p153
森は誰でも入るところではなかった。森をよく知っている人しか入っていけない。それはジプシーたちだった。
優しい地獄 下
p209
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」。平家物語とレッド・ツェッペリン、仏教とキリスト教、人類の歴史と未来、全てはこの溶ける雪の結晶の美しさにあると思った。
死んでも何も変わらないのであれば、生きて世界を変えよう。
パジャマでしかピカソは描けない
p229
鶏以外、肉はあまり食べなかった。特にウサギと子牛を食べることはなかなかできなかった。仲間だったから。
思わず教養!と叫んでしまうくらい面白くて最高。
そもそもルーマニア人が日本語で書いたエッセイというだけで稀有(でもこれからもっと増えると思うし、増えた方が面白い)な存在。最初はジュンパラヒリみのある文章だなと思いながら読んでいくと、徐々に作者のバックグラウンド、宗教観、家族との話が出てきて興味深い。スピってる、と言うと揶揄しているように聞こえるかもだけど、夢の話しかり、そういった迷信深さは日本人とも親和性が高いのかも、と思った次第です。
シネマの存在。でも映画産業自体はかなりの資本主義体制(でも今映画館で観たい映画がないという言及は笑うし、青森ではミニシアターも多くはないのでしょう)なので、そこと線引きするための表現のようにも。
Posted by ブクログ
想起力というのかなあ。イメージがしゅるしゅるとつながって出てくる。それがとてもすてき。おっかないのも多いけど。こういう日本語がかける人はかなり少なくなっている気がする。赤毛のアンをふっと思い出させるものがあるこの想起力。その健康さも含めて。