山岡淳一郎のレビュー一覧

  • マンション 狙われる修繕積立金

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    マンションの資金プール、管理組合がしっかりし機能しないとやられ放題まである恐ろしい世界。理事長の横領、外部管理方式での利益相反、区分所有権を買ってまで乗り込んで修繕工事を誘導するなど唖然。欠陥住宅をつかまされる悲惨さ、廃墟になる恐れもあるタワマン、知らないことだらけの難しいマンション絡みのお話でした。必読です。

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    2026年10月06日
  • 炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅

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    やはりとてつもなくすごい人ですね。
    と同時に考えてみれば当たり前だけど、それを一人で成し遂げたわけでなく、思いを共有する仲間がいたからこそだと思います。
    読んでてわかっていながら、凶弾に倒れたところでは少し苦しくなりましたが、誰がやったのか、何故なのかに自分の興味が向かなかったのは、そういう書かれ方をしているのもあるけど、成し遂げたこと(進行中のことも含め)の前ではそれが大きな意味を持たないと感じたいうことでしょうか。
    亡くなったことはもちろん悲しすぎることではありますが。

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    2026年08月28日
  • 炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅

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    ネタバレ

    【炎と水】 山岡 淳一郎 著

     本書は、著者による現地や関係者へのインタビューをもとに、外部から中村哲を浮かび上がらせたノンフィクションです。中村哲の考え・活動に加え、当時の経済・政治動向、関係者の経歴や証言などが多数盛り込まれ、多角的に見ることができます。

     医療から井戸掘り、そしてクナール川の灌漑活動と、後半に向けて盛り上がってきます。クナール川の水をガンペリ砂漠に引き込み、人口は3万人から15万人に増え、ここでとれる食料は今や65万人の生活を支えるに至ります。因みに、並行して見たドキュメンタリー映画「良心の実弾~医師・中村哲が遺したもの」では、このビフォー・アフターが映し出されますがこれは圧巻。さらに、「百鬼夜行の街」で身の危険を感じながら事業に邁進したにも拘らず、凶弾に倒れる本書の最終章も圧巻です。

     中村哲は、村民が意見を出し合いながら長老が差配する「民主的な」現地事情をわきまえずに多くの混乱を生じさせる「三つのU(USA、UK、UN)が嫌い」だったと言います。一方、JICA理事長だった緒方貞子とは意見を戦わせる相手ながら、JICAとの共同事業は良好で、国ごとに異なる状況に合わせる重要性を知らされました。

     最終章では、日本に戻った元メンバーが、「こんなに水と緑があふれた国ってないですよ」と呟きますが、ここまで読むと納得できます。また、ガンペリ砂漠の灌漑工事には、江戸時代に構築された中村哲の地元・山田堰を参考にしたそうですが、中村哲の事績のみならず、先人の知恵や日本とは異なる現地事情など、さまざまに考えさせられた一冊です。

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    2026年08月12日
  • 炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅

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     中村哲の本はこれで何冊目だろうか。中村哲本人ではなく、ジャーナリストの目で、医師中村哲を、花と龍作家火野葦平を伯父にもち沖仲仕の親分の玉井金五郎の孫、クリスチャンとしてのアフガニスタンでの生き様、功績を書いている。著者山岡淳一郎のあとがきまで読み進めて、震えと感動をおぼえた。中村哲のような人は現れないだろうが、日本人にこんなすばらしい日本人がいたことを改めて思い知らされている。この本の評価は五つ星たがいくつあげてもあげすぎではない。
     なんで凶弾に倒されねばならなかったのだろうか。怒りと不条理を感じる。

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    2026年05月15日
  • 炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅

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    医師、というより灌漑土木でアフガニスタンの砂漠を緑に変えた男、中村哲さんの
    生きざまをつづった本。
    中村哲さんの功績について読むのは2冊目。
    今回は中村さんだけでなく、彼の活動に賛同し、実際に現地でともに動いた人たち
    にも着目し、その様子を綴っている。
    より立体的に中村哲さんの思いが伝わってくる。
    良書だ。
    なんでこういう人を殺したのか。
    医師として命を救う以前に、食糧の源、小麦が作れる環境づくり、
    すなわち水の供給に命を懸けた人を、なんで死なすのか。
    ただ、共に働く人たちがいるので、彼が死んでも活動は止まらない、
    これはすばらしいし、そうあらねばらなない。
    中村さんだけの活動ではない、ということだ。

    人の役に立つ。大事なことだ。

    プロローグ 水が天に昇る谷
    第一章 革命の炎
    第二章 同志
    第三章 浸礼――永遠の別れ
    第四章 青春漂流
    第五章 失われた世代
    第六章 空爆とナン
    第七章 冬の陣
    第八章 口紅
    第九章 カカムラ!
    第一〇章 帰還
    あとがき 神と出会った男、神になりたかった男

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    2026年04月22日
  • 生きのびるマンション 〈二つの老い〉をこえて

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    マンションの終わり方って考えたことなかった!また、修繕積立金をむしり取ろうとする業者たちのことも知らなかった。分譲マンションに抱いた憧れは粉々です。

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    2022年12月01日
  • 生きのびるマンション 〈二つの老い〉をこえて

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    ネタバレ

    レビュー済みの商品 · 2020年9月20日

    生きのびるマンション <二つの老い>をこえて
    山岡淳一郎氏による著作。
    2019年8月22日 第1刷発行。

    著者は1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。
    愛媛県立松山東高等学校卒業、早稲田大学中退。
    雑誌編集者をへて、ライター集団「S&Bプランニング」で政治、社会、経済、スポーツなどについて執筆
    「人と時代」「公と私」を共通テーマに政治・経済・医療・近現代史、建築など分野をこえて執筆。
    時事番組の司会、コメンテーターも務める。
    一般社団法人デモクラシータイムス同人。

    著者の過去の執筆を見ていると、確かに幅広い。
    分譲マンションだけというわけでも無い。
    分譲マンションに住んでいる人も日本でかなりの数にのぼるはずだ。
    非常に身近でかつ重要な問題であるけれど、その維持管理に無関心な人が多い。
    だから本の数も他の分野に比べると少なめなのではないかと思った。
    修繕積立金が不足しがちで、無関心、放置を続けると分譲マンションはあっという間にスラム化していく。
    逆に関心を持ち、維持発展、住民の意思疎通の豊かな分譲マンションは100年住宅として続いていく。
    選択の余地は無い。
    どういった事に注意し、模索していけば良いのか本書を読む事で方向性を大きく踏み外す事は無くなると思う。
    また広告チラシを見ているとついキラキラしたタワーマンションに憧れたりするものだけれども、維持管理という観点から言うと一般的なマンションよりも優れているとも言い難いのだなと学びになる事は多かった。
    行政もマンションの維持管理をしやすいように法改正なり規制をしていくべきであろう。
    行政代執行で廃墟マンションの解体をしても解体費用を結局自治体側で負担しなくてはならないケースが出ている。
    とは言えどもその数が増えれば、今のような対応は不可能になる。
    本書に登場した維持管理に成功したマンションは100年住宅を目指し安定した生活を送ることが出来ていて何よりだ。
    鎌倉小町マンション、労住まきのハイツ、ルミエール西京極
    不動産広告のチラシや冊子だけからは見えてこないものが分譲マンションでは多い。
    NPO法人京滋マンション管理対策協議会のHPもかなり勉強になる。

    印象の残った部分

    2018年末現在、全国のマンション戸数は約655万戸、約1525万人が暮らしています。
    その内、築後30年超が約198万戸で3割を突破。築40年超は約81万戸です。

    国土交通省が5年に一度行う「マンション総合調査(2018年度)によれば
    計画よりも修繕積立金が不足するマンションが34.8%を占めています。

    マンション居住者の62.8%が「永住」を希望しており、世帯主の半数は60歳以上です。70代、80代の世帯主も増えており、数多の管理組合が理事ポストの継承につまづき、活動を停滞させています。

    多数の住民は管理組合の活動や維持管理に関心がありません。
    管理会社に任せておけばいい、と等閑視しています。
    そのまま無関心のベールがマンションを覆えばどうなるか。
    スラム化を呼び込みます。管理不能で住環境が荒れ、空室が増えてスラムへと転落するのです。

    スラム化が進んで廃墟状態になったマンションの末路は、一般的には所有者の全員合意、耐震性不足の物件なら5分の4以上の賛成で建物の解体、敷地売却。区分所有権の解消です。
    もしくは自治体が危険な「特定空き家」に認定し、所有者に除去命令が出されます。
    応じない場合は「行政代執行」。
    費用は所有者に請求されます。

    他人にお任せの管理組合は、大規模修繕に際して悪質な建築コンサルタントや管理会社の主導で、「談合・リベート」の餌食にされ蓄えた修繕積立金をごっそり巻き上げられます。

    購入者の大半は入居してから管理組合の役割に気づきます。
    これで維持管理に関心を持てというほうが無理です。
    だいじな問題にふたをしたままマンションは売買されているのです。
    目を海外に転じれば、米国にはパブリックレポートの発行制度があり行政が共同住宅の購入希望者に、あらかじめ管理規約や長期修繕計画、管理委託契約などのレクチャーをします。
    消費者は住宅の購入を思いついた段階で維持管理の知識や共同の務めを把握できるのです。

    賃借人の多いマンションほど無関心層が多く、管理組合の理事のなり手が少ない。マンションに「永住」したい住民と、
    投資で儲けたい区分所有者の維持管理への向き合い方が違うのは当然でしょう。

    日本の全住宅流通量に占める既存住宅のシェアは約14.7%と、欧米諸国のわずか6分の1程度です。欧米とは建築文化や大地震の有無、
    消費者の嗜好に違いがあるとはいえ、なぜ日本では住宅が余っているのに毎年、100万戸近くも新築が市場に投入されるのでしょうか。

    空室が全戸の20%を超える危機的なマンションの比率は、築後30~39年で2.1%、築後40年超では4.4%に上昇します。
    築後40年が空室問題の深刻化する境目のようです。

    マンションの空室問題は、一戸建てとは異なる難しさをはらんでいます。
    相続人が遠方で暮らしていて、相続したマンションの立地が悪いと住戸のリニューアルや売却、賃貸が困難になります。
    設定できる賃貸料や売値が安くて採算に合わず、住戸は不良資産へ。
    余計な出費はしたくない、と管理費や修繕積立金の滞納が始まり、管理組合に累が及ぶのです。

    単身世帯で「天涯孤独」を貫いた人が遺した住戸の処分は大変です。
    管理組合団体の幹部は次のように言います。
    「一般人では調べ尽くせない来歴の故人もいます。本当に誰1人、連絡が取れない人は役所に頼むしか無い。結局は警察ですね。
    警察は独自の情報網で係累を探し出してくるけど、遠い地方や外国に住んでいて、そっちで処分してくれ、という縁者が多い。最後は競売ですけど管理組合にかかる負担は大きいですよ」

    本来、鉄筋コンクリート(RC)造の建物は、40年や50年で寿命が尽きるものではありません。
    国税庁はRC造の耐用年数を47年としていますが、これは会計上の減価償却の対象となる期間であり、物理的寿命とは別物です。
    RC造は47年経過すると会計上の建物の価値は0になります。
    しかし建築の専門家の間では「RC造は通常60~70年、補修して良い状態を保てば100年は大丈夫」といわれています。
    管理不能に陥らなければ、建物は1世紀の風雪に耐えられます。
    デリケートなのは、設備、とくに上下水道や電気・ガスの配管です。
    配管の寿命は30年程度ともいわれています。
    古いマンションでは給排水管がコンクリートの柱や床に埋め込まれていて交換に大掛かりな工事が必要なケースもあります。

    管理組合の使命は、一言で表すと「みんなで話し合って決めて実行する」こと民主的な意思決定に尽きます。
    理事長は毎年少なくとも1回の通常総会を開かねばなりません。
    決議の内容によっては臨時総会も招集できます。
    議案は、普通1住戸1票を持ち、多数決で議決されます。
    総会が成立すれば、収支報告や管理費の決定、管理会社の変更などを決める
    「普通決議」は区分所有者および議決権の過半数で、管理規約の設定や共用部分の変更などに関する「特別決議」は同じく4分の3以上、
    建物の建て替えは5分の4以上の賛成で可決します。

    人口減少と超高齢化の重圧がかかる日本。
    マンションを含む住宅の制作を、根本から見直す時期にきています。
    「新築・売り抜け」から「いい建物を修繕、改修しながら長く使う」方向への転換です。

    大規模修繕・・ほぼ15年周期で外壁や防水の補修、鉄部塗装などを行う大規模修繕は、物理的に建物を長く、良好に保つ手段です。
    とともに外部の専門家の協力を得て、建物を調査・診断し、計画を立てて施工業者を選び、工事の進み具合を監理し、竣工、アフター点検へと至るプロセスは、住民の意思決定によって支えられています。話し合いと合意が欠かせません。
    大規模修繕は、単なる建物の化粧直しではなく、マンションという共同体を維持する試金石となります。
    「自分たちの未来を自分たちで決める」自治的な事業なのです。
    もちろん限られた修繕積立金は無駄なく、有効に使いたい、と住民誰しもが願っています。積立金が不足がちで困難な状況であればあるほど何をどう選ぶかが重要です。


    築後30年、40年で廃墟と化すマンションがある一方、築後50年が折り返し点、100年持つ楽園も存在します。
    スラムと楽園の格差は開いています。
    自治体もスラム化を防ぎ、マンションの格差を縮めようと動き出しました。
    かつて自治体はマンションを私有財産とみなし、かかわろうとしませんでした。
    しかし、社会的影響力が高まったマンションを「新築・売り抜け」のレッセフェール(自由放任)に委ねていてはスラム化を止められず、地域が崩れます。
    そもそも日本の都市計画が欧州のように機能していれば、野放図な住宅供給は続かなかったはずです。
    欧州では「計画なくして開発なし」の原則が貫かれ、都市づくりの基本理念と
    目標を示した「マスタープラン(総合計画)」のもと、
    「地区詳細計画」で細かな土地利用が決められます。


    支払う側の施工業者、工事業者はリベートを負担に感じていないのでしょうか。
    山田さんは「業界の一般論」として、こう証言します。
    「支払う側も、もぎ取られている感覚はないのです。特に小さな工事業者は営業マンを雇うゆとりがありません。営業活動をしなくてもコンスタントに仕事がもらえるなら、コンサルや管理会社にリベートを払ったほうが楽です。
    だから、談合もリベートも「共存共栄の必要悪」と容認する空気が業界には蔓延しています」


    概して投資色の濃いタワーマンションは、常に多数の賃貸を抱え、上層階の億ション組と、下層階の住宅ローン組では価値観が違います。
    共同体の育み方次第で、先々、タワーマンションも持続可能な楽園とスラムに二極化するといわれます。
    二極化の分かれ目は、管理組合の維持管理です。
    超高層の建築構造や、設備は極めて特殊で、物理的にも一般のマンションとは違った難しさが横たわっています。

    超高層マンションのそれは一般的な大規模修繕とはまったく別物です。
    そそり立つ外壁や屋上の防水でこと足れりではないのです。
    超高層は、工法、材料、システムすべて斬新で同じものはありません。
    究極の一品生産です。一つずつ対応が異なります。
    とくに「設備」のすそ野が広く、メンテナンスに莫大な費用がかかります。
    外壁よりも設備の更新にかかる費用のほうが、よほど「大規模」なのです。
    このタワーマンションでは、共用部分の空調の更新に四億円、
    セキュリティインターホンが2億円、照明のLEDへの交換で1億円、
    さらにヒーツと呼ばれるガス熱源による住棟セントラル給湯・壇冷房システムは20億円の費用を要します。
    (中略)
    これらの設備は、外壁の経年劣化と同時並行で傷み、陳腐化します。
    外壁修繕よりも設備の更新を優先しなくてはならない場合もあります。
    つまりタワーマンションの維持管理は、多元方程式を解くようにいくつもの解を導かなくてはなりません。
    従来の呼び方を止め、「多元改修」とでも称したほうが実態に合っています。
    元のレベルに戻す修繕ではなく、設備を新たにして機能を高める改良を含む考え方への転換です。

    地震が少なく、石造りと木造が地域特性に応じて受け継がれてきた欧州では建物に手を入れて長く使う文化が根付いています。
    以前、団地再生の取材で訪ねた北欧では、「初代が家を建て、二代目が家具をそろえ、三代目が食器を整える」と教えられました。
    三代、100年かけて住まいも成熟するという哲学が浸透しているのです。
    一方、地震が多く「木と紙」で家を建ててきた日本は、戦後、急ごしらえの劣悪な住宅が大量供給されたために短期間でのスクラップ&ビルトが推奨されます。
    国交省が2006年に発表した「滅失住宅の平均築後経過年数」は、
    日本30年、米国55年、英国77年。
    建ててから壊すまでにこれだけの差があるのです。
    さらに2016年の国交省データでは、「住宅投資に占めるリフォーム投資の割合」が、
    日本28.5%に対し、英国55.7%、フランス53%、ドイツ73.8%。
    日本は新築に偏り、建物の改修・改築に極めて消極的です。
    中古住宅の流通シェアの低さと合わせて、日本の不動産・建築業界がいかに
    「新築・売り抜け」に依存しているかおわかりいただけるでしょう。
    しかしながら、戦後、70数年が経ち、住宅の質はかなり向上しました。
    鉄筋コンクリート造のマンションは地震に強く、給排水管など設備のメンテナンスを怠らなければ長持ちします。
    給料が右肩上がりの高度成長期には、賃貸アパートを振り出しに所帯を持ったら賃貸マンションに移り、しばらくして分譲マンションを買う。
    さらに戸建てに住み替えるという「住宅すごろく」が機能していましたが、それは過去の話。
    マンション居住者の永住意識は年々高まっています。
    もはや、長く住み続ける工夫なくしてマンションの未来はないのです。
    スクラップ&ビルトから、三代・100年への転換が求められています。



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    2021年12月10日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

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    ほとんどの疾病は個人的な出来事だが感染症だけは社会的な事件であることを新型コロナウイルスは再認識させてくれた。そこには政治や経済も大きく関わってくる。また、グローバリズムの中で外国から持ち込まれる感染症への対応の難しさもクローズアップされた。

    日本における最初のグローバリズムといえば幕末の開国と明治維新だ。幕末の開国は感染症に対する開国でもあった。コレラが長崎から上陸し幕末明治に大流行、西南戦争では戦死者よりも病死者が多いほどだった。そこから公衆衛生という思想が生まれる。ここで活躍するのが日本の衛生行政を確立した後藤新平、そして世界的細菌学者となった北里柴三郎というヒーローが生まれる。この頃の最近発見の先陣争いにも、北里VS東大閥、内務省VS文部省、コッホVSパスツールなどの複雑な競合関係が。

    そして明治の官僚や軍隊が制度的に安定してくると、文部省ー東大閥ー陸軍体制という国家権威はそうしたヒーローを排除し、官僚と学閥と軍が衛生行政も医学も支配していく。鴎外森林太郎も権威の側にあった。日本の医学部に特徴的な権威主義的医局制度の源泉でもある。「医局講座制は効率よく医学を浸透させるメリットを持つが、結果的に閉鎖的で家父長主義に染まった医師集団を生んだ」(P104)、その通り。

    20世紀になるとスペイン風邪がコロナと同じ光景を産み出す。この時もマスク配布が実施されたことに驚く。軍制に取り込まれた医学が生み出したのが軍医石井史郎にが率いる「悪魔の飽食」細菌戦の731部隊。この部隊が主導して陸軍軍医学校防疫研究室や戦地の防疫給水部が一体となった「石井機関」が細菌戦のための人体実験を実行。

    細菌戦は大した実効性もなく敗戦を迎えたが、恐ろしいことに米軍との関係で免罪を得た石井機関幹部は一転して戦後の公衆衛生の担い手になる。今の国立感染症研究所は元予防衛生研究所であり石井機関出身者が要職を占めた。国立国際医療研究センター(新宿)も国立がん研究センターも元をたどれば軍関連の施設なのだ。病院関係だけでなく医療ビジネス界にも元731部隊関係者が多数流れ込んだ。製薬会社や民間の研究所など、いかに石井機関が石井機関が医学・公衆衛生分野のエリートを集めていたかがわかる。

    この戦後の復権で重要な役割を果たしたのが石井の片腕、内藤良一。内藤は血液産業に目を付け日本ブラッドバンクを設立し戦後の売血大国日本を作り出す。それが肝炎ウイルスの蔓延を引き起こす。さらに売血の中止と引き換えに血液製剤の販売権をえたことが後の血液製剤によるエイズ禍へと負の連鎖は続く。

    海の向こうでは中国発症のウイルス感染症、SARSに新型インフルエンザ、WHOもからんで政治的にもゆれる。極めつけはアメリカのバイ・ドール法(1980年)、教育・研究機関の科学的成果の特許権(=占有権)を認めたこの法律のために、研究機関は薬剤利権の下請け状態に。そういえば、本庶先生もオプジーボで小野薬品ともめてましたね。そしてコロナ禍の今、ワクチン開発ももちろん利権が深く深く関わっています。

    一連の流れを見ると、パンデミックはお金になるという側面がたしかにある。湯水のごとく税金を投入しても文句を言えない。感染症にからむ政治・利権・金の動きをコンパクトにまとめて読ませる一冊。「ゴッド・ドクター 徳田虎雄」を書いた山岡淳一郎氏の筆力に再び唸らされた。

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    2021年02月26日
  • 木下サーカス四代記―年間120万人を魅了する百年企業の光芒

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    そういえば、サーカスといえば「木下大サーカス」を連想するが、木下以外のサーカスは思い浮かばない。それもそのはず。かつて、日本では多くのサーカスの興行集団が存在したが、ほとんどが経営難のため撤退、今では木下サーカス株式会社のみが生き残っているのだ。その木下は2002年にて創業100周年を迎え、現在でも好調な観客動員と経営を維持している。

    木下サーカスは、日露戦争直前の1902年に創業される。創業者木下唯助以降、代々、木下一族がトップをつとめ、今では4代目。戦争による混乱期や10億円もの負債を抱えた時期、3代目の突然の危篤状態などの危機を乗り越え、現在では営業や福利厚生面に力を注ぎ、大卒生も採用している。

    同族企業経営といえば、会社の私物化が起こることもあれば、家族ならではの団結力を見せることもある。木下サーカスの場合は、後者だった。現在の4代目はもともと、空中ブランコ担当。その経験を活かして、団員が家族と同居できるコンテナハウスや撤収時間を重視したテントの開発など、その日暮らしの旅芸人というサーカス団のイメージを覆す努力を継続している。

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    2020年01月25日
  • マンション 狙われる修繕積立金

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    コツコツ積み上げた修繕金が詐欺まがいの会社に吸い取られ、建てる事だけを支援しその後は野放しにする政策のもと、建物だけでなく住民も「老朽化」するマンション。にも関わらず価格は上昇する一方だ。様々な矛盾が生まれる構造と、それを避ける策を提示する。

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    2026年07月27日
  • ゴッドドクター 徳田虎雄

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    本書は、去年、86歳で亡くなった徳洲会、創業者、
    徳田虎雄の波瀾万丈の人生を描いた傑作。

    「生命だけは平等だ」という、理念で、過疎地の医療、24時間対応、患者様からの贈り物は一切受け取らないという決まりは患者目線で分かり易い。



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    2024年08月12日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

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    新型コロナウイルス感染症の混乱の振り返りに始まり、医療学閥問題の端緒、人体実験を行った731部隊の暴挙と関わった医師が処罰されなかった事実、結核とハンセン病の差別の実態、医療に巣食う利権と癒着の実態を丁寧に鳥瞰して現在医療の問題点をあぶり出し、情報を一部権力者や専門家に握られるのではなく透明にして自ら考えるようにすべきとします。リテラシー向上のためにも勉強する意欲は維持しなければならないですね~

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    2023年11月23日
  • コロナ戦記 医療現場と政治の700日

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    いまだ何が正しくて、何が隠されているのかわからない現状。医療現場も医療行政も手探りで必死に対応してもらっていることを再確認。
    ワクチン開発も失敗。コロナ前から誤った方向に進んでいた医療行政。正しい判断ができなかった医療機関。そして私たち。反省が活かされる社会になりますように。

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    2022年01月30日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

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    パンデミックで可視化された、不都合を生じうる利権の問題が歴史の道程においてどのように生じたか。

    国や体制や時に個々人の感情というものは、感染症という共通の敵を前にして対立や泥仕合を生んできた。

    現代的な利権という語句の金銭要素よりはむしろ、日本や諸外国における感染症事例において我々の共同体社会が不和を起こした結果救うべきものを救えなくなった、というものさしで測れない問題を改めて認識しなおすべきなのだろう。

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    2021年11月19日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

    購入済み

    利権か

    731、ハンセンに紙面が咲かれている気がした。利権というのならその部分を掘ってほしかった。それでも興味深い

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    2021年08月15日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

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    2020年7月の時点での新型コロナの問題点を取り上げているが、2021年4月の段階でも解決できている点は非常に少ない.本書では原因として旧厚生省と文部省の根の深い争いを指摘しているが、彼らが自分たちの組織を第一に考え、国民のことはおざなりにしている姿勢は以前から改善していない.さらに731部隊の総括もないままにうやむやにしている現実を見ると、彼らの良心はどこにあったのか、寂しい限りだ.幸い我が国では新型コロナのワクチンが開発できなかったので、それに纏わる利権の問題は発生していないが、このような時勢でも鵜の目鷹の目で暴利をむさぼろうとする輩は出てくるに違いない.官僚機構の不効率な実態を厳しく指摘している好著だ.

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    2021年04月13日
  • ドキュメント 感染症利権 ──医療を蝕む闇の構造

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    新型コロナが蔓延する中、こんなところにも公的機関の縦割りが影響する。
    大学病院を管轄する文部省と感染症対策を施す厚労省。縦割りが無ければ感染拡大を少しでも抑えれていたかもしれない。
    そして、戦争時の日本軍に人体実験をしていたウイルス研究部隊の存在は恐ろしい。

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    2021年03月27日
  • ことばを写す 鬼海弘雄対話集

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    ネタバレ

    きかい ひろおと読むのね。
    好きだわ、この人の写真。
    モノクロームで外国が多いけど子ども、風景、
    他の写真も観たくなった。
    対談相手の山田太一目当てで読んだけど、思わぬ拾いもの。

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    2020年03月15日
  • 木下サーカス四代記―年間120万人を魅了する百年企業の光芒

    Posted by ブクログ

    岡山市表町商店街の南端に「千日前」という一画がある。ほんの20年前までには此処は6館ほどの映画館が林立する映画館街だった。60年前は、正月前後などは人混みでごった返す盛況だったと先輩から聞いている。更に遡ること100年前、映画の街はサーカスに続いてこの街で産声を上げ、戦災をくぐり抜け岡山の興行ならびに大衆文化をリードし続けた。

    今、私たち映画ファンが娯楽を楽しんでいられるのも、先人たちが健康な興行を始めたお陰だと忘れないように本書を紐解いた。因みに、本書では言及していないが、千日前商店街の大看板は昨年秋に撤去された。現在の木下サーカス本部があるビルの目の前に、新しい市民会館の建設が始まっている。新しい文化の殿堂が造られようとしている。

    もう文章は波乱万丈だ。今や世界三大サーカスの一翼を担う木下一族。118年前に岡山から幕を開けたという。サーカスという一般には知られていない仕組みと事業の継承に関するドラマがてんこ盛りである。絶対映画に出来る。映画並みの心踊る導入部を各章に設けて綴っている。‥‥それは読んでもらうとして、岡山に関する事を中心に私的メモを以下に残す。


    ・1886年、岡山市中島(旭川の中洲にある遊郭街)に芝居小屋「旭屋」が立ち上がる。木下藤十郎30歳。唯助はその養子。蓮昌寺の高市を仕切る。
    ・一代目(矢野)唯助は、西大寺観音院の裸祭りの興行の仕切りを四国や関西から取り戻した。
    ・1902年、軽業一座創設、奉天、ロシアなどを回る(木下サーカス創設)。
    ・1909年蓮昌寺の矢野巡回動物園(ライオン・カンガルー・ベンガルトラ・狼・駝鳥)に1日観覧者8千人。複数興行で、北海道・東北を回る。
    ・1916年、唯助は大阪千日前の被災した奥田社中を取り込み、甥に軽業、曲馬主体の第二部を作らせた(後の矢野サーカス)。
    ・1919年、岡山市天瀬の帝国館の向こうを張り、金馬館開設、初めて映画の昼興行を行った。大正末に若玉館も開業。さらに映画館二館、旅館、料理屋、銭湯などを同地に建設。「千日前」という歓楽街に変わる。
    ・関東大震災(1923)の時に、靖国神社で「世界無比日本アームストロング木下演芸曲馬団」の準備をしていた唯助は、被災支援で都民の心を掴む。(中原中也「山羊の歌」所収「サーカス」はおそらく木下曲馬団)大儲け。一方矢野巡回動物園は閉鎖(1926)。
    ・1943年9月鳥取大地震。弟の行治が準備中に圧死。
    ・1945年、岡山大空襲、映画館灰塵に帰す。娘婿二代目光三、中国から帰還で妻子と離れ離れ。
    ・1946年9月大阪歌舞伎座で木下サーカス復興第一公演。金馬館、文化劇場、若玉館、白鳥座の順に映画館が再築。※私たちの調査では金馬館は現在美容室になっている(昭20-33開館)、白鳥座は現在は駐車場(昭25-60開館)である。他の映画館の名前は知らなかった。
    ・光三はサーカス界で初めての大学出の団長になった。団員の意識改革、近代化に努めた。
    ・1950年、戦後初の芸能団体の渡米でハワイへ。
    ・近代化への「革命」、丸太掛け小屋から洋式の丸テントへ。会場の不便解消、歩方や太夫元のしがらみからの解消。宣伝(新聞社やテレビ)には、軍隊の宣撫活動が役に立つ。
    ・1962年一代目唯助の葬式を、千日前の文化劇場で執り行なう。花輪が千日前商店街を埋め尽くした。
    ・1973年、韓国親善公演を目指して、政府に「岡山が生んだ世界三大サーカス、木下サーカス」の保護・育成を申請している。金大中事件で頓挫。タイやソウルやフィリピンなどの海外公演に拘ったのは、光三の戦中体験に関係していたのかも。誰にも何処にも語ってはいない。
    ・1968年、司法試験を目指していた長男光宣を成田山の1週間断食に誘い、木下サーカスに入る事を決意させる。商店街入口に建設中の7階の「ニュー千日ビル」の木下興産専務へ。
    ・1974年次男唯志が父親入院を機に銀行内定を蹴り、木下サーカス入団。週休を認めさせる。
    ・1983年、光宣が三代目襲名。待遇改善、住環境の改善(トレーラーハウス)。
    ・1988年瀬戸大橋博覧会会場の公演で大赤字。※坂出は本当に人出が無かった事を思い出した。博覧会ばっかりが続いていた頃で、飽き飽きしていたし、第一岡山から高い瀬戸大橋通って行く気が全く起きなかった。三億円の赤字。
    ・唯志は岡山に英会話学校「プリンストン」を開講、3年間で黒字へ。
    ・1990年、光宣倒れる。唯志4代目就任。負債10億円。
    ・「シルク・ドゥ・ソレイユ」はプログジェット型ビジネス、「木下サーカス」は大家族ビジネスで世界一へ。
    ・2018年岡山公演、西日本豪雨のあと連日35度を超える猛暑、熱波(天井付近は40度を超える)との闘いだった。一台1千万円のエアコンを8台使い凌いだ。また、大阪関空を襲った台風21号を前に千秋楽前にこの公演を畳んでいる。公演は自然との闘いである。
    ・此処で告白するが、まだ一度もサーカスを見たことは無い。2018年も行きたい行きたいと思いながら、1人で行くのが恥ずかしくて行けれなかった。次回は何としてでも行きたい。

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    2020年02月10日
  • ゴッドドクター 徳田虎雄

    Posted by ブクログ

    徳田の生涯が目まぐるしくて、なんというか忙しくて休む暇もない大変な人生だなーと思った。自分はのんびりやなので、読んでいると疲れてしまう気さえする。
    命だけは平等だたいう理想論と権力に固執する俗物さがまた多面的で面白かった。徳田の中では両者は分かち難く結びついているのだろう。
    島で生まれた人ならではのコンプレックスに裏打ちされた負けん気のようなものはとてもよくわかる。自分もそう田舎のバカ高校の出身なので。その辺はすごく共感した。
    著者の徳田に対する公平な視線も気持ちいい。類書は著者が徳田シンパみたいになってしまっているのでしんどい。徳田の横暴さが部下への暴力行為として発露してしまうような部分を笑いや美談にせずに欠点としてきちんと書いているところなどすごく偉いと思う。

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    2020年02月06日