【感想・ネタバレ】歌のわかれ・五勺の酒のレビュー

あらすじ

金沢を舞台に旧制四高生・片口安吉の青春の光と影を描く「歌のわかれ」、敗戦直後、天皇感情を問うた「五勺の酒」。この二篇のほか、「村の家」「萩のもんかきや」など著者の代表的な短篇七篇を収める。詩篇「歌」、自作をめぐる随筆を併録。文庫オリジナル。
〈巻末エッセイ〉石井桃子・安岡章太郎・北杜夫・野坂昭如
■目次
歌(詩)
【Ⅰ】
歌のわかれ/春さきの風/村の家/広重/米配給所は残るか/第三班長と木島一等兵/軍楽/五勺の酒/萩のもんかきや
【Ⅱ】
「春さきの風」「五勺の酒」の線/「春さきの風」のとき/「第三班長と木島一等兵」おぼえがき/五十年まえと三十年まえ
【中野重治をめぐって】
ある機縁(石井桃子)/我慢と律義と剽軽と(安岡章太郎)/「茂吉ノート」など(北杜夫)/青春の書(野坂昭如)

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Posted by ブクログ

「歌」
リアリズムこそが文学の至上目的であり
その実現のためには
センチメンタルやメランコリーを排除しなければならないという
若き作者の決意表明をしたためたポエム
「おまえは歌うな」という衝撃的な出だしが印象に残る
まあイキってますね
堀辰雄も参加していた「驢馬」という同人誌に発表されたもの

「歌のわかれ」
落第生でありながら、どこかお気楽で
未成年のくせに酒ばかり飲み歩いている主人公は
文学で身を立てる自分を漠然と夢に見ながら
モラトリアムな日々を送っていた
金沢の高校をなんとか卒業し
東京の大学に潜り込むのだけど
そこであるとき贔屓の作家を訪問した際に幻滅を感じた
作家といっても自堕落に自分を甘やかしてるだけだと
そんなふうに見えたのだった
モラトリアム人間なりに己を燃やして生きたい彼は
持ち前のラディカリズムで
馴れ合いの世界に別れを告げようとするのだった

「春さきの風」
労働者で活動家の若い夫婦が警察に逮捕される
生まれたばかりの赤ん坊は
留置所の冷たさに耐えかねて死んでしまう
誰が悪いとも言えないが
誰もが悪いと言うことはできる
妥協を許さない生き方とは、断絶を喜ぶ生き方でもある

「村の家」
政治犯として逮捕された主人公
しかし自らを政治犯とは認めていなかった
なぜなら、彼が属していたのは非合法組織であって
政治組織ではなかったから
もちろん、そんな幼稚な詭弁が通用するはずもなく
彼は全的な転向を余儀なくされた
なにしろ家族が心配だし、自分の病気も苦しかったので
仕方なかったんである
田舎のお父つぁんも仕方ないと思いながら
これまでのいろんな苦労を耐え忍んできたわけだが
今度ばかりは息子への幻滅を隠せなかった

「広重」
歌川広重のことは、さして面白い画家であるとも思ってなかった
しかし保護観察の集会に呼び出されたあと
惨めな気持ちのまま入った丸善で、偶然それを見たとき
なにか強い共感を感じてしまう
それはある種の羞恥をともなった共感で
筆者の理想からは遠く離れていた
しかしその後、作家としては国家のご機嫌うかがいを余儀なくされ
さらに日本の敗戦や、郷里を襲った大地震を経てみると
無力感の中で広重の存在は、なぜかますます大きくなっていった

「米配給所は残るか」
戦争末期、招集された
信州の奥のほうで兵器工場をつくる仕事に充てられた
しかし本当にそんなものが出来上がるのか
はなはだ疑わしかった
それほど時を置かずして玉音放送があり
終戦とあいなった
小学校を間借りして、合宿生活をやっていたようなものだ
近隣住民と、目を合わせられなかった
逮捕から十数年、なんだかんだでそんな具合に
国から食わせてもらったのだけど
戦争に負けてもあまり現実感は湧いてこなかった

「第三班長と木島一等兵」
隣の班の班長は、理不尽な因縁をつけて
隊員に暴力をふるうのが好きだった
だから、部隊の解散が決まって送別会の開かれた際
隊員たちから集団リンチを受けた
班長に媚を売っていたように見えたやつが
いちばん凶暴だった
作者としては、戦後の共産党内のいざこざを
それに重ねる気持ちがあったらしい

「軍楽」
東京に帰ってきた男は
因縁深い警察と裁判所がどうなってるか見物に赴く
しかし行方知れずの仲間のことが思い出され
暗澹とした気持ちになる
そのとき、米軍が慰霊祭をやっていた
なお、どういうわけか本作では
兵士だった自分と小説家としての自分が
別人ということになっている

「五勺の酒」
新憲法が制定され、天皇は人間だということになった
なんの政治権力をも持ち得ない天皇を
頭の良い子供たちは嘲笑った
しかし傀儡としては、嘲笑によってむしろ維持されるだろう
民主的な校長先生は、天皇に対する親愛の情ゆえに
天皇制そのものを解体すべきだと考えるのだが
それによってやはり子供たちに嘲笑されるのだった
大人をやるのはつらいんです
五勺の酒を飲みながら、そんな泣き言を
「アカハタ」関係者の作家にあてて書いている

「萩のもんかきや」
萩というのは山口県の日本海側に位置するあの萩である
揉め事の仲裁に派遣されたのだがどうにもならなかったので
もう観光して帰ることに決めたのだった
まあそれだけの話
夏みかんの砂糖漬けはむかし僕も食った気がする

0
2022年07月11日

Posted by ブクログ


1945年敗戦後、共産党から参議院選に立候補している頃の短篇作品
天皇と戦争責任についてなどを発表していた著者だが、この作品を読むと、天皇に対してひとりの人間としての切なさや辛さを背負い込ませる、日本国民としての憐憫の情が伝わってくる

なぜ、ひとりの人間が 私は神ではない などと言わせられなきゃならないんだ

菊の御紋の入った五勺の酒を飲みながら、未練の言葉に埋もれてゆく
敗戦と、アメリカの言いなりになっている悔しさ、それに甘んじている情けなさ
酒でも飲まなきゃ口にすることさえできないとばかりに、天皇についても語る

国が負けたという、この時期のなまなましい言葉を聞く機会に出会わない
報道での表現は、とても制限されている

大西巨人も戦後の文学5冊を選んだうちのひとつだが、大事な文学作品として多くの日本人に読み継がれるべきものだと思う

短篇集としても戦後の日本のリアルな人が息づいていて、ひとつひとつ味わいながら読む作品だ


◆ヒサとマツ◆

4ページの短篇
ホウコウに出されるヒサ
困った事に女主人も名がヒサだった
お前は マツと呼ぶよ
ヒサは 母親に名付けてもらったヒサの
名前が消えるのか
おっかさんがつけてくれたんじゃ
首のつけ根のところがズズーンとくる
おっかさん、おっかさん
矢継ぎ早の打撃
マツや、、、
ヒサの逃げ道はなく 体を前に伏せるだけだった
4ページでも泣ける
時代だったと

0
2022年06月20日

Posted by ブクログ

「民主と愛国」に中野重治が大分出て来たのでそこから。

戦前の作品は発禁や伏せ字にならなかったのかな、と。
「五勺の酒」は戦後すぐの共産党員でもそういう感情になるのか、と。

ただ一番面白かったのは野坂昭如の巻末エッセイの一節、野坂の本を友人に託して中野に渡した後の友人とのやり取り。

友人:御本人が直接お出になった
野坂:へえ
友人:野坂の使いの者ですといったら、ずい分おどろいていらしたね
野坂:そりゃそうだろうな、手紙でいいところなんだから
友人:あのおどろきようは、どうも野坂参三とまちがえたんじゃないだろうか

作り話かも知れないが、同じく安岡章太郎の巻末エッセイのポンヒキの下りを読むと案外中野の周りには笑いが溢れていたのかも知れない。

ジュンク堂書店近鉄あべのハルカス店にて購入。

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2022年02月10日

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