【感想・ネタバレ】精霊に捕まって倒れる――医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突のレビュー

あらすじ

生死がせめぎ合う医療という場における異文化へのまなざしの重さを、感性豊かに、痛切に物語る傑作ノンフィクション。ラオスから難民としてアメリカに来たモン族の一家の子、リア・リーが、てんかんの症状でカリフォルニア州の病院に運ばれてくる。しかし幼少のリアを支える両親と病院スタッフの間には、文化の違いや言語の壁ゆえの行き違いが積もってしまう。モン族の家族の側にも医師たちの側にも、少女を救おうとする渾身の努力があった。だが両者の認識は、ことごとく衝突していた。相互の疑心は膨れ上がり、そして──。著者は、医師たちが「愚鈍で感情に乏しい、寡黙」と評したリアの両親やモンの人びとから生き生きとした生活と文化の語りを引き出し、モン族の視点で見た事の経緯を浮かび上がらせる。その一方で医師たちからもこまやかな聞き取りを重ね、現代的な医療文化と、それが医療従事者に課している責務や意識が、リアの経過にどう関わっていたかを丹念に掘り起こしている。本書の随所に、異文化へのアプローチの手がかりがある。原書は1997年刊行以来、アメリカで医療、福祉、ジャーナリズム、文化人類学など幅広い分野の必読書となった。医学的分類の「疾患」とは異なる「病い」の概念も広く紹介し、ケアの認識を変えたとも評される。全米批評家協会賞受賞作。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

アメリカにはラオスやベトナム、タイ北部に住むモン族が難民となって住んでいる。
 モン族は中国では苗(ミャオ)族として知られる山岳民族である。無文字で、山地で農業、狩猟をして暮らしている。
家も自分達で建てる。薬草で病気を治療する。
そして精霊信仰をしており、生活の節々で精霊が顔をだす。
この本はアメリカに亡命したばかりのモン族の夫妻に子供がうまれ、その何番目かの娘がてんかんの症状を発症しアメリカの病院に運ばれ、治療、退院を繰り返すなかで不可避的におこった文化の衝突のあらましを、多くの関係者者に9年にわたりインタビューをして書かれたものである。
 アメリカ人からみたら原始的で頑迷でコンプライアンスに欠けるモン族の両親が、実は愛情が深く、誰とでも分け隔てることなく接し、家族はみな喜びに溢れていることがわかる。
 モン族が決して言ってはいけないことをアメリカの医師は行い、決してやっていはいけないことを医師はする。一方医師からみたら呪術的な一見無意味な治療をモン族は望む。そしてその無意味な治療が実際効いたりする。
 この本はてんかんを発症した女の子リアを取り巻くひとびとがどう接し、どう変わったのか、あるいは変わらなかったのかを通じて、人類にとって文明とは、幸せとは何かを問いかけてくる。
 モン族には本来スーパーもいらない。ちょっとして農耕地や自然があればいいのである。
 日本でもアメリカでも社会の底辺の人には生活保護でお金を与えるという仕組みがある。そんな仕組みはここ数10年のことなのである。昔から人はなんとかして生きてきたのである。そのどうしようもなく見えてもなんとか生きるというその1点に人間の尊厳は収束しているはずなのである。

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2022年05月12日

Posted by ブクログ

ネタバレ

難民としてアメリカに移住してきたモン族一家に生まれた赤ちゃんリアが、てんかんの発作を起こしたところからこの一家と病院との長い付き合いが始まる。医師は当然てんかんを脳神経の異常であり薬によって治療するものととらえていたが、両親は度重なるてんかんの発作を「魂を喪失した」ことによるもので、取り戻すためにはチネン(シャーマン)の供儀などが必要だと考えていたのだ。リアを守りたいという強い思いは一致していたものの、言葉の壁以上に世界観や文化の違いが大きすぎてお互いの考える治療はうまく進んでいかない。
両親の投薬不履行が虐待とみなされて裁判所命令が下り、リアが里親の家庭に一時預けられるという大事件の後もその溝は埋まらず、最終的にリアは致命的な大発作を起こして植物状態になってしまった。しかし家に連れて帰れば2時間で死ぬと言われたリアは、モン族的治療と家族の献身的な介護によってその後20年以上も生きるのだから驚く。

リアに関わった人たちの話の合間にモン族の歴史、特に両親やモン族が巻き込まれた戦乱と過酷すぎる運命が書かれている。自分たちの暮らしも尊厳も家族の命も失い、ようやくたどり着いた異国はまるで別の惑星のよう、そこでただのごくつぶしとして漂うように生きることを強いられている、ということがだんだんわかってくると、やるせなさがつのった。もちろんそれだけではなく、医者や看護師たちにも受け継いできた文化があり、守ってきた命があり、人生がある。この本で様々な人の証言を克明に記録しているのは誰が悪いとか、あの時こうしていればとか(そんなポイントは無数にあるのだが)、そういうことを突き止めたいのではない。医者とモン族患者それぞれの背後に巨大な岩のようにして存在する文化と人生を浮かび上がらせることで、「異文化」とはどういうことなのかを見せてくれている。
言葉の壁をなくそうとか、お互いを思いやろうだとか、そんなレベルの話をはるかに超えて、倫理を含めて全てが違っているのはこれほど難しい状況なのだ。いや、本当は人が人と理解し合うということ自体が思ったよりずっとずっと難しいのだろう。医者たちの間でさえ、リアに関する事柄への理解も感情も全然違っていた。それでも悲観的な結論ではなく、この先に進むために書かれているのがすごい。最後までお互いがリアのために尽くしていることを理解できず、折り合うことのなかった父親と主治医の一人がシンポジウムで手を取り合う姿は感動的だけど、それでめでたしめでたしというわけではない。考えさせられる本だった。

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2021年10月23日

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