木佐芳男のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
戦争との向き合い方について、日本国内では常に優等生として比較されるドイツ。だが本書を読めばその印象は大きく変わる。
ポイントとなるのはナチスとドイツ国民の巧みな切り離しと、ホロコーストとそれ以外の戦争犯罪の明確な区別である。 「過去に盲目となる者は~」でおなじみのヴァイツゼッカー演説やワルシャワゲットーの献花台でひざまづくブラント等、象徴的に取り上げられなかば伝説化している事実についても、よく吟味するとこの二つの論理が徹底されていることがわかる。 ナチスとホロコーストを完全否定するかわりに、ドイツ国民、国防軍、その他の戦争犯罪については言及を避けることで、ドイツは国家としての戦後補償を大きく免責され再軍備を果たす。同じユダヤ人でもアメリカ在住者と東欧国籍者で補償額が天と地ほど異なるなど、興味深いエピソードも多い。
本書の刊行から四半世紀、いまだに根拠の不確かなドイツ礼賛が続くのはどういうわけなのだろうか。 -
Posted by ブクログ
期待していた以上に面白かった。
ぼんやりと、歴史認識とか、某隣国とか、いろんなこと心理学的に分析したほうがいいんじゃないかと思ってたんだが、まさにそういう本。
キーワードはマインドコントロール。
WGIPも含んでいるが、それを進歩的文化人たちが自ら継続している。
自己愛パーソナリティ障害と、統合失調症。
なるほどなあ。要は、厨二病だよ。
某社も、某国も色んな、今の日本を取り巻くところがそれで理解できる。
先の大戦についての日本の無策も、統合失調症から考えることができるんだ。
大事なところは心理学の先生へのインタビューがメインになってて、誰の本だよと思わなくもなかったが、参考図書の量もすごくてしかも反対意見だろうと思われる人の本も入っていて。
何より、もちろん考え方の違いはあって当然だが、それが神経症的反応なのかどうかは、主張に一貫性があるかどうかで判るだろうというのは得心するな。
いい本だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦争責任については、中韓からは「未だに過去を清算できない日本」と言うメッセージが世界中にばら撒かれており、片やドイツは現在の処この問題を実にすっきり処理しているように見えます。
この日独両国の差を解きほぐそうとしたのが本書で、非常に精力的に取り組んだ本だと思います。
結果から言うと、
①ドイツはヒトラーを絶対的な悪役にしてあっさり責任を押し付けた。
ヒトラーは敗戦直前に自殺をしていたので、裁判にかける必要がなかったし、しかも彼は外国生まれの成り上がり者であり、ドイツには遺族や親族もいなかった。
この事により、ヒトラーとナチスをスケープゴートにした国家的トリックが仕掛けられ、かつ見事に定着した。
ここに、日本の天皇との 大きな差があると思います。
②二番目が日独両国の首脳の資質の問題。
戦後のドイツの首脳の配慮の行き届いた発言に対して、日本の歴代の首脳の配慮を欠いた発言は枚挙にいとまがない。
これらの発言により、責任を取ればまだしも、そうではないので、国際社会から見れば、日本人が「反動的」な首脳を支持しているように映り、かつ過去を清算していないという負のイメージが、更に膨らむという悪循環を繰り返している。
著者は上記に加え、更に1985年のドイツのバイツゼッカー大統領の演説で「ドイツの敗戦」が「ドイツの解放」という言葉に置き換えられた。これは見事な国家的なトリックであると。
ただ、良心的なドイツ人からは、ドイツ国民はナチスから解放されたのではなく、当時の相当数の国民がナチスに加担した事実や(ナチスではない)国防軍の責任について考えるべきだと言う意見が時折出てくるが、本書のサブタイトルの「清算されなかったドイツの過去」とあるように、現在の処そのような意見は封印されてしまっているようである。
日本の戦争責任の問題をこの欄で言うのは話がややこしくなるのでやめるとしても、我々日本の戦後世代が思うのは、せめて国益を損なうような政治家の行為や失言だけでも止めて欲しいものです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
1995年にドイツ各地で開かれた「国防軍の犯罪」展は激しい抗議運動を引き起こした。
ナチスばかりでなく正規軍も残虐な行為を行っていた事実に光が当てられたためである。「ドイツは自らの戦争責任を認め、謝罪してきた」と言われてきたが、それは正しいのだろうか。
膨大な聞き取り調査を通じ、ドイツが冷戦構造の中で巧妙に論理のすり替えを行ってきたことを検証し、歴史と向き合うことの重さと意味を問う。
[ 目次 ]
序章 日独でちがうもの、おなじもの(ふたつの舌禍ドイツ版“君が代論争”)
1 善いドイツ人と悪いドイツ人=DEトリック(旧ドイツ国防軍の暗部、トリックの仕掛け人 ほか)
2 忘れられた「戦争」の罪責=ABCトリック(ふたつの国際軍事裁判、すれちがう日独比較 ほか)
3 粉飾された国家像=ABC・DEトリック(トリック集大成―ヴァイツゼッカー演説、トリックからの決別―ヘルツォーク演説 ほか)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
戦争責任についてはドイツは日本の対極にあって、模範的だとみられることが多いが、それはいわゆる「ホロコースト(大量虐殺)」を戦後問いつづけ、全ての責任をヒットラーやナチスに負わせてしまったことからきている。ヒットラーやナチスだけが悪いのではないという認識が戦後生まれたようだが、慰安婦問題などは今でも問題にならないという。日本で言えば、東条たちA級戦犯に戦争の全責任をとらせようという発想に通じる。戦争責任は重さの違いこそあれ、全国民が負わなくてはならないものだ。ドイツではホロコーストが強調されるあまり、侵略の責任、慰安婦を含む戦場での犯罪は不問に付されてきた。ドイツ人にとっては、むしろ戦後ソ連が入ってきたときの大量強姦等による被害者意識の方が強かったようだ。戦争責任というものを世界的に考えてみる必要を感じた。