フランス文学の研究者である著者が、空海の思想の内奥にせまる本です。前著『空海入門―弘仁のモダニスト』(ちくま学芸文庫)より、さらに踏み込んだ考察が展開されています。
著者は空海の思想のうちに生命論的な発想を見いだし、ベルクソンに通じるものがあると考えています。空海の思想をある種の生命論とみなす解釈
...続きを読むは梅原猛にもありますし、著者とおなじくベルクソンの哲学に造詣の深い美学者の篠原資明にも『空海と日本思想』(2012年、岩波新書)という著作があるので、そうしたとらえかたは一般の読書家たちのあいだでは、ある程度受け入れられているのではないかと思います。
その一方で著者は、真言宗の宗乗にとらわれることなく、空海の思想に直接アプローチすることをめざしています。本書は、著者自身による文献考証の結果も簡潔ながら示されており、著者がみずから空海のテクストを丹念に読むことで、その真のすがたにせまろうと試みていることがうかがわれます。ただ、そうしたミクロな分析と、空海の思想を生命論として解釈するというマクロな枠組みのあいだには、相当なギャップがあるように感じてしまいました。
新書一冊という厳しい分量的制約のなかで、空海の願文をじっさいに読み解くという手つづきと、その思想の根幹となる発想をともに語るのはむずかしいことなのかもしれませんが、このことが読者のスムーズな理解をさまたげているのではないかという気がします。