【感想・ネタバレ】学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味があるのレビュー

あらすじ

ぼんやりしている時に脳はなぜ活発に活動するのか? 脳ではいくつものネットワークが状況に応じて切り替わりながら活動している.ぼんやりしている時,ネットワークが再構成され,新たなひらめきが生まれる.注意の対象を切り替え,思考法を替えて,人はどう学ぶのか? 人として大切な根源的な学びとは? 脳の流儀で学べ!

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虫明元
 東北大学医学部大学院卒業、医学博士.東北大学名誉教授、同大学院医学系研究科・学術研究員.八戸看護専門学校・学校長、専門は,脳神経科学.研究では行動調節に関わるシステム脳科学、特に前頭葉を含む大脳皮質の働きを調べている。これまでの研究でプレスリリース等で興味深い細胞を報告している。前頭葉の「カテゴリー細胞」、「先読み細胞」、「間を測る細胞」、「驚き細胞」、「行動戦略を表現する細胞」、頭頂葉では「ゼロを認識する細胞」光遺伝学では「光で手を動かす」等。共同研究では医工学者と生理機能計測機器の開発(電極、瞳孔計測器)、数理神経研究者とは複雑系から脳機能の理解を試みている。教育では神経科学に関する専門教育以外に,高校での出前講義や一般向けのサイエンスカフェ(「振動と文脈から探る脳 ~脳と心の働きを理解する~」、「心の働きの多様性を科学する~目から脳の働きを探る試み~」) などの教育活動を積極的に行っている。演劇的手法特にプレイバックシアター(即興再現劇)を用いた教育ワークショップを行い,大学や高校でコミュニケーション教育、孤立孤独防止事業などに取り組んでいる。2023年12月19日の「カズレーザーと学ぶ」の孤独のテーマで出演、12月27日の「ようこそ認知症の世界へ」の記憶の解説で出演。




「 遊びが学びになるのは、子供が自発的に自分で選んだ遊びを繰り返し、次第に遊び自体に集中し、何らかの充実感や達成感と共に終わるようなサイクルになった時である。このような機会を生み出すには、様々な関心を示す子供たちが、様々な遊びを自分で見つけられるように、安全で安心して遊べる環境を整えることが必要だろう。豊かな資源を準備し、自然に学びの自己発見ができると理想的であろう。  遊びは創造性の原型ともいうべき活動であり、楽しみながら試行錯誤する。一方で子供は教育を受けるにしたがって、教育されたこと以外の自由な発想は次第に抑制されていく。これを示す実験が大人のチンパンジーと人の子供で、行われている。この実験では、一つの箱から棒を使った一連の動作手順でお菓子を取り出すという課題を大人の人に教えてもらう。チンパンジーも人の子供と同様に一連の行動を観察し、それを模倣して同じように一連の手順を行いお菓子を取り出すことができる。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「このように様々な文脈で繰り返し学ぶことで、特定の文脈だけでの記憶ではなく、様々な文脈で検索でき、想起できる長期記憶になっていく。何事も一万時間くらい学ぶとその分野のエキスパートになれると言われている。将棋や囲碁のゲームでは繰り返し学べば、やがてエキスパートになるであろう。医学を学び、症状や検査データから診断をする経験を積めば、医学者としてエキスパートになることができる。  このような特殊な専門職に限らず、日常の経験の中で、人は繰り返し繰り返し学習を行っている。すると大概の日常経験に関して、既知であるという感覚をもち、行動結果の予測ができるようになる。記憶脳には、試行錯誤を通じて多数のことを学び、あまり意識せずとも、既知の状況との類似性から判断を直感的に下せるようにする働きがある。多くの場合は、その判断までの過程を全く意識せずに自然と判断できるようになる。いわば自動操縦、オートパイロットとしての役割を果たしてくれる。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著



「ジェローム・ S・ブルーナーは分析的思考に対立させてナラティブ思考の重要性を指摘した。このナラティブ思考は定性的な思考で、偶発的なエピソードから構成された一連の物語に基づいた意味づけ(センスメイキング)を行う思考である。論理的な関係より、むしろ逸脱したり例外的なものにより重要性を見出し、理解しようとする認知過程である。分析的なルールに従う思考と異なり、一つの物語をつくりあげることには、必ずしも一定の正解は無い。こうした発散的思考とも呼ばれる思考では、断片的な知識や情報から、本来そこに無い情報を付け加えて新しい物語を構成するナラティブとして、対象を捉えることになる。したがって、分析的思考とナラティブ思考の対立は、執行系ネットワークと基本系ネットワークの働きの違いの一部を反映していると思われる。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著


「① 記憶脳による直感的判断は、正しいこともあるが、記憶に基づいた習慣的な思考や行動が認知バイアスを生む原因であることが、分かってきている。このようなバイアスに抵抗して、自己統制して行動を変更することは、非認知的スキルの大切な面であり、記憶脳と認知脳が対立を招く状況である。直感的判断は短絡的に結論に達するが、このような対立や違和感に気づいたら、衝動的に行動せず間をおくことで、時間のかかる分析的思考が参加して、より合理的な判断ができるようになる。
② 注意力の維持や注意のタイプ(トップダウン注意、ボトムアップ注意、内的注意、外的注意)を切り替えるスキルは、非認知的スキルの重要な機能の一つである。集中力は定期的に揺らぐことを知ることが大切である。集中しているマインド・フォーカシングと、ぼんやりしながら注意範囲を広げたマインド・ワンダリングの状態は、シーソーのように揺らぐことも承知しておくとよい。適度に休む、ぼんやりする時間を積極的にとる、場所を変える、活動の種類に変化をつけるなどすることで、注意力の低下を防ぐことができる。
③ 思考は、大きく分けて分析的思考、すなわちカテゴリー化し論理や数量的な関係や物的因果関係で理解する科学的理解と、ナラティブ思考、すなわち事例や断片的エピソードから物語を構築する物語としての理解に分けられる。これらは一見対立的であるが、実は両者は相補的な学びのスタイルである。状況に応じて適宜思考スタイルを切り替えることも、重要な非認知的スキルである。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「性格特性の考え方では、それぞれの特性には利点と欠点があり、一概に高ければ良いというものではないとする。外向性が高ければ、積極的で行動的であるが、そのために危険に遭遇する可能性が高い。低ければ物静かであるが、行動を控えすぎるとせっかくの機会を逃すかもしれない。神経症傾向は基本的に危険を回避し安全を求める一方で、心配しやすい。誠実性は規則重視であるが、融通がきかないとも言える。低ければ規則にとらわれない融通性があるとも言える。しかし、規則を無視してしまうと、結果として不注意な行動を取りやすい。協調性は、高いと人に対して共感性が高いが、結果として自分をなおざりにしてしまう。逆に低いと他人に迎合せずに独立した判断をする。開放性は、高いと現実離れした様々な活動に関心を持ち、芸術的な活動や想像性を好む。逆に低いと現実的であり、一方では因習的で過去のしがらみなどにこだわった判断を取りやすい。  このように、五因子は、利点と欠点を併せ持ち、高い低いで是非は議論できない。動物界にも同じ種の中に外向性の低いものと高いものが存在する。もしどちらか一方が生存に有利であれば、他方が淘汰されるはずであるが、そうなっていない。一般には特性に多様性がある方が生物学的にも有利なのである。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「次第に分かってきたことは、性格は多面的であり、状況によっていくつも別の性格特性が発現してきても不思議はないという点である。創造的な仕事をしているアーティストが、舞台上では外向性を示して振る舞い、私的生活では著しい内向性を示すことがある。多くの例からむしろ、一人の人に潜在的には複数の性格特性があり、状況によってそれぞれ違った性格特性が発現してくる可能性が示唆されている。だとすれば自分の性格の多様性に感受性を持ち、理解を深めれば、実際に状況に応じて多様な生き方ができるところが、性格の非認知的スキルとしての強みであろう。  特に基本系ネットワークは自己に関する知識、認識に関わる部位であり、性格も含めた自分の特性を普段からモニターし、他者の特性ともあわせて自己と他者の違いなどを理解することに関わっている。キャロル・ S・ドウェックらの研究によると自己の特性を生涯変わるものと考える成長マインドセットと、もう特性は変わらないと考える固定マインドセットでは、他の様々の学びにも影響を与えることが知られている。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「同じく創造性が問われる分野にアートの世界がある。専門職としての芸術もあるが、より広い意味で用いるアートは、一つの客観的な真理を求めて活動する科学とは異なり、人が創り出す活動を広く含み、自由でのびのびと自己表現することが特徴であろう。パフォーミングアート(舞台芸術)であれば、音楽の演奏あるいは演技はその場で一度きりのもので、即座に聴衆からのフィードバックがあり、リアルタイムに進行する。パフォーマンスの臨場感と、観客との場の共有や、直接相手と関わること、すなわちエンゲージメントがカギとなる。一方で多くの科学では、活動の現場と公共の場での発表や評価には時間的にずれがあることが標準である。このように、アートの世界と科学、技術などの世界では、異なる点が多い。こうした違いは創造性に関してどのような関係があるのだろうか。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「科学者には芸術的な活動でも有名である例が少なくない。相対性理論で有名なアインシュタインは、趣味はヴァイオリンで、公の場でもしばしば演奏した。また物理学者のリチャード・ P・ファインマンもボンゴと呼ばれる打楽器の演奏をしばしば披露している。著名な科学者は、アートやパフォーマンスに関しても、単に趣味という以上に、深く関わっていることが多い。  ノーベル賞を受賞した科学者と一般の科学者との間で、アートやいわゆる文系の能力との関わり方を比較した興味深い研究がある。この研究では美術、工芸、音楽、文芸の分野を副業や趣味としてどの程度行っているか調べて統計をとった。一般の科学者に対するノーベル賞受賞科学者の関与の比率を検討すると、音楽では二倍、美術は七倍、工芸は七・五倍、文筆は一二倍であった。驚くべきはパフォーミングアートで、ノーベル賞受賞者は一般の科学者より二二倍も高かった。全体としては、一般の科学者に比べてノーベル賞を受賞した科学者は実際に副業としてアートでも活動する人が多い。単に鑑賞することが好きというレベルではなく、芸術活動に深く関わっていることが良く分かる。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

「それでは、なぜノーベル賞を受賞した科学者に副業として美術、音楽、文芸等の分野でも活躍している人が多いのか?  一つの説明としては、もともとある専門で人並み以上の能力を持っていたので、他のもう一つの専門としてたまたまアートの分野でも活躍したり、深く関わったという可能性である。しかし、一方で、アートでは平均的な発想から逸脱してもよい自由で発散的な思考で、偶発的なエピソードから構成された一連の物語を構築し、意味づけを試み、例外的なものと通常のものに橋渡しをする態度が育てられる。パフォーミングアートで、コミュニケーション能力、コラボレーション能力も含めて、このような専門によらない非認知的スキルが鍛えられた結果が、専門性の中での独創性につながった可能性も大いに考えられる。  実際にこれは科学の分野にとどまらず、起業家として大きな成功をしている人に関する調査でも、アートへの造詣が深いという同様の傾向がある。いずれにしてもアートの持つ発散的思考すなわちマインド・ワンダリングと特定分野の収束的思考マインド・フォーカシングの両方をこなす多重思考が創造性を促すと考えられる。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

① 創造性は、特定の分野で発揮されたとしても、その基礎には分野によらない非認知的スキルが関わっている。
② 創造性を発揮する人は、自分の中にいろいろな多様性を併せ持った混乱している人(messy mind)であることが多い。創造性には発散的思考と収束的思考など、異なる思考を自在に切り替えられる非認知的スキルが必要である。さらには注意の状態を切り替え、マインド・ワンダリング、フロー状態、マインドフルネスなど任意の注意状態に自ら制御できるようになることも非認知的スキルの一つである。多くの創造的な発想はぼんやりする時間の中でふと気づくことがある。いわゆる「アハ」体験である。
③ 創造性には新しい経験への開放性、即興性、想像性、ナラティブ性などの因子が関わる。アートには創造性を発揮するための無限の自由があり、創造性を育成する方法として有効である。そのため一流の科学者にはアートの実践家も多い。
④ 創造性を妨げる様々な認知バイアス、質問力の低下を打破するために大切な非認知的スキルに、クリティカル・シンキングがある。自分の認知バイアスに気づき、疑問を徹底し理解を自律的にどんどん深めていく方法である。知識獲得と質問力育成が両輪となって学びを進めることが望ましい。Why、What、How、What ifなどの質問によって、次々と質問を生成し続けることは、発散的な思考を促し、既知と無知との境界を自分で見極めながら、経験的な学びを広く深めることになる。
⑤ 非認知的スキルを身につけるのは若い時ほど効果が大きいが、年をとってもその効果があり、生涯学ぶのが望ましい。またスキルは生涯変化し成長するものとして捉えるマインドセット(成長マインドセット)の育成が重要である。このようなマインドセット自体も非認知的スキルの一つである。
⑥ ワークショップ形式での学びは、参加者が中心となり、ファシリテーションにより相互のコミュニケーション、協働性を発揮した創造や課題解決を図るもので、二一世紀型スキルの詰まった学びの形態である。即興再現劇等アートを取り入れたワークショップは、非認知的スキルを伸ばし、結果として共創性をスキルアップし、ナラティブ思考を鍛え、共創的な創造力を伸ばすのに非常によい活動である。

「この本は、多くの方々との出会いから生まれた。科学ライブラリーの一冊として、内容については科学的な事実が根底にあるものの、出会った多くの方とのネットワークの中で得たインスピレーションや、ほんとうに偶然の出会いで交わしたやり取りが、次第に心の中で形をもって膨れ上がって言葉になった箇所も多々ある。その点で本を書くということは創造的な活動であると改めて実感した。  脳の研究に関しては、新学術領域「非線形発振現象を基盤としたヒューマンネイチャーの理解(オシロロジー)」での研究活動や、科学技術振興機構( JST)の CREST「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」での研究、さらには現在進行中の「革新脳」の研究活動での出会いや議論が基盤になっている。特にカナダのノーソフ氏との偶然の出会いが、本書のコアである安静時の脳活動と学びの関係を深めるきっかけになった。」

—『学ぶ脳 ぼんやりにこそ意味がある (岩波科学ライブラリー)』虫明 元著

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2026年01月28日

Posted by ブクログ

安静時にも脳は活発に活動しているという。五つのネットワークを切り替えて揺らぎながら活動しているという。①感覚運動ネットワーク、②気づきネットワーク、③執行系ネットワーク、④基本系ネットワークである。このネットワークが切り替わりながら協調して活動しているという。

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2022年02月23日

Posted by ブクログ

最近というか、数年前に流行ったデフォルトモードネットワークなどの話です。脳は各部位で機能を考えるのではなく、それぞれいくつかの脳部位間のネットワークで機能すると考えられており、その紹介がされています。その後それを元に学びを、身体脳、記憶脳、認知脳、社会脳の4段階に分類し、最後に創造性を生み出すにはどのような教育がいいかと話が展開しています。ネットワークの話は一般的な話ですが、身体脳、記憶脳、認知脳、社会脳に関しては、知る限りオリジナルのように思います。ネットワークなどの脳科学的知識で、非常に収まりのいい内容となっています。創造性の部分が最も主張したこととのように思いますが、まだ結論の出ていない、これからの内容で、著者の意見といった印象です。即興演劇がどの程度本物で、これで学んだ人から、どのくらいノーベル賞が出るのか、結論を見てみたいです。

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2018年06月17日

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