あらすじ
台湾出身で17年に作家デビューを果たし、21年に芥川賞受賞。第2言語である日本語で作品を発表する李琴峰は、何を思いながら小説を書き続けているのか。創作の源泉にあるものとは。言語、出生観、性、日本と台湾の歴史、読むことと書くこと。繊細な筆致で綴る
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Posted by ブクログ
「台湾の地方出身者であること、女性であること、性的招集者であること、外国人であること、非母語話者であることー多くのマイノリティ属性を否応なしに押し付けられている身として、私は生きているだけで常に様々な隔たりを感じている。(あとがきより)」
社会においてマイノリティであることで、差別的な扱いを受けたり、無意識に気づ付けられることがある。そして私たちの多くはそれがわかっているようでやはり分らぬままこの社会を生きている。
マジョリティになることもあればマイノリティになることもある。否、この発言こそが何か違和感を感じるところであるが、これ以上なんといえばいいのか、閉口すべきなのだろうか。
著者自身のことを「台湾で生まれ育ち、自らの意思で日本に移住した一個人」に過ぎないという。本人がおっしゃるのだからそれ以上でも以下でもない。この姿勢が作品にも表れており、力強い作品となっているのだろう。
私たちの周りには目には見えないが、自分と他者を隔てている、気を抜けば忘れてしまうまさに「透明な膜」がある。著者はその膜に穴をあけようと、言葉紡ぎ続けている。
これはなんという美しい行為なのだろう。自分で臨んだ生まれたわけでもないこの世界に生を受けて生きることは、とても苦しくつらいものだ。だからこそ生きることがこんなにも輝くのかもしれない。
著者の紡ぐ言葉はとても魅力的だ。その言葉が心に刺さり、喜怒哀楽様々な感情が残る、いい意味でへばりついてくる、そんなエネルギーを感じていた。今回このエッセイを読み、少し理解できたような気がしている。
李琴峰氏だからこその表現や物語がここにある。それは紛れもない事実であって、私はこれからもその言葉を楽しみに生きようと思う。