臼井隆一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
だいたい、コーヒーというのは奇体な飲み物である。そもそも体に悪い。飲むと興奮する。眠れない。食欲がなくなる。痩せる。しかしそのコーヒーのネガティブな特性を丸ごとポジティヴに受け入れて、世界への伝播に力を貸したのがスーフィーたちであった。
(p.14)
海外活動は危険が伴う。保険が必要だ。しかしこれもない。どこかで始めなければならない。コーヒー・ハウス。正確かつ迅速な情報と遠隔地交易にまつわる事故の補償とは時代の要請であった。
(p.62)
プロイセンは男らしい国であった 。その昔、マールブルクのエリーザベト教会のステンド・グラスに変描いたアダムとイヴの絵で、アダムを誘惑するイヴが女であったという事実に耐えられず、イヴまで男として描いたドイツ騎士団以来の強引な男っぽさが魅力であった。その中でもひときわ男らしく、大王の名に値する傑物がフリードリッヒ大王である。男の中の男といっても並ではない。女人統治時代の男の中の男である。
(p.146)
しかし、たまに密輸品のコーヒーが市場に現れたとしても、フリードリッヒ大王の昔と同じようにふたたび庶民には手の出ない高値をつけていた。庶民の手元に残ったのはふたたび、あの「君たちがいなくても、健康に、豊かに」とまるで負け惜しみの権化が国家ピューリタニズムを着飾ったような「ドイツのコーヒー」だったのである。なんでもいい。一つとして持続的に飲まれない以上、次から次へ発明と開発の手が加えられた。キク芋、ダリヤの球根、タンポポの根、ゴボウ、菊の種、アーモンド、エンドウ豆、ヒヨコ豆、カラスノエンドウ、イナゴ豆、トチの実、アスパラガスの種と茎、シダ、小判草の根、飼料用カブラ、トショウの実、アシの根、レンズ豆、ヨシの穂軸、野生のスモモ、ナナカマドの実。まだまだある。ヘビノボラズ、サンザシの実、クワの実、西洋ヒイラギの実、焼いてみて多少、褐色の焦げ目がつけば何でもいい。文字通り焼け糞である。カボチャの種、きゅうりの本体、ひまわりの種。これですべてではない。しかしもういいであろう。いかにもドイツらしいのを一つだけ付け加えておけば、ビールのホップからコーヒーを作る試みもある 。大地の糧が、というよりは、大地そのものがコーヒーを名乗りかねないような勢いである。 ドイツ語ではこうした代用コーヒーを「 ムッケフック(Muckefuck)」といい、おおよその語源的意味は「朽ち果てた褐色の大地」である。赤面したくなる。しかし赤面してはいけない。この程度で赤面していては、この国と付き合ってはいけないのだ。
(p.151-152)
作者がノリノリで書いた本は、多少筆が滑っていたとしても総じて読み物として面白い。
第一章では比較的抑揚をおさえた文章も、頁を重ねるにつれてどんどん饒舌になっていく。
ドライブ感のある講義を聞かされているようで、最後まで持っていかれました。 -
Posted by ブクログ
中公新書で、私の大好きな「食べて飲んで世界を知る」シリーズの1巻。今まで、茶、ジャガイモ、チョコレートと読み、「コーヒー」まで来ました。本書はイエメンで15世紀に生まれたコーヒーが世界史の中で、どんな役割を果たして来たかを描きます。カフェイン中毒者の私には楽しい本でした。
近東で、イスラム修行者が禁欲的生活を送る上で、「飲むと眠れなくなる」コーヒーが流行りました。人々が眠っているときに祈りを捧げることが美徳とされていたからです。しかし、コーヒーの語源である「カフワ」はイスラム教の中では白ワインも意味していて、神学論争を引き起こします。結局、コーヒーは認められ、近東に「コーヒーの家」が乱立し、コーヒーは爆発的な勢いで普及します。これが英国に伝わって、自由闊達な議論の場を提供し、近代市民社会の土台を作り、パリで発生したカフェでは「自由・平等・博愛」の思想が生まれます。
著者の臼井隆一郎さんはドイツ語学の研究者。そのためか、かなりのページ数を使いドイツの東アフリカ植民地経営の失敗を述べています。その失敗はドイツに人種差別という癒し難い禍根を残し、ナチズム発生の要因となってしまいました。
コーヒーの世界史への関わりを豊富な逸話、資料を用いて描いた面白い本。ただし、文章は格調高く、趣味に合わない人は読みにくいかもしれません。
「ドイツが東アフリカ植民地に傾けた努力は結局、第一次世界大戦の結果、無に帰した。しかし、人の世の営みの一切が時とともに水泡に帰し、虚空に切々と諸行無常の響きでも鳴り渡らせるならば、この世はむしろ安泰かもしれない」
この本は、まとまった時間が取れた日に喫茶店で読むのに相応しい味わい深い本と思います。私みたいに毎日4杯コーヒーを飲む人間には必読です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ仕事でコーヒーに関わるようになったこと、もともとコーヒー好き、さらに歴史好きなことから手に取ってみたこの本。コーヒーの起源から、コーヒーと共に動いた歴史を面白く紹介している。
まず、コーヒーはイスラム教徒であるスーフィーが「眠気」と戦うために飲み始めたのが起源で、この不思議な「黒い液体」は聖水として重宝された。
やがてコーヒーはヨーロッパへと伝播し、生産地もジャワへ、ブラジルへと広まっていく。ヨーロッパでは、イギリスやフランスでカフェ文化として花開き、特にフランスでは「カフェ・プロコプ(1689)」など、政治的議論が活発なカフェが誕生し、やがてフランス革命へ。
ドイツの独立、第一次世界大戦下でのドイツとコーヒーの関わり、やブラジル等植民地のコーヒー生産事情にも詳しい。
この本を読んで、嗜好品であるコーヒーがここまで世界で親しまれている理由がわかる気がした。一方、嗜好品であるがゆえに、コーヒーを生産し輸出する国々が、輸入国に対して強い立場で交渉に臨めないというのも分かった。必需品じゃないから。
仕事でコーヒーにかかわることが増えたので、このような予備知識も生かして日々頑張りたいと思った。 -
Posted by ブクログ
幸福なアラビア、イエメンから禁欲的なイスラム教スーフィ派によって広められたコーヒー。理性のアルコール、理性のリキュールと呼ばれヨーロッパ中に輸出される。啓蒙思想と人権と市民社会の成熟の流れの中でコーヒーは大きな影響を与える。イギリスでは清教徒革命の頃に広まり、カフェは市民の議論の場となり、保険、郵便など近代市民社会を準備した。しかし女性の反対運動で衰退していく。フランスはハプスブルグ家との対向からオスマン帝国と同盟を結び、コーヒー文化がもたらされた為、王や貴婦人によって先導された。女性ありきのコーヒー文化が根付く。また体に悪いという説を克服する為に体にいい牛乳と混ぜるカフェオレが生まれた。カフェは身分を超えた議論の場を提供してフランス革命の発信源になった。またオスマン帝国から送られた三本のコーヒーの木を新大陸に持ち込み栽培することに成功し、大量のプランテーションと黒人奴隷を生んだ。タヒチでの反乱、キリスト教とアフリカの原始宗教とコーヒー文化の奇妙な混合文化のブードゥ教の誕生。海外に植民地を持たなかったドイツは代用コーヒーの開発に力を入れる。また西アフリカに植民地をえるが支配に失敗、キリマンジャロの山麓を他国と一緒に開墾する。またその豆をアラビアのモカから輸出する。ナポレオン戦争でポルトガル王家は南アメリカの植民地に移動。戦後ポルトガルに王は戻るが王子は残り、独立してブラジルを建国する。ただの嗜好品であるコーヒーが石油に次ぐ世界第2位の交易品という不思議。禁欲の為に広まったはずが、資本主義的商品の権化になっている皮肉。