あらすじ
宮沢賢治の生き方と作品を実践する場が「賢治の学校」。みんなが賢治にかえる、みんなが賢治になれる。教育の理想のかたちがここにある。「数ある賢治関連の本の中でも特に感動しました」という多くの読者に支えられて10万部を突破。
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生きづらい中で、生きていく
すべてはつながっている。
せかいがぜんたいこうふくにならないうちはこじんのこうふくはありえない。
賢治の学校は、一人ひとりでできる。
技術と営利主義に惑わされている中で、自然を感じる。見る。体験することで、つながっていることがわかってくる。
いろんなこととつながります。
読んでて元気になりました。ありがとうございます。
賢治は、オタクな人なんだな。
Posted by ブクログ
宮沢賢治教職時代の生徒の話や教育者としての著者の体験がまじりあった、暖かな書物。
一筋縄では現せれない多様な顔を持つ賢治の、光の部分が読みたい人におすすめ。
Posted by ブクログ
生徒の中に大事件が起こらないような授業は授業ではない。(林竹二)
鳥山さんは子どもの体にある,本質的なものに興味があった。病んでいる体をこわばっている体を解放させ,五感を開く授業を徹底的にやってきた人だ。宮沢賢治との接点がそこだったなんて。今まで賢治に興味がなかった私にはショックだった。これからでも遅くない。賢治を読もう。賢治の童話を声に出してからだで読もう。
賢治は自分は「ヤマグミの木」だという。ヤマグミの目で改めて自然や人間・社会を見直す。人間は自然の宇宙の一部という認識からスタートしないと賢治も鳥山さんも理解できない。
賢治は茶目っ気もたっぷりある教師だった。「学校は楽しく勉強する所なのです。」ときっぱり言える人だった。「もしおぼれる生徒があったら,自分も飛び込んで行って一緒におぼれよう。」そう言ってのけるすごい人だ。スケールがちがう。彼は無邪気な天才である。
Posted by ブクログ
賢治の生き方から学び,閉塞した現在の社会を生きぬくための本当の「からだ」を手に入れようではないか…という呼びかけの書です。
賢治に関する評論は数あれども,賢治から何を学ぶのかを真摯に追究した本は,あまりありません。賢治が完全無欠な人間であったわけでもありません。だからといって,「賢治のここは,不十分」と追究したとこで,読者自身は何も変化しない。著者は,賢治から学べるところはしっかり学び,自分の人生に活かせるところは活かしていく…そういう態度が大切だと言います。
鳥山さんは元小学校教師で,現役の頃から,からだ全体で自然とぶつかる実践をしてきました。それらは,月刊誌『ひと』にも発表されてきましたし,その中のいくつかは単行本にもなっているはずです。
鳥山さんのいう「賢治の学校」というのはどんなものなのか,本書の最後に掲載されている津村喬氏の寄稿より引用しておきます。
星の数ほど「賢治の学校」を,というのは夢物語のように聞こえるかもしれない。…ただ賢治のような感性をもった「からだ」に気づき,学びを持ち寄って親たち,子どもたち,教師たちのいのちの場をお互い支えあってつくっていこうという呼びかけであるから,賢治のことばにふれてからだのなかに動くものがあった人の数だけ「賢治の学校」がそこからはじまっていっても少しもフシギはないのである。だれにとっても「それ」が起こるというのは,実はそんなにむずかしいことではない。(本書260ページ)