【感想・ネタバレ】優しい地獄のレビュー

あらすじ

『雪国』を読んだ時「これだ」と思った。
私がしゃべりたい言葉はこれだ。
何か、何千年も探していたものを見つけた気がする。
自分の身体に合う言葉を。

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社会主義政権下のルーマニアに生まれたイリナ。
祖父母との村での暮らしは民話の世界そのもので、町では父母が労働者として暮らす。

川端康成『雪国』や中村勘三郎の歌舞伎などに魅せられ、留学生として来日。
いまは人類学者として、弘前に暮らす。

日々の暮らし、子どもの頃の出来事、映画の断片、詩、アート、人類学……。
時間や場所、記憶や夢を行ったり来たりしながらつづる自伝的なエッセイ。


《本書は、社会にうまく適応できない孤独な少女の記録であり、社会主義から資本主義へ移っていくルーマニアの家族三代にわたる現代史でもある》

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五歳の娘は寝る前にダンテ『神曲』の地獄の話を聞いてこう言った。
「でも、今は優しい地獄もある、好きなものを買えるし好きなものも食べられる」。
彼女が資本主義の皮肉を五歳という年齢で口にしたことにびっくりした。
——本文より

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【目次】
■生き物としての本 上
■生き物としての本 下
■人間の尊厳
■私の遺伝子の小さな物語 上
■私の遺伝子の小さな物語 下
■蛇苺
■家
■マザーツリー
■無関心ではない身体
■自転車に乗っていた女の子
■天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 上
■天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 下
■なんで日本に来たの?
■シーグラス
■ちあう、ちあう
■透明袋に入っていた金魚
■社会主義に奪われた暮らし
■トマトの汁が残した跡
■冬至
■リボンちゃんはじめて死んだ
■毎日の魚
■山菜の苦味
■優しい地獄 上
■優しい地獄 下
■パジャマでしかピカソは描けない
■紫式部

■あとがき

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ

まだ見ぬ世界。知らない場所。知らない環境。行けない時代。戻れない時間。知り得ぬ人々の日々の営みと、日々の地獄から逃げ出したいという想い。けれども逃げた先にあるまた違った地獄があるという現実。のびのびと自然と共に生きた小さき頃の鮮やかな思い出。青春期のセピア色のような、灰色のような時代。絶望を知り、希望を見つけた瞬間。生きていくこと。死んでいくこと。諦めたい気持ちで死を選ぶこと。けれども、死んでも何にも変わりはしないのならば。生きて世界を変えよう。ルーマニアには行ったこともルーツもない自分だが、この本を読んで私はタイムスリップして透明人間になってイリナさんの生きた時間を一緒になって駆け抜けたような気がした。

0
2025年11月30日

Posted by ブクログ

社会主義政権下のルーマニアで翻弄された、人類学者の自伝的エッセイ。彼女の傷を淡々と開いて見せ、夢も現実の一つとして取り入れる彼女の語りは透明で柔らかく、そして強い。
現代の『優しい地獄』に身を置き、私たちはどう生きるか。

0
2025年09月16日

Posted by ブクログ

エスノグラフィー。初めて知った。
ルーマニアに生まれた著者が、日本に留学し、最終的には住むことになった。そして、日本語で書いたエッセイ。

エッセイではあるが、詩的で映画的であり、不思議な世界に連れて行ってくれる。言葉でこの世界を伝えるのは至難の業ではないかとも思う。

世界と自分が溶けているような感覚を疑似体験させてもらった。

新しく味わった読後感である。

0
2025年08月25日

Posted by ブクログ

独裁時代・社会主義時代・資本主義時代という激動をルーマニアで経験した著者が、鋭い感性で自分や周囲について描いたエッセイ。非常に感受性が豊かで、詩のような表現も多い。

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2024年08月04日

Posted by ブクログ

トンネルを抜けると、そこは…ルーマニアであり青森であり、過去と現在、夢と記憶だった。暗闇を通って行き来する時間や痛みや喪失の旅。静かで温かく湿った霧の向こうに、朧げに儚く寄る辺なく漂う残像。まさにタルコフスキー映画のよう。

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2023年03月18日

Posted by ブクログ

『「私が死んでも何も変わらない」。死んでも何も変わらないのであれば、生きて世界を変えよう。』
ー「優しい地獄 下」より

こんなにも要約が書けない、こんなにも痛切で、一言で感想を表せない本はなかなか無い。
著者の紡ぐ言葉の一言一言を、全て余さず噛みしめたい。忘れたくない。この本を、著者を抱きしめたい。そう願わされる本。
でも悲しいかな一言一句逃さず覚えていることは困難で。それが心の底からもったいないと思う。

イリナさんの夢と現実と過去と現在を行き来する、目まぐるしいような夢の中を…それこそ生暖かい優しい地獄を彷徨いつづけているような心地で読む。
彼女の感受性の豊かさには驚くばかり。痛みも喜びも苦しみも優しさも、こちらが初めて出会うような表現で綴る。
イリナさんの文章を読んでいると、発見と感情の渦の中で、目の前がパチパチと光る。

今は無き、幸せの象徴のような幼少期を過ごした牧歌的な祖父母の家、儀式的行為、父母のこと、父のアルコール依存症とDVのこと、でも娘たちにとって良いお祖父ちゃんで居てくれることによって生まれる許しの感情、チャウシェスク政権、社会主義の国で生きるということ、チェルノブイリの子供であること、読書、映画、カメラ、ダンス、女の子であることの苦しみと無力感、孤独、ジプシーへの憧れ、世界の広さを感じた瞬間、川端康成の「雪国」や紫式部の「源氏物語」から受けた多大な影響と、「私の免疫を高めるための」日本語、彼女の娘たち……

全てが読みながら、体内に降り注いでいく。
読みやすい文章のはずなのに、消化に時間がかかってなかなか読み終わらなかった。
彼女の過去を読むと苦しくなる。
でもイリナさんの娘たちとのやり取りや、娘たちの発言や行動からイリナさんが得た気づきは、あたたかい。

イリナさんは高校生の時家出を考えた。でも何かを察したイリナさんの弟が、自身のクラスメイトが父親の暴力から逃れるため家を出たが、「結局のところ西ヨーロッパのどこかで売春ネットワークに捕まって身売りされ、そこからやっと逃げて恥を忍んで家に戻ったという」話を聞かせ、イリナさんは家出を諦めた。
大学の時ブカレストで、人身売買された若いルーマニア女性の写真展を見に行った。
イリナさんは「彼女らのイメージはどこかイコンのようだった」と思った。
そう感じたイリナさんの気持ちを、売買された彼女たちのことを思う。
「彼女らも十四歳の私のように、ただ逃げたかった。暴力から、貧困から、全てから。そして逃げた先には違う地獄が待っていた。」
どこまでも地獄が続く事実に頭がパンクしそうになる。この世が地獄という、どこかで聞いた言葉が頭の中でこだまする。
けれどイリナさんは写真に残された彼女たちを見ながら、自分は恵まれている方だとわかったと言い、
「だから私は博士課程まで上がりたいと決心した。そして世の中を変える。どんなに大変でも、どんなに苦しくても、単純なことだけどみんなやればいいだけの話、自分のできる範囲で。」
そう心に誓う。
何度もこの文章を目で追った。
みんなやればいいだけの話、自分のできる範囲で。
心の中で唱えてみる。
苦しい時に、理不尽に心を痛めどうすればいいか分からなくなった時に、きっと指針になってくれる、この言葉は。そう感じた。
他にも印象的なエピソードは、たくさん、たくさんあったけど、一番胸に迫った、一番イリナさんの力強さを感じたこのエピソードを紹介させていただいた。
私にとっても、とてもとても大事なことのような気がして。
世の中を変える、みんなやればいいだけの話、自分のできる範囲で。そう胸に刻む。



以下備忘録がてら目次を載せる。
サブタイトルも、どれも素敵だ。

目次

生き物としての本 上
生き物としての本 下
人間の尊厳
私の遺伝子の小さな物語 上
私の遺伝子の小さな物語 下
蛇苺

マザーツリー
無関心ではない身体
自転車に乗っていた女の子
天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 上
天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 下
なんで日本に来たの?
シーグラス
ちあう、ちあう
透明袋に入っていた金魚
社会主義に奪われた暮らし
トマトの汁が残した跡
冬至
リボンちゃんはじめて死んだ
毎日の魚
山菜の苦み
優しい地獄 上
優しい地獄 下
パジャマでしかピカソは描けない
紫式部
あとがき

0
2023年03月14日

Posted by ブクログ

どこかのレビューでおとぎ話みたいとあったが、本当にそう。
エッセイで、時間軸行ったり来たり、映画からの引用、著者の夢の話、感じたこと、、
大変な辛い話もあるけど、家族との交流、温かな眼差し、強い意志を感じて、おとぎ話に迷い込んだような不思議な感覚。

繊細すぎる感受性、体と心があると辛いけど、でもこんなに人生を意味深くできるのか...

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2023年01月03日

Posted by ブクログ

ルーマニアに生まれ、弘前に暮らし、書いて、研究する著者の過去と現在を行き来するエッセイ。26編が並ぶが、著者の感性を通した日々とその思いの描写が大きな一編の抒情詩のようでもあるし、また故郷の思い出や歴史、社会を克明に記した叙事詩のようでもある。
著者の見た夢の話が何度も出てくることもあり、夢と現実のあわいをたゆたうような浮遊感に身を任せていると、ところどころに散りばめられた力強い言葉に覚醒させられたりもする。要するに多面的な作品なのだ。
「自分がこうなったのは本当の自分を受け止めたからだ。もう、無理はしないと決めた。隠すのはもういやだ。今の自分がそのままの自分だ。」(p.189)
「どんな状況でも生き続けることを決心した。そしてたくさん笑うと決めた。最後の最後まで笑うと決めた。」(p.215)
「私は博士課程まで上がりたいと決心した。そして世の中の何かを変える。どんなに大変でも、どんなに苦しくても、単純なことだけどみんなやればいいだけの話。自分のできる範囲で。」(p.217)
著者の「決めた」事柄を私も声に出して読んでみる。著者が過酷だった半生から声を絞り出して言った言葉の重みを、私には出せるはずもないけれど、それなりにしんどかったこの人生をこれからも生きるため、背中を押してもらっているように感じる。

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2025年08月28日

Posted by ブクログ

この本を最初は翻訳エッセイだと思っていて、最初から日本語で書かれたエッセイだと知ったときには驚いた覚えがある。私も田舎の漁師町で生まれ育った身ではあるけど、そんな生い立ちとイリナさんのそれとでは凄まじく違いすぎる。こんな生き方、こんなものの感じ方があるのかと思った。スピリチュアルという言葉はもはやいろんなニュアンスを含むのであまり使いたくはないけれど、スピリチュアルとはもしかしたらこういうものかもしれない。人間も動物も草木も花も自然も全てが渾然一体となって、有機的にその人を作る。過去と現実を行ったりきたりしながら進むエッセイは、どこかさみしくて、そのさみしさが強烈に胸に残る。薔薇の赤、紫式部の紫、鮮やかな色が脳裏に焼き付く。青森で降り積もる真っ白な雪のイメージとそれらの色とが私の中で混じりあっていった。

0
2025年07月20日

Posted by ブクログ

もっと年上かと思ったら、著者が80年代の生まれで驚く。森や農村で暮らした御伽話のような幼年期、社会主義の影響下の暗さとチェルノブイリ事故による体調不良や生命の不安を抱えた青春時代。すべて、遠い時代の出来事みたいにおもえた。わたしの人生と同じ時間に起きていた出来事、他の人生たち。知ることができてよかったと思えた。

0
2025年06月29日

Posted by ブクログ

ネタバレ

生き物としての本 上
p6
ジプシーの乳を飲んだせいで、あなたはずっとその日から自由を探している、と。

p8
祖母の焼いたパンと郷土料理は、今はもうことの世にはなき味だ。

人間の尊厳
p31
 もう一度いうが、社会主義とは、宗教とアートと尊厳を社会から抜き取ったとき、人間の身体がどうやって生きていくのか、という実験だったとしか思えない。

p32
 ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』を最後まで書き切れなかったことが残念だ。社会主義でもなく、資本主義でもない世界があるとすれば、そこはどんな世界だろう。人の身体が商品にならない日がきっとやってくる。

無関心ではない身体
p84
ベッドに入った娘は、「産んでくれてありがとう、大きくなったら私も自分のお腹から血を流してママを産むから大丈夫」と寝つきながら言った。

天道虫の赤ちゃんは天道を見ることができなかった 上
p108
ひどく傷んでいる二人の身体は、私たちがチェルノブイリの子供だったからだ。

社会主義に奪われた暮らし
p153
森は誰でも入るところではなかった。森をよく知っている人しか入っていけない。それはジプシーたちだった。

優しい地獄 下
p209
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」。平家物語とレッド・ツェッペリン、仏教とキリスト教、人類の歴史と未来、全てはこの溶ける雪の結晶の美しさにあると思った。

死んでも何も変わらないのであれば、生きて世界を変えよう。

パジャマでしかピカソは描けない
p229
鶏以外、肉はあまり食べなかった。特にウサギと子牛を食べることはなかなかできなかった。仲間だったから。



思わず教養!と叫んでしまうくらい面白くて最高。
そもそもルーマニア人が日本語で書いたエッセイというだけで稀有(でもこれからもっと増えると思うし、増えた方が面白い)な存在。最初はジュンパラヒリみのある文章だなと思いながら読んでいくと、徐々に作者のバックグラウンド、宗教観、家族との話が出てきて興味深い。スピってる、と言うと揶揄しているように聞こえるかもだけど、夢の話しかり、そういった迷信深さは日本人とも親和性が高いのかも、と思った次第です。
シネマの存在。でも映画産業自体はかなりの資本主義体制(でも今映画館で観たい映画がないという言及は笑うし、青森ではミニシアターも多くはないのでしょう)なので、そこと線引きするための表現のようにも。

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2024年10月23日

Posted by ブクログ

若い頃読んだ川端康成の『雪国』をきっかけに日本に移住したルーマニア人の人類学者によるエッセイ
社会主義も資本主義も、およそ人間の作ってきたものはなんと不完全で地獄なのだろうか
しかし地獄だからこそ、ひとはそこに文化を作るのかもしれない

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2024年08月11日

Posted by ブクログ

CDジャケ買いならぬ、本の題名借り。

革命前後のルーマニア。
チェルノブイリ原発事故被曝。
エッセイ全体が薄鼠色。
死と共に送る生の日々 みたいな。

「映画と宗教と夢がちと多い。全て著者を表すアトリビュートではあるもののこれってどこが本筋?七夕の短冊は綺麗だよ。だけどそれだけでは。肝心の笹はどこにあんのよ」

ちょっと読者(というか私)置いてけぼりな感じ、柔道の技のかけ逃げか偽装的攻撃みたいだな
と、とまどいながらおどおど読んでたけど、ページが進むにつれて読み方が分かってきたというか、馴染んだ。

表題は収められた短編エッセイのひとつでしかないけど、本全体、彼女から見た世界全体とのダブルタイトルにもなっていると感じる。

著者が子供の頃から現在に至るまで、様々な場面で様々な属性を理由として経験してきた地獄。優しいというのとは違うけれど、その地獄は派手さもないし特別感もない。静か。さも当たり前、文句を言う奴がおかしいと言わんばかりに世の中全体に君臨している。幾重にも重なって。

今は日本の東北地方で旦那と娘2人と穏やかに暮らしている。こうして執筆活動もしている。手術は複数回経験し今後も腫瘍ができるかも知れないけれど現在は見て、話して、踊って、食べて、歩いている。外国人女性でありながら遠い国から留学して異国で博士号まで得た。そもそも人生は誰にとっても完璧ではないし。被曝による後遺症でもっと早く無惨な死に方をしていたかも知れない。幼い頃に強姦されて殺害されていたかも知れない。人身売買組織に誘拐され臓器としてバラバラにされたか、今もどこかで売春強要されていたかも知れない。娘の遺伝子に何か異常があったかも知れない。今より不運なことは限りなく想像できる。だとすれば今のままでも十分に恵まれた人生じゃん。
と、著者本人も理解してはいる(事実だしそう思いたい)だろうけど、幼少期の自分はあきらかに地獄にいたにもかかわらずそれと気づかなかった。であるならば、今もその地獄は続いたままで、ただ気づかない(気づかないようにしている)だけなのでは。みたいな本。

社会主義のままであれば、魚が水に気づかないように、我々が空気に気づかないように、自身を隙間なく取り囲む地獄にも気づくことはなかった。 
今も昔も絶対的な優位点とされる「美貌の女性」でいることで引き摺り込まれる地獄にも。

本文は穏やかながら色彩豊か。香りや動きもある。日本語が巧みな聡明な美貌の外国人女性ならではのほんの少し独特な表現方法。でもひたすら静か。陰鬱。物憂げ。著者の死生観(特に死が主で生が従)が染み込んだ言葉たち。

分厚い手袋とサングラスをして生きていれば、素手の裸眼に比べて何事も楽かも知れない。世の中は棘だらけだし目を覆いたくなるようなことばかり。けれどせっかく繊細なセンサーを持ち合わせたのなら、鈍感ゆえに元気な人に憧れるのはやめよう。痛みとともに生きていくのだ。幸いその痛みは優しさも含んでいるのだから。

どうせ死ぬから楽しく生きよう。
僕は歌って踊って食べて話すために生きているんだ。と、思い起こさせてくれる本。

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2024年08月04日

Posted by ブクログ

少しずつ読み進めていたのに、途中から止められなくて一気に読み切ってしまう本があり、これもそう。後半は、考えながら、自分と議論したり著者に問いかけたりしながら読んでいた気がする。内容についての感想はきれいには纏まらない

日本語がとても好みで、読んでいて心地よかった

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2024年02月27日

Posted by ブクログ

行動を決断できるほどの衝撃が無いから、日々を何気なく繰り返す。その穏やかな生活こそ、幸せと言えば幸せ。しかし、どこかに現状を変容させたい衝動があるなら、挑戦して変える事もできる。この本を読んで、そう思う。

チェルノブイリの子。放射能が原因で病気を患い手術。貧しい旧社会主義国で生まれた著者の半生。生まれた時に乳を与えられぬ母の代わりに、隣の産婦であるジプシーの女の母乳を飲んだ。その出来事に意味づけをし、自らのアイデンティティとして吸収する。多かれ少なかれ、人間は日々の出来事を自らの血肉とし、それは信仰のようなものになる。その大きな天啓として、川端康成の『雪国』との出会いが著者を日本に駆り立てた。

優しい地獄とは、何か。
ダンテの『神曲』にインスパイアされた5歳の娘。それを資本主義の皮肉と受け止めた著者。ここはよく分からない。この文章の後に綴られるのは、ルーマニア時代の凄惨さ。つまり社会主義の体験であり、資本主義の皮肉ではない。地獄のような欲望の競争社会だが、得られる物資は優しい、という意味か。女性の肉体についても、著者は地獄と形容する。もしかすると、業や因果を地獄と捉えたのだろうか。そのために、自らの運命を変える事に生きてきた人生を振り返っている。

衝動により強く軌道が変わる人生と、優しく日々を繰り返すだけの人生の対比のようなレトリック。自分とは異なる世界を生きたエッセイであり、新鮮な読書だった。

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2023年12月16日

Posted by ブクログ

獅子舞と女性、ジェンダーを研究しているルーマニアのイリナ・グリゴレさんの初エッセイ。こう言うのをオートエスノグラフィーというらしい。チャウシェシク政権下で育った少女時代から日本の白神山地の麓で娘たちと暮らす今を描いていて、時折、現実なのか妄想なのか分からなるような幻想的な表現もある。映画監督になりたかったらしく今も映像をよく撮っておられるようで、映像的な表現も随所に見られて、なんか不思議な気分を味わせてくれるエッセイだ。

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2023年11月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

想起力というのかなあ。イメージがしゅるしゅるとつながって出てくる。それがとてもすてき。おっかないのも多いけど。こういう日本語がかける人はかなり少なくなっている気がする。赤毛のアンをふっと思い出させるものがあるこの想起力。その健康さも含めて。

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2023年10月23日

Posted by ブクログ

自身の生きてきた道のりとそこで目にしたこと感じたこと。それを書き記して自らの研究対象にすることをオートエスノグラフィと言うらしい。これはその実践の書ということだろうか。著者の半生自体が自分とはかけ離れていてとびきりユニークだし、概ね読みやすいし文章に時折混ざる独特の言葉遣いが面白い。時々脈絡がわかりづらいというかわからない、つぶやきのような文やイメージの連なりに出くわすが、それも詩的と言えば詩的。

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2023年04月15日

Posted by ブクログ

ネタバレ

私から腫瘍が彼にうつったと酷く差別された。それがほんとうなら、私はそこまで彼に愛されたことになる。
p.108

筆者の感覚なのか、異文化の育ちなのかわからないけど、こう言った状況に置かれた日本人ならば大抵出てくる「自己肯定感の低さ」をまったく感じさせない、とても客観的で淡々とした語り口が非常に不思議な感覚だった。さりげなく織り交ぜられている悲惨さが、タイトルを都度思わせる。絶妙な表題だと思う。

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2023年02月06日

Posted by ブクログ

ルーマニアのイリナグリゴレさんが日本語でかくも美しく簡潔な表現で、現在と過去を行き来する自分を書いている。祖父母や育った家への愛や女性であることの哀しみ、人類学者になるという強い意志など、今そこにいることに払ってきた努力に敬意を払う。
タルコフスキーの映画の最後の家の表現が原作と違うことで、監督が家を描いた気持ちがわかるという箇所を読んで、あぁそうだったのかと納得。
とても素晴らしい、考えさせられることの多い本でした。

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2022年08月26日

Posted by ブクログ

通読。全編通して哀しみのようなものを感じた
繊細で、剥き出しの神経のまま生きているような

ふわふわとした夢のような言葉選びでわかりにくいところもあったが、同じような年代に生まれ、ルーマニアで育った彼女と私の違いを意識した。
共感もあった。同じような理由で私も男になりたかったし、今でもそれは変わらな

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2025年11月02日

Posted by ブクログ

お気に入りの本屋さんで平積みされていて何の気なしに買ってきたけど、まあ、自分の見識のなさというか、生きてきた世界の狭さを感じさせられたことでした。

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2025年08月22日

Posted by ブクログ

文章のリズムが自分とは合わなかったものの、さまざまな経験をしている著者の話は興味深く、ふたりのお子さんへの愛のこもった眼差しがとてもあたたかいなと思いました。たくさんの映画や音楽、作家、学者等の名前が出てくるので検索しながら読むのも面白い。個人的にあとがきがとても好きです。

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2025年03月24日

Posted by ブクログ

ジェンダーとか、閉鎖的な国について書かれたものは、どこからその人たちを見ているのか、が結構重要になると感じている今日この頃。

私たち(いわゆる自由が比較的ある環境に住む人)の視点から、厳しい男尊女卑が続いている国に住む人たちを描いたり、言論の自由がかなり制限されている国に住む人たちを描いたりすると、かわいそうな人々とひとくくりにしてしまう傾向があると思うのです。
(偏見かもしれませんが)

日本から遠く離れた、文化も宗教も考え方も全く違う場所で生きてきた生の声(一次情報)は、かなり稀な存在だと思います。
この本の著者、イリナ・グレゴリはルーマニアで育ち日本に留学し、一時帰国したりもしたけれど、今は日本に住んで東京大学大学院博士課程で研究を続けています。

彼女は過去を振り返るエピソードがいくつか盛り込まれていますが、かなり窮屈な環境で生まれ育ったことが想像できます。
それらはドラマチックに書こうと思えば書ける(いわゆる盛るってやつね)と思うのですが、まるで日記を書くように淡々と書かれています。
私たちが想像するよりもかなり辛く厳しい経験をいくつも乗り越えてきたのだと思うのです。でも、実際に経験している人は、それが当たり前の環境なんですよね。
外の世界を知らない(閉鎖的故に)、知ることができないからこそ、それが当たり前と思える。
文章からそんな様子がうかがえました。

そんな彼女が川端康成の「雪国」を読んだことをきっかけに、日本に興味を持って、留学するわけですが、女性が勉強することが当たり前でない世界で、よく両親が協力したな、と。
両親の協力を得られなければ、イリナが日本に来ることはなかったでしょう。

この本では、ルーマニアに住んでいたときの思い出と、日本で夫と娘二人と生活している現在と時間を行ったり来たりします。

不自由に生きてきた経験があるから、本当の自由が何なのかわかっている気がします。

”社会主義とは、宗教とアートと尊厳を社会から抜きとったとき、人間の身体がどうやって生きていくのか、という実験だったとしか思えない。”

社会主義と民主主義の両方を経験したからこそ、わかる言葉だと思いました。

日本での生活で心が満たされていると、嫌で仕方なくって、でも、どこにも行き場がなくて、耐えていた日々が、遠い過去になり許せるようになる。
そして、自分を痛めつけていた大人たちの気持ちに寄り添えるようになる。

自分の気持ちに折り合いをつけて、前を向いて進んでいくって、こういう事なのかもしれない。

自分も子どもがいるせいか、イリナとお子さんの会話が微笑ましかったです。子どもの考えている事って、時にハッとさせられて、新たな気づきをもたらしてくれますよね。

上手くまとまらないほど、いろいろな思いが湧いてきた作品でした。

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2024年12月23日

Posted by ブクログ

社会主義国だったルーマニアで生まれ育った著者のエッセイ。
ルーマニア革命やチェルノブイリなどの話しも出てくるので興味深かった。

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2024年12月07日

Posted by ブクログ

社会主義国。宗教と芸術がないか…。今迄耕していた自分の土地が、国有になり、農業をして暮らしていたのに、工場で働くことを強要される。国の有様で、人の幸せが奪われていく。

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2024年06月01日

Posted by ブクログ

済東鉄腸氏の「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、・・・」でルーマニア関連の書籍を紹介していたので、読んでみる。

ルーマニアの歴史をあらためて知ることとなり、そこで過ごした子供時代の暗部がたんたんと語られている。
詩的な要素もあり、不思議な世界、夢が多く出てきて、この様々な世界に助けられ、今の著者がいるのだろう。

続編をまた読んだみたい、この先をもっと知りたいと思う。

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2023年09月08日

Posted by ブクログ

極めて丁寧に書かれた良質な日本語の随筆であるというのは否定しない。

一方でこのような作品にあってはその語り口や描かれるテーマなどについて、やはり一種の共感をするということが「面白い本だった」という読後感に繋がるように思う。

その点で、そうしたリンクを自分の中では得ることができず、自分とは全く異なる感性を持つ人の作品だ、という思いしか残らなかった。これはもちろん著者や作品の問題ではなく、読み手である自身との相性のようなものだと理解している。

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2023年01月22日

Posted by ブクログ

感想
私的領域と社会の中で生きる女性の生活史。雪国の文章を彷彿とさせると同時にアンネの日記も想起させる。手の届く範囲に及ぶ社会の影響を描き出す。

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2022年08月05日

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