【感想・ネタバレ】クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界のレビュー

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Posted by ブクログ

『「あんた。人が痛い目に遭ってるって時に、SF世界の夢物語は贅沢品だよ」聴衆のひとりが叫んだ。「資本主義とSFには共通点がひとつあります」コスタが冷静に答えた。「どちらも架空の通貨を使って、未来の資産を取引することです。たとえそれらのツールがいまだSF世界のものだとしても』―『第一章 現代性に敗北する/コスタ』

今年一番の刺激を受ける。オルタナ右翼という言葉を最近聞くけれど、それに対抗するのが詰まるところ新オルタナティブ・レフト(差し詰め新・新左翼という感じ?)というか民主社会主義ということであるとすれば、識者が語るその世界は専制的な政治制度に基づく共産主義よりは緩やかな社会主義に基づく統制によって格差が解消され弱者への手厚い支援が行き届いた社会、例えば一歩進んだ北欧風の社会、という印象で多くの人は語っている気がする。とは言え「識者」にしたところで何処までその概念が遍く行き渡った世界を想像し得ているのだろうか、という素朴な疑問に対して、本書はそんなやわな印象を一蹴して、現実感を伴った社会を設計し具現化して描いて見せる空想科学小説。

原題は「Another Now - Dispatches from an Alternating Present」。故に、「クソったれ」という修飾語は訳者によるもの。いわゆるコペンハーゲン派の多元論的世界観による「What if」式の空想科学小説だが、リーマンショック後に取り得たマクロ経済学的な選択肢が現在を越えて近未来にどのような社会を築き得るのかを示している。Dispatchesという言葉からは、これまたオルタナティブな世界観を夢想して描く「Dispatches from Elsewhere(別世界からのメッセージ)」という米国のテレビドラマを思い起こすけれど、こちらも夢や在り得るもう一つの理想的な現実という主題を扱っていて、本書の世界と呼応している気がする。ただしドラマの方がそんな共生社会を理想として描くのに対し、本書の枠組みは、一見したところ民主的で公的正義の行き渡った社会のように見えるその世界に対して、隠遁生活に入っている急進的な左派の元社会人類学者と元リーマン・ブラザーズのパートナーで自由市場主義の経済学者の二人の対立を通してその世界が真に理想の世界なのかを吟味していくという構図。オルタナティブ(別の選択肢)な共産主義的社会を現在進行形の歴史と並行する架空の世界として描くことで、読者にもその世界がどのようなものかを具体的に提示する。架空の世界を描いた小説とは言え、民主社会主義で知られるバーニー・サンダースとの関係の深い経済学者である著者の啓蒙書的意味合いも本書にはあるのだろう。

だからと言って、本書は単純にそんな世界を理想像として描く訳ではない。『資本主義が約束する永続的な至福の状態とは実のところ、一種の煉獄にすぎない』という深遠な哲学的警鐘もまた、本書の大きな主題の一つだからだ。例えば古代ギリシアの直接民主主義のような「公の正義」を極端に強いた世界は、既知の価値観に基づく正義以外に入り込む余地を無くし、未来の可能性をある意味で排除してしまう。それは人間的な揺らぎ、自由度を無視し、価値を固定し、現状の絶対的な安定をテーゼとする世界でもあるだろう。だとすれば、如何に民主的な制度の行使者(達)であろうと、それはポピュリズムの名の下のビッグブラザーとも言うべき存在とならないか。もちろん、性悪説に基づく人類の行動様式の傾向には対処しなければならないが、その代償として手放すもの大きさは如何ばかりかというのが最初の疑問として湧いてくる。その立場を代弁するのが自由至上主義の経済学者である。

一方の元社会人類学者は、自らが描いていた公共性に基づく社会が具現化しているのを知って何を思うのか。本書が非常に刺激的なのは、経済学者と対立する左派の元社会人類学者が、ある意味で自身の理想に近い社会に対して、手放しで礼讃するのではなく、身長に吟味し課題さえ指摘する点。そして、その解決されていない課題こそ現代人の抱える根本的な問題ではないかと著者は指摘したいのだろう。それは汎世界的な感染症の広がりの中で改めて浮き彫りになった現在進行形の格差や対立の問題とも重なり合い、読者に大きな課題を突き付ける。そして原題にあるDispatch(送り出)されるものとは何か、というのは読んでのお楽しみ。

もちろん、著者ヤニス・バルファキスが描くのは俯瞰した世界像であって、その中では人間は集団的な傾向に要約された因子として存在するだけ、とも言える。従って、個々人の生活のような小さな(しかし膨大な数の)波動は考慮されていないという意味ではどこまでも単純化された架空の世界であることは否めない。それでもギリシアの経済危機に対処した経験を持つ著者が考察したもう一つの世界の可能性について考えることが、今人類が抱える汎世界的な格差問題に対処する上で必要なことであるようにも思えてならない。

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2021年12月20日

Posted by ブクログ

 最近はポスト資本主義を提唱する本が多い。
 それぞれ理想的であり、また欠陥も抱えているが、提案と議論があることは良い環境と思う。
 読んで、どこが良いか、欠陥は何かを読者が考えることが重要ではないかと思う。

 さて、本書は2008年、リーマンショックを機に資本主義と分かれたパラレルワールドのポスト資本主義がどうなったかをSF小説仕立てで書かれている。

 作者が、特に重要視して説明したいところは図が示されている。

・給与体系
・株式市場亡き後の議決権
・配当、相続、積立

 その後もジェンダーやテック企業の市場支配について書かれているが、作者の主張は概ね上の3つだろう。

 さて、給与体系についてはメンバーシップ型からジョブ型、さらに先のプロジェクト型への移行は、おいおい日本でも進んでいくだろう。

 株式保有比率ではなく、一人一票の議決権というのは、プロジェクト専門の合同会社という形が広がっていけば成り立つのでは。
 スタートアップの資金調達も株式市場以外にも、クラウドファンディングという手法が取れる現在では、非上場は株式会社ではなく、合同会社でよいのではと思う。

 そして一点、どう考えても解決できそうにないのが「配当」にあると考える。
 社会資本から個人への配当は、つまりはベーシックインカムである。
 ベーシックインカムは、必要だとは思う。
 最低限の生活保証があるだけで、失敗しても最悪生きていけるというセーフティネットがないと、挑戦ができない。
 財源問題が出てくるが、ベーシックインカムは現金給付ではなく、クーポンの形になら実現できるのでは。

 しかし、俺が思うにベーシックインカムの欠陥が一点。
 ”誰がエッセンシャルワークを引き受けるのか”という疑問が解消できない。
 最低限の生活が保証されれば、誰が好き好んでキツイ仕事を引き受けるのか。
 ゴミ回収、建築物の解体、インフラ保全、その他諸々、更には国防とか。
 最低限の生活が保証されているのに、誰が率先してそんな仕事をやりたがるのか(仕事に貴賤はないと言うけれどさ)。
 ベーシックインカム論に違和感を覚えるのは、頭のいい連中が理想論で語るけど、実際に社会を支えている仕事を見ていないのではないか。
 労働者全員が頭脳労働して社会が回るってわけじゃないんだぜ。

 ベーシックインカムが可能になるのは、おそらく社会インフラが技術的に完全無人化を達成できればと思う。
 それができずにベーシックインカムの導入は、何らかの理由で無戸籍とかで社会保障から外れた人が、そういったエッセンシャルワークを引き受ける、本物の格差社会のディストピア社会が生まれると思うのは妄想すぎるだろうか。

 そんなことを読後に考えました。

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2021年11月06日

Posted by ブクログ

経済的な内容について、判断できないですが資本主義が唯一の主義ではないことを気付かされるだけも価値がある。

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2022年01月19日

Posted by ブクログ

面白い,が,展開が込み入りすぎていてなかなか読みづらい作品だった.
語りや伝聞の形式ではなく,折角なので「もう一つの世界」の実際の様子が描かれていたら,もう少し映像化して読めるのになぁ.

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2022年05月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

パラレルワールドと通信できる機械を使って、資本主義の滅んだ後の世界を見聞するというストーリー。
破天荒な設定で物語を紡ぐためにSF仕立てにするのはナイスなアイデアですが、資本主義を相手にするにしては詰めが甘い気がする内容でした。

資本主義が倒れたあとの「もう一つの世界」では、
・銀行がなくなり、残るのは中央銀行1行だけ
・株式市場がなくなり、社員は1人1株、議決権1票を持つ
・独占巨大資本がなくなり、GAFA消滅し、情報や資本の過度な集中から開放される
・格差がなくなり、中央銀行が国民全員に定額を給付
・上司がいなくなり、好きな相手とチームをつくり基本給は全員同額になる
そうです。

でも、日本の場合は非正規雇用の労働者(労働人口の40%)を正社員化する必要があるし、政治・経済を円滑に回すために不正を防ぐための公明正大なコンピューター・ウィルスが開発・流布されないといけないし、ベーシック・インカムはあっても所得の差は解消されないし…つまり実現性の観点からは追加検討の余地が大き過ぎ。

SF仕立てにするにしても「そういう世界があっても良いかも」と思わせる程度のリアリティが必要と思いますが、本書のアイデアは騙されたくなる程度までには成熟されていないと感じました。
そのため、この小説の好みは、作者バルファキスの提示するパラレルワールドに賛同出来るかに依りそうです。

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2022年03月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

資本主義は欲望を作り出し、必然的に欲求不満を生み出す。
最初から社会主義のシステムが完成されているのなら良いが、現実には資本主義から移行していかなくてはいけない。
そこにハードルがあるのではないか。
一方で、資本主義が万能でないことも確か。
企業のあり方、銀行のあり方、株式のあり方、今とは違う形について考えることは実現可能かどうかは別として、現状を振り返るためにも必要。

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2022年02月15日

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