マンのレビュー一覧
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幼少時から生来の美貌と感受性で人に取り入り、とある貴族の子息に成りすまして世界中を漫遊した詐欺師クルルの半生…のはずなのだが、しかし、小説はクルルが出発地であるリスボンをようやく出発しようかというところで未完に終わる。もっとも、マンがこの小説を書き始めたのが35歳、その後、中断と再開を繰り返しながら、この第一部を完成させたのが79歳だと言うのだから、物語が完結する見込みは全くなかった。マン自身も、第2部以降を書くつもりはなかったようだ。
しかし、未完であることはこの小説の魅力を増しこそすれ、損なうことは全くない。むしろこの濃密さで世界中を旅されたら、とんでもない長編小説になってしまって、大変 -
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ネタバレ【本の内容】
高名な老作家グスタフ・アッシェンバッハは、ミュンヘンからヴェネツィアへと旅立つ。
美しくも豪壮なリド島のホテルに滞在するうち、ポーランド人の家族に出会ったアッシェンバッハは、一家の美しい少年タッジオにつよく惹かれていく。
おりしも当地にはコレラの嵐が吹き荒れて…。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ -
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ネタバレTitle: Die Betrogene, 1953. Die Vertauschten Köpfe, 1940.
緊迫感のあるプロット、微細な情景・心理描写、トーマス・マンの小説家としての技巧の高さをうかがわせる中編二本が収められている。
「だまされた女」はドイツを舞台に閉経後の年齢の女性が、「すげかえられた首」はインドの想像上の街を舞台に若い女性がそれぞれ中心人物。どちらも、主調は女性の愛欲である。
「だまされた女」で、中年のロザーリエが息子の若い家庭教師に惹かれて行く心情と、対比されているのは、合理的な性格の娘アンナの存在のように見える。だが、加えてロザーリエの信奉する「自然」との -
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表題作2篇、いずれの作品も高橋義孝訳で新潮文庫から出ているはずですが、手に入れにくいのでこの新訳で読みました。帯には、「エロスの魔力これぞ物語を読む醍醐味!」とあります。これはまた「ヴェニスに死す」(光文社古典新訳文庫では『ヴェネツィアに死す』)に関しても同じことでしょう。2作品の饒舌さ、は、この訳でじゅうぶんに味わうことができました。マン後期の作品については、これもいいのかも、と感じました。とても面白く読みました。でも、敢えて言います。少なくとも私は、新訳の『ヴェネツィアに死す』を必要とはしていない、と。解説や訳者あとがきにあるように、訳者自身による「いま、息をしている言葉で」という試みは成
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原著1954年刊。
トーマス・マン(1875-1955)が35歳で書き始め、永らく中断して書き終えたのは何と79歳。
このインテリジェントな(大)作家については、北杜夫さんを通して畏敬の念を持ちつつも、近年は全く関心を寄せることなく、『ブッデンブローク』あたりも結局読んでないのだが、最近になって「トリックスター」への興味から、山口昌男さんの著作に本作がたまに言及されているので気になり、中古で入手した。
少年時代から誰にでも化けてしまう(演技する)天才的な特技を持つ主人公クルルの遍歴を描く。やたら女性にもてる外観と洗練されまくった身ぶり(演技)を持っているのがミソ。
が、本作は完全に「 -
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マンは(新井素子が好きだった関係で)昔から興味があった作家ではあるのだが、実はほとんど読んだことがなく、岩波で「トニオ・クレーガー」を読んだのと、これと同じ光文社古典新訳で「フェーリクス・クルル」を読んだくらい。
『だまされた女』(原題は "Die Betrogene" で、ドイツ語にはよくあることだが、「だまされた女」が一語で驚く)は序盤はタルいものの、主人公が想いを寄せる家庭教師キートンが登場してからは徐々に盛り上がり、衝撃の結末まで一気に読ませる。『すげかえられた首』もインド神話の雰囲気を湛えて楽しい。
いつの日か「ブッデンブローク」も読まねば。 -
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高名な小説家が運命に引き寄せられて旅した先のヴェネツィアでの滞在で出会う美少年への恋と破滅。
主人公が織りなす内なる感情は持てる知識を以て飛躍し、混乱の域に達するが如し。同性への愛情がこの時代にあって相当にインパクトがあったと思われるが現代のマイノリティを肯定する風潮ではその驚きは失いつつも、あまりに美しい少年への思いを共感できるか否かで評価は変わるような気もする。
幾重にも重ねられた言葉で綴る文体はセンスを感じるが矢張り読みにくい。けれど何か惹かれるものがあるのも確かです。
途中までは旅の紀行と出会いが描かれタイトルの予感を全く感じないが、伝染病の噂からまさかこれで?と思わせつつ、最後のペー -
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アッシェンバッハは、才能があり決して怠惰を覚えなかった作家です。
そんなアッシェンバッハは、散歩中に異様な風采の男を見たことで、新奇な異郷への憧れ、解放と負担の軽減と忘却への欲望を感じ、“そうだ、旅に出よう(p16)”と考えます。
そして、ヴェネツィアに訪れます。そこで、ポーランド人の、高貴な時代のギリシア彫刻を思わせる十四歳くらいの少年タッジオを見て、この少年が完璧に美しいことに気づいて愕然とします。
アッシェンバッハは、タッジオを目で追い、後を追いかけることもします。タッジオを愛していたのです。
しかしヴェネツィアの町の中では、不潔な出来事(コレラ)が進行していました。アッシェンバ -
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トーマス・マンの代表的中編のひとつ。
ヴィスコンティの映画でも有名。映画はテレビでちらっと見たことがある。
内容は、よく知られているとおり、確固とした名声を築いた初老の小説家が、避暑地のヴェニスで美少年に魅せられるというもの。
20世紀を代表する大小説家であるトーマス・マンが、堅実で緻密な描写で、一人の芸術家の破滅を描いた作品。
おそらく傑作なのだろうが、個人的にはあまり面白くなかった。読んでも読まなくてもどうでもいいと思った本。
ドイツのくたびれたインテリおやじが恋する相手が美少年ではなくて美少女だったら、もう少し関心がわいたかもしれないが。
それに翻訳がどうも、イマイチなような気がす