海音寺潮五郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
海音寺潮五郎は、何かで紹介される際に「1901(明治34)年 - 1977(昭和52)年」と名前の脇に付される場合さえ在る、既に「歴史上の人物」のようになっている作家だ。他界して久しいが、それでも「新しい文庫本」が未だに登場している。“古典”として読み継がれる価値が高い作品が、それだけ多く遺されているということに他ならない。本書『史伝 西郷隆盛』は、1989年に登場した文庫本の新装版である旨は巻末に記されていたが、何時頃綴られたモノなのかは明記されていなかった。少し調べた範囲では、本書は1961(昭和36)年に雑誌連載となったのが初登場で、その後何度か文庫本化されている作品であるようだ。
生きて活動していることに関して、それを「天運か何か」と感じて「敬う」ように…そして身近な人々や、その他の人々を慈しむ…“敬天愛人”の境地…それを見出すに至った「若き日の西郷隆盛」を大いに語る本書…初出は「55年も前の雑誌連載」であるらしいが、色褪せないどころか、「益々輝く」という作品なのではないだろうか…多くの人に薦めたい!! -
Posted by ブクログ
田中芳樹の『銀河英雄伝説』シリーズにおいて、オーベルシュタインは戦略家であり、ヤン・ウェンリーはもっぱら戦術家である。今までこの違いというものをよく理解できていなかった。
戦術家は勝ち筋を見つける。敵の数、配置、状態、地形、味方の状況など、情報を集めて勝つ方法を考える。または勝てるかどうか判断する。読んでいて孫武はヤンに近いのだと思っていた。学者肌で出世欲は無く出来れば表に立ちたくない。
戦略家は勝ち方も負け方も考える。一度の戦いよりもあるひとつの目的を達する為に兵事も政事もトータルで考える。ここで勝つことでor負けることで、目的にどのように影響するのかを考える。目的のためには負けることもひとつ手であると考える。オーベルシュタインは「目的のためには手段を選ばない」という言葉の示す通りと言って良く、伍子胥も戦術家に近いと思っていた。
読み進め終盤に差し掛かってくるとどうも孫武はあえて戦略に対して控え目だったのだと気づく。戦略が使えないわけではない。実際に自分の意見が通るようにあえて自分以外に指揮を任せて、負けさせて、その埋め合わせによって信頼を強化する、ということをやっている。しかしそこに出世欲はない。成り上がりたいとか復讐がどうとかそういうところにないからこそ、必要にせまられなければ、戦略を練らなかったということなんだろう。
伍子胥の話は前々から知っていたし、結構面白くて好きな話の一つであったが、今回かなり詳しく読めて良かったと思っている。
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久々に原点回帰、と思い読んでみた。この本は確か高校時代に買ったきり、はしりを読んでそのままにしていた一冊だった。やっぱり面白い。時代はおろか発表年数すら自分の生まれるより前であるのに、今を生きる我々にとってなんと示唆に富んでいることか。自分らがふっと思いつくことなど古からの真理であったりする点で全く敵わない。今年はより積極的にオリジンを志していこうと思う。 -
購入済み
海音寺流は必見の価値あり
偉大なる昭和の歴史小説家である司馬遼太郎の先駆者であり、師ともいえる海音寺先生の歴史人物の描写は秀逸で達観しているのでよんでいるだけで博学になった気がしてくるようだ。