【感想・ネタバレ】ライカでグッドバイ ――カメラマン沢田教一が撃たれた日のレビュー

あらすじ

「安全への逃避」をはじめとするベトナム戦争の写真報道でピュリツァー賞にかがやき、一躍世界に名を知られ、やがて34歳の若さで戦場に散った“日本のキャパ”沢田教一。情熱と野望に満ちたその人生の軌跡を、ベトナム、アメリカ、ロンドン、香港に訪ね取材し、浮かび上がらせたノンフィクション。ベトナム戦争のある一面を知ることができる貴重な記録でもある。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 学生時代はこの領域の本、映画はよく読み観たもの。開高健、近藤紘一、一ノ瀬泰造、映画は『地獄の黙示録』『ディア・ハンター』『キリング・フィールド』(『ランボー』もか?!)、大学3年の時はオリバー・ストーンの『プラトーン』が封切られゼミの教授とゼミ仲間と一緒に鑑賞しにいった。それらを通し当時の冷戦構造を端的に刺激的に知ることが出来た(理解できたかどうかは別として)。
 本書は復刊版を本屋で見つけて読んでみたが、初版は1981年。1985年に文庫化されるなど当時も目に触れる機会はあったと思うが、タイトルからスル―していたのかもしれない。学生の頃は”ライカ”に、なんの価値も見出していなかったし(そもそも高嶺の花だ)。

 本書は沢田教一というカメラマンの半生を追いながら、著者の徹底的取材によって改めて戦場の生々しい様子を追体験できる内容にもなっていて非常に読みごたえがあった。
 が、本書に求めるは学生の頃に触れた諸作品のような当時の臨場感ではなく、なぜ青森の一青年がベトナムを志し、なぜ命を落とすまで現場でシャッターを切り続けたかを知りたかったから。その点も著者の丁寧な取材によって学生時代の沢田の置かれた環境から解き明かし、多くの証言を交えて、沢田の長くはなかった一生を見事に浮彫りにしている。
 写真集『津軽』をものした小島一郎が沢田と同郷であり、高校生の沢田は小島が撮影に向かう姿を目にしていたという。
「小島一郎のこの厳しい眼が、沢田教一の眼をつくっていった」
 というのは素敵な表現だ。さて、その視線が見つめる先は?!
 
「展覧会に出すための写真を撮りたい。」

 沢田がベトナム入りを目指した理由は極めて明快だった。当時のジャーナリズムの在り方も克明に描かれている。「ベトナム戦争は一方でアメリカのジャーナリズムを育てた」と著者は記し、沢田以外にも戦場のレポート、写真で世界に名を馳せた記者・戦場カメラマンについて多く触れている。サワダの良きライバルだったエドワード・アダムスにも取材し、彼が挙げるベトナム戦争における最もすぐれたカメラマン3人として、ラリー・バロウズ(「ライフ」)、アンリ・ユエ(AP)、沢田教一 を紹介し、しかし「その3人ともが戦場で命を落としている」と書く。
 沢田の言う「展覧会に出すための写真」を撮れたカメラマンでさえ、その1枚で満足せず、次の1枚、また次の1枚と貪欲にのめり込んでいく様が痛々しい。沢田を知る関係者の証言が、沢田ら戦場に散ったカメラマンたちの気持ちを代弁している。

「戦争っていうのは、本当にひきつけられるんですよ」(元毎日新聞徳岡孝夫)

「ベトナム戦争を取材していた者にとって、戦場ほど面白いものは他にないんだ。今ここにいてボート・ピープルを撮るといっても、死にそうな母親や子供たちを撮るばかり。毎日毎日同じ写真なのさ。でも、ベトナムではいつも全く違う写真が撮れた。次に何がおこるかわからなかったからね」(元AP通信カメラマン、ヒュー・バン・ネス)

 かのロバート・キャパも盟友三木淳に、
「一晩考えたが、俺の血がベトナムに従軍するのを止められないんだよ。悪く思うてくれるなよ」
 と言い残し、ハイフォン南方タイ・ビン地区で地雷に触れ40歳の人生を閉じている。

 一度、戦場へ身を投じた報道カメラマンの血は、次の戦場へと自らを駆り立ててやまない。メディアは、そうした彼らの習性を利用した、とまでは言わないが、持ちつ持たれつつ互いに「ジャーナリズムを育てた」のだろう。

 折しも今日(2017/4/21)の日経新聞のコラム【春秋】は、近頃廃刊を決めたメキシコ北部の町シウダー・フアレスの地元紙のことを紹介している。廃刊の理由は、

「人生には始まりと終わりがあり払うべき値段がある。もしその値段が記者の命なら、同僚たちにこれ以上その代償を払わせるわけにはいかない」

 コラムは「なんとも凄絶な文章をかかげ」と書く。その背景は「麻薬戦争」だそうだ。 麻薬組織の利権争いが激化、「下っ端のギャングや警察、軍までも入り乱れて激しい戦いがくり返され、その中で多くのジャーナリストが犠牲になってきた」からだという。

 現場の様子を伝え世に問う。それが民主主義社会における報道、ジャーナリズムの使命だ。伝えることで彼らは世の中を変えることが出来ると信じ、命を賭して真実(スクープ)を捉えようとする。
 がしかし、果たして結果はどうなんだろう…。 以下は再文庫化(2013年)にあたっての著者の「あとがき」からの一文。

「あらためて思うのは、米国がベトナムでの敗戦から何も学ばなかったのではないかといことだ。湾岸戦争、9.11テロ、アフガニスタン紛争、イラク戦争……。シリアはもちろん、中東での果てしない憎悪と殺戮の連鎖は止まるところを知らない。」

 現場からの命がけのレポートや渾身の1枚は、沢田が目指した「展覧会」を飾るだけで終わったのだろうか。

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2017年04月21日

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