あらすじ
一九五〇年代半ばの鮮烈なデビューから〝怒れる若者たち〟の時期を経て、それぞれの一九六八年へ――。同世代随一の批評家が、盟友・石原慎太郎と好敵手・大江健三郎とに向き合い、その文学と人間像を論じた批評・エッセイを一冊にした文庫オリジナル作品集。
〈解説〉平山周吉
■目次
【一九六八年】
知られざる石原慎太郎
私にとって「万延元年のフットボール」は必要でない
【石原慎太郎】
石原慎太郎論/「肉体」という思想/「言葉」という難問/『完全な遊戯』/『日本零年』
*
顔/石原慎太郎と私/石原慎太郎のこと/『石原慎太郎文庫』によせて/偉大なアマチュア
【怒れる若者たち】
新しい作家達/政治と純粋
*
シンポジウム「発言」序跋/文学・政治を超越した英雄たち/今はむかし・革新と伝統/生活の主人公になること
【大江健三郎】
大江健三郎の問題/自己回復と自己処罰/『死者の奢り・飼育』/『個人的な体験』/私の好敵手/大きな兎/谷崎賞の二作品/大江健三郎氏のノーベル文学賞受賞
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Posted by ブクログ
石原慎太郎は、昭和の時代における若者のアイコンであった
石原が何をやっても、世間はそれを支持した
江藤淳はそんな石原を評して、「無意識過剰」と呼んだ
にじみ出る石原の無意識が
日本国民のそれと自然に呼応しているというほどの意味である
敗戦後の、新しい日本を作り上げていこうとする若き大衆は
石原のような存在を求めたのだった
そう考えると、「万延元年のフットボール」を契機に
江藤淳と大江健三郎が決裂したのも無理のない話だった
三島由紀夫の死に先駆けて
英雄の死と、その神格化を書いた大江は
それによって
石原の、真に健康な肉体を、冒涜したも同然であったから
今では信じがたいことに
石原、大江と江藤を加えた3人組は
もともと政治的にも近いところにいる同志的存在だったのだ
それが結局、時の流れによって引き裂かれたわけであるが
いずれ避けられない衝突だったにせよ
狂言回しを務めたのが江藤だったことは間違いない
江藤の言うように
「万延元年~」には、反近代的なところがあった
大江健三郎は
三島とは違った形で天皇にこだわり続けた作家である
表現としては反天皇かもしれない
だが、その存在の無力に、価値を見出すようなところもあった
無力であっても生きる資格が人にはある
だが一方、それはもちろん「個人」を否定する思想でもあった
…「共生」とはそういうものである
そう言われると、返す言葉もないんだが
しかしそうであればなおのこと
社会維持のために、強固なシステムが必要となるはずだ
旧来的な意味でのシステムならば
いずれ卵を壊す壁となろう
今更それを認めることはできない
江藤としては
「個人」を突き詰めた先に、新たな共生のシステムが生まれると
そう信じたいのだった
現に、石原と日本国民は無意識で通じ合ってるじゃないか、と
いずれにしてもロマンチックな話である
戦後昭和だから成立した物語である
未来を生きる我々としては
江藤流と大江流、2つの匙加減で味見を繰り返していくしかあるまい
それが泥のスープであったとしても