あらすじ
ひとつのデモクラシーがはかなくも崩れ去っていった.――2021年におきた軍事クーデター以降,厳しい弾圧が今も続くミャンマー.軍の目的は? アウンサンスーチーはなぜクーデターを防げなかった? 国際社会はなぜ事態を収束させられない? 暴力と分断が連鎖する現代史の困難が集約されたその歩みを構造的に読み解く.
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Posted by ブクログ
『ミャンマー、優しい市民はなぜ武器を手にしたのか』を読んで、2012年の軍事クーデター前後のリアルな状況がよく分かったけど、同時になぜせっかくアウンサン・スーチーが国家顧問になっていたのにこんなことになってしまったのか疑問に思いこの本を読んでみた
2011年まで23年間も続いた軍事政権
2016年にスーチー政権が発足したときは、改革へ大きな期待を持つ市民からの要請に応えなければならず、一方でなお強い力を持つ軍部とうまくやっていく必要があったし、軍の協力が必須な武装少数民族紛争もあった
そんな状況下でロヒンギャ危機(無国籍のイスラム系少数民族への掃討作戦)が起こり、世界からジェノサイドとの非難の声が上がるなか、スーチーは軍を擁護する発言をする
『多くのひとびとには、人権のシンボルだったはずのスーチーが、権力者となるや豹変して、軍によるムスリムのジェノサイドを肯定しているように映っただろう。』
軍とうまくやろうとすれば国際社会や市民から失望され、改革を進めれば軍から反発されるという板挟み状態の難しい政権運営のなか、それでも2021年の選挙で大勝するスーチー側
これで権力をさらに奪われることに危機を感じた軍によりスーチーは再び拘束され、2026年の不公正な選挙にも軍は勝利して今日まで彼らの政権が続いている
軍事政権側には過去の成功例があるから現状に自信があるのかもしれない(-_-;)
『ミャンマーの軍事政権は、国民から反発を受け、欧米の制裁で国際的に孤立し、経済も停滞したが、それでもなお、二三年間続いた。』
After reading "Why Did Myanmar's Gentle Citizens Take Up Arms?", I gained a clear understanding of the real situation before and after the 2012 military coup, but at the same time, I wondered why things turned out this way despite Aung San Suu Kyi having become State Counsellor, so I picked up this book.The military regime lasted for 23 years until 2011.
When the Suu Kyi administration took office in 2016, it had to respond to the huge expectations from citizens for reform, while also needing to get along with the still-powerful military, and military cooperation was essential for the armed ethnic minority conflicts.
Amid such circumstances, the Rohingya crisis (a sweeping operation against a stateless Muslim minority) occurred, and as voices calling it genocide rose around the world, Suu Kyi made statements defending the military.
"To many people, Suu Kyi, who was supposed to be a symbol of human rights, seemed to suddenly transform into a power holder affirming the military's genocide against Muslims."
In an unstable dilemma where cooperating with the military led to disappointment from the international community and citizens, while pushing reforms provoked backlash from the military, the Suu Kyi side still won a landslide victory in the 2021 election.
However, sensing a threat to their power, the military detained Suu Kyi once again, and even in the unfair 2026 election, the military emerged victorious, allowing their regime to continue to this day.
The military regime might feel confident in the status quo because of past success stories.
"Myanmar's military regime faced opposition from its citizens, international isolation due to Western sanctions, and economic stagnation, yet it still lasted for two or three decades."
Posted by ブクログ
孤立をやめ豊かになっていくかと思われた国が、何で国民に暴力を振るい仏像を建てるのか。民主化→社会分断表面化→軍の強権統治→国民抵抗→民主化…の袋小路の中でスーチーの時代は終わってしまった。
日本は調子の良いときだけ金儲けに来る奴のままでいいのかな?再民主化の道程が見えない現在でもできることはあるんじゃないのかな
Posted by ブクログ
オンラインで日本語を学びたい外国人と日本語で交流している。ミャンマーの20代女性が政権が変わり大学進学をあきらめ日本での仕事探しをしているという話を聞きミャンマーの現状をしりたくてお取り寄せ。
市民に暴力をふるう軍はミャンマーの何をどうしたいのか、スーチーはなぜクーデターを防げなかったのか。民主化勢力に勝機はあるのか。国際社会は事態をなぜ収束させられないのか。これからこの国はいったいどこに向かうのか。近代史を振り返りながら考察。
民主化、自由化、市場経済化、グローバル化の試みがクーデターによって頓挫している状況。
軍は常にミャンマーの政治経済社会あらゆる領域で強い影響力を保持、脅威であるスーチーを断続的にも合計15年ものあいだ自宅軟禁、英国人の夫とふたりの息子はロンドン在住、1999年には夫と死別。
ヤンゴン大学、マンダレー大学、ダゴン大学学生運動潰しで大学そのものを閉鎖
2007年サフラン革命 サフラン色の袈裟が埋め尽くすほどの数十万人の僧侶と一般市民参加の反政府運動に対する軍の弾圧
ロヒンギャ危機 仏教徒とムスリムとの宗教対立が2017年ラカン州北部で大規模な武力衝突
軍企業と縁故資本主義の成長あり
多民族国家で8つの主要民族(ビルマ人、チン人、カチン人、カイン人、カヤー人、モン人、ラカイン人、シャン人)あわせて135の民族
2021年2月1日軍事クーデターは、国民民主連盟NLD最高指導者アウンサンスーチーに対してミャンマー軍最高司令官ミンアウンフライン上級大将が首謀者。
選挙運動に制限がかけられたがオンラインだとスーチーのような視覚的シンボルの戦略価値があがり、Facebookなどでキャンペーン強化したが一方で軍の孤立化、軍の欧米諸国や国連との敵対関係、選挙前の世論調査が軍に共有されてなかったなどの理由で、2020年NLDの圧勝。軍はそれを不服とし、クーデターが起こる前1月30日に軍はNLDによる選挙不正を脅しに近い訴えで、「選挙管理委員会の交代、議会招集の延期、票の再集計」を要求したという。政変後も一般市民のデモや公務員・医療従事者らの不服従運動、国民統一政府NUDなど軍への抵抗運動に対し、軍は弾圧を強化。
日本との関係
太平洋戦争勃発後日本軍は1942年ミャンマー侵攻、8カ月ほどで制圧し軍政、新国家「ビルマ国」樹立。アウンサンスーチーの父アウンサンは祖国独立のため日本軍に協力、ビルマ独立軍BIA結成後、ビルマ国ではビルマ国民軍BNA幹部と防衛大臣就任。日本軍による統治が続き不満を募らせ、日本軍の戦況不利の中秘密裏に統一戦線バサパラ結成、ビルマ共産党BCP組織化し対日抗争。1945年3月27日タッマドーネ国連の日として記念式典が行われているとのこと。
1954年平和条約と賠償及び経済協力に関する協定 2013年5月安倍首相がミャンマー公式訪問し910億円の資金協力約束。2016年安倍首相とスーチー国家顧問会談で経済発展国民和解と都市部地方の発展実現の支援表明、2019年援助総額15憶ドル超える。ミャンマーへの援助の日本が占める割合が大きい。
軍統治を承認せず軍と接触はするというあいまいな態度を戦略的に貫く姿勢が必要。
民主化が進むと国民国家の統合が不安定になり軍の警戒心刺激して危機統制型の統治強化の悪循環が続いている。民主化と経済発展の好循環はしばらく起きない。
日本でできる支援として、難民、労働者、留学生の受け入れなど経済開発中心から人道支援へ転換が望ましい、インド洋と中国大陸をつなぐミャンマーへの支援が地域戦略に対するアジア外交の構想力と覚悟を示すのではと締めくくっている。
Posted by ブクログ
1988年から2021年のクーデターまでのミャンマーの現代史を描いた本。
軍部と民主化を目指す団体との対立という単純な構造ではなくて、軍内対立や、少数民族、欧米、ロシア中国の思惑がこんがらがって現在の状況となっていることがわかる。
この本を読み終わっても、何が正解かがわからなくてもやもやする。
例えば、統治の形。独裁はトップ次第な部分があって不安定だし、政党政治は党派争いばっかりして自己利益追求してしまう。
独裁から民主化に舵を取るにしても、急に軍人ポストを減らすと実務が滞るし、残してても軍事政権イメージが拭えない。
クーデターという結果になる前にどうしたらよかったのかってのを考えさせられる。
ミャンマーの現代史ではあるけれど、他の国や自分の会社にでもそれとなく当てはまりそうな普遍的なケースに思える。ミャンマーってどうしてこうなったの?っていう疑問は解消されるけど、これからどうしたらいいんだろうと新たな疑問が出てきて、考えさせられる本だった。
Posted by ブクログ
1988年の反政府運動とそれに伴う軍によるクーデターから民政移管、民主化を経て2011年のクーデターに至るミャンマー現代史を描き、今後を展望。
2011年のクーデターをもたらした背景について理解を深めるとともに、ミャンマーの厳しい現実を認識した。カリスマ頼みの急激な民主化の負の側面についても思い至らされた。それにしても、認識の歪みから自国民にも平気で銃を向ける軍は本当に酷いと感じる。
Posted by ブクログ
現地で滞在したときに民主化の影響を「道路のアスファルト工事」に感じた。ということに深く頷けた。民主主義の重みを感じる。こうした部分にも着目し、丁寧にミャンマーの現代史を追っていてよくわかった気分になれる。しかし、スーチーの功罪のうち「罪」についての記述はなぜかあいまいというか、ぼかされたままであり、このぼかし方がミャンマーの風土を反映させたものかと勘繰ってみたり。良い意味でも、批判的な意味でも余韻の残る一冊。