あらすじ
「われわれのチームは、何千何万というソーシャルメディア・ユーザーの複数年にわたる行動を記述した億単位のデータポイントを収集してきた。自動化されたアカウントを使って新実験を行ったり、外国による誤情報キャンペーンが与える影響について先駆けとなる調査を実施したりしてきた」「その真実とは、ソーシャルメディアにおける政治的部族主義の根本原因が私たち自身の心の奥底にあることだ。社会的孤立が進む時代において、ソーシャルメディアは私たちが自身を——そして互いを——理解するために使う最重要ツールのひとつになってきた。私たちがソーシャルメディアにやみつきなのは、人間に生得的な行動、すなわち、さまざまなバージョンの自己を呈示しては、他人がどう思うかをうかがい、それに応じてアイデンティティーを手直しするという行動を手助けしてくれるからである。ソーシャルメディアは、各自のアイデンティティーを屈折させるプリズムなのだ——それによって私たちは、互いについて、そして自分についての理解をゆがめられてしまう」(本文より)計算社会科学Computational Social Scienceの最先端を走る研究者が、政治的分極化への処方箋を提示する。
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Posted by ブクログ
「SNSでは自分の政治信条にあうフォロワーばかり揃えて対立意見が見えなくなるエコーチェンバーが起きる」とされている。これへの処方箋として、よく「対立意見もよく聞いて対話をすれば、自身の意見も適切に軌道修正できて妥協点が見つかり、建設的なやり取りができる」「相手の意見に触れることが大事」などと言われる。本書はこの解決策が逆効果であることを、大規模な実験を通じて浮き彫りにしている。アメリカ共和党と民主党のそれぞれの支持者による対立が舞台になっていて、第1次トランプ政権の頃の話が載っている。第2次トランプ政権の衝撃が続く今読んでも納得感はとてもある。
課題の提示と実証は的確かつ興味深いのだけれど、最終章の解決策で大きな飛躍があって残念。本読んでてよくあることだけど、それだけ課題解決は難しいってことなんだなと思う。
Posted by ブクログ
クリス・ベイルの『ソーシャルメディア・プリズム』は、現代のソーシャルメディアが社会の分極化を加速させるメカニズムを実証的に解明し、それに対する解決策を模索する一冊である。本書は、従来の「フィルターバブル」や「エコーチェンバー」という単純な説明を超え、ソーシャルメディアがどのように個人のアイデンティティを歪め、社会の分断を助長するかを明らかにする。ベイルは、ソーシャルメディアが単に人々を偏った情報空間に閉じ込めるのではなく、むしろ「プリズム」のように人々の社会的アイデンティティを変容させ、極端な意見を促進する場となると主張する。一般的に、ソーシャルメディアは同じ意見を持つ者同士を囲い込み、異なる意見に触れる機会を減らすことで分極化を進めると考えられてきた。しかし、ベイルの実験では、異なる意見を強制的に見せることが必ずしも意見の多様化にはつながらず、かえって自らの政治的立場をより強固にする可能性が示された。この現象は、政治的に異なる意見を持つユーザーに対し、反対派の意見を積極的に提示した際に確認された。特に保守派とリベラル派の双方が、相手側の主張を見たことで敵対心を強め、自らの信念をより過激にする傾向を示したのは興味深い結果である。この現象を生む要因として、ベイルはソーシャルメディアが「自己ブランド化」の場となっていることを指摘する。人々は、自分がどのように見られるかを意識し、フォロワー数や「いいね!」の数によって社会的評価を測る傾向がある。これにより、穏健な意見よりも、極端で挑発的な発言の方が注目を集めやすくなり、結果として過激派の声が増幅される。一方で、穏健な意見を持つ人々は、過激な議論が支配する環境では発言を控える傾向があり、これが「沈黙のスパイラル」を生む。これによって、現実の社会よりもソーシャルメディア上では極端な意見が支配的に見える状況が生まれる。このような状況に対し、ベイルは単に異なる意見を提示するだけでは分極化は解消されないと論じる。人々が異なる意見を受け入れる準備ができていなければ、対立はむしろ激化するため、異なるグループ間で建設的な対話を促進し、アイデンティティの対立を緩和する仕組みが必要だとする。従来のエコーチェンバー理論は、アルゴリズムの問題に焦点を当てがちだったが、ベイルはソーシャルメディアの影響を技術的な側面だけでなく、社会的行動の観点から分析しようとする。この点が、本書の大きな貢献の一つである。
本書の意義は、単なる理論的な議論にとどまらず、実証的なデータとフィールドワークを通じてソーシャルメディアの影響を明らかにした点にある。特に、エコーチェンバー論に対する批判的な再検討は、これまでの議論を刷新するものと言える。加えて、本書は分極化を解消するための新たな方策を提案する。たとえば、単に異なる意見を提示するのではなく、建設的な対話を生むためのプラットフォーム設計や、ユーザーの行動を変える仕組みを導入することで、ソーシャルメディアをより健全な議論の場へと変える可能性を示唆する。
もっとも、本書にはいくつかの課題や批判もある。まず、ベイルの実験は主にアメリカの政治的分極化を対象としており、国や文化による影響が十分に考慮されているとは言い難い。たとえば、日本や欧州の国々では、政治的分極化の度合いやソーシャルメディアの利用傾向が異なるため、本書の結論がどこまで適用可能かは慎重に検討する必要がある。また、彼の研究は主にTwitter(現X)やFacebookといった既存のプラットフォームを前提にしているが、新興のSNSや非中央集権的なプラットフォームでは、異なるダイナミクスが働く可能性がある点も見落とせない。さらに、本書が示す解決策には現実的な課題も伴う。異なる意見を受け入れやすくするデザインの導入や、建設的な対話の促進といったアイデアは理想的だが、実際にどのようにプラットフォームへ適用するかについては具体的な指針が不足している。また、ソーシャルメディア企業の利益構造が過激なコンテンツの拡散に依存している現状を考えると、これらの改革を進めるインセンティブが欠如しているという現実的な問題もある。政治的な分極化を緩和するためには、技術的な改良だけでなく、規制や政策の介入も視野に入れる必要があるが、本書ではその点への議論が比較的弱い。それでもなお、『ソーシャルメディア・プリズム』は、ソーシャルメディアが社会の分極化を促進する仕組みを、新たな視点から解明する重要な研究である。従来のエコーチェンバー論を批判しながら、ソーシャルメディアが「プリズム」のように個人の自己表現を歪め、過激な意見が優勢になりやすいことを示している。本書の示唆するように、単なるアルゴリズムの調整ではなく、人々のコミュニケーションのあり方を変えることが、社会の分断を解消する鍵となるだろう。もっとも、そのためにはベイルの提案を具体化し、企業や政策立案者がどのように行動すべきかをより踏み込んで議論する必要がある。本書はその出発点として重要な役割を果たすが、今後の研究や実践によって補完されるべき課題も多く残されている。