上山道郎のレビュー一覧
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予想外笑
これは普通の異世界転生マンガではない笑コメディー強めで面白い😂これは恋愛に発展するのだろうか…52歳オッサン公務員がちょくちょく出てきて笑ってしまう😂とりあえず面白いやつ続きが気になるやつやわ〜!
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テンプレ設定と思いきや
SNSで上げられていたのを見てから、発売をずっと待ち望んでいた作品です。買って損はなかったです。
SNSの短編も良かったですが、それとは違ってストーリーがしっかりあり、絵も丁寧に描かれており、とても面白かったです。
悪役令嬢転生もの、と言うテンプレが出来上がり、色々な作品は出てきましたが、この主人公は美人の中身が「人の良い、オタクなおじさん」で、持ってるチートも「飛び抜けたものではない」ので、あるある設定にモヤを感じる人にとってもストレスなく読めるのではないかと。
乙女ゲームの世界観でおじさんの起こすギャグもテンポ良く、続きが待ち遠しいです。 -
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グレイス=憲三郎お嬢様ステキ
長年の社会人生活で身についた対応を取ると、上流階級の淑女にふさわしい所作へと自動的に変換される
「優雅変換(エレガントチート)」
おじぎはカーテシーに、「お世話になっております」は「ご機嫌麗しゅう」に
グレイス=憲三郎お嬢様かっこいい!
中身はおっさん思考なのに、外面はあくまでも高貴なお嬢様としての言動をとるので、
内面の庶民臭さと外面のカッコ良さとのギャップが楽しい作品です。
Pixiv公開原稿が元になっていますが、かなりブラッシュアップされていて、買って損はなかったです。 -
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今後の展開が楽しみ。
全くミスマッチな組み合わせによる可笑しさが絶妙。
一巻はツィッターでUPされた内容が主なのだけど、勝負は2巻以降。謎とお約束を、おじさんは年の功でどう乗り越えていくのか?目が離せない作品です。 -
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悪役令嬢転生ではなくバ美肉
異世界転生・悪役令嬢モノとタイトルだけ見て思ったら大間違い
むしろ 実体はバ美肉モノです
幾重にも、定石を覆すシカケがあります
初見の方が、本書を読む際には、必ず口の中を空にしておいてください
さもなくば、貴方の端末は、ビシャビシャになりかねません
ページをめくるたびに、作者の仕掛けたギミックに吹き出す事でしょう
1巻は、単なる導入部分に過ぎません
Webで公開されている先行公開部分から察するに
さらに、重層構造のトリックがさく裂する事に間違いはありません
Webでは公開されていない追加や新しいエピソードもあるので、購入されて損はありません
分類は青年マンガですが、スラップスティックをお好みの女性にも是非ともお勧めしたい作品です
なお、予習として平成のPopカルチャーを一通り おさらい しておくと 一層楽しめます -
Posted by ブクログ
※後日加筆修正予定
20年の時を経て、遂に復活した「上山ゾイド」。
あの頃の興奮が蘇ること間違い無しである。
特に、ライバルであるレイヴンとの最初の決着回は、この復刻版1巻前半のヤマ場であろう。
当時、この回が掲載されたのは夏休みの真っ只中であった。(コロコロコミック99年9月号)
現在は不明であるが、毎年コロコロ9月号は10日付近に発売され、通常(毎月15日)より早く読めた。
99年6月号の連載開始からの一連の章が、この9月号で一区切りのため、夏休み真っ盛りの中でのレイヴンとの最初の決着であった。
多くの読者はお盆の旅行前か旅先でこの話を読んだのではなかろうか。
評者自身も、旅先でジーク(コマンドウルフ)最後の勇姿を目に焼き付けたものである。
今振り返れば、一生の思い出であった。
登場するゾイドに目を移すと、記念すべき1話のガイサックに始まり、大工のブラキオス、亡き父の相棒であるジーク(コマンドウルフ)、そして強大な敵であるセイバータイガー。どれも上山ゾイドを飾る華である。
この回で主人公バンが故郷での死闘を終え、8月下旬、満を持してゾイドが全国の玩具売り場に並んだ。翌月からはアニメの放送も始まったのである。
これら一連の流れを体験できたこと、そして起点となった上山ゾイドには感謝の念を送りたい。
あの熱い時代を生きた人にはもちろんのこと、ゾイドを知らない人にも自信を持って勧められる逸品。それが『機獣新世紀ZOIDS』である。
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解せん
今の時代、確かに競争力も必要だろうが、出版自体が変容しているのだ。
旧態に居着かず、ニッチなニーズを貪欲にかき集めねば、出版社は生き残れないと知るべし。
先生には、是非とも媒体に縛られず、この世界を紡ぎつづけていただきたいと思います。
ファイト! -
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作品はとても良い
作品はとても良いのだが、見開きページの合わせのズレが残念。
続巻の後半はズレが無くなっているので、再スキャンしてほしいというのが本音。
これは出版社の姿勢を問われると思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ-1.グレイス=憲三郎嬢は何故恋しない
大変残念なのは現時点では類似作群とは異なり、グレイス=憲三郎嬢(以下ヒロイン)自身が恋愛感情を発動しない事である。繰り返すが、ヒロインの人格(意識+記憶)は52歳男性と15,6歳の少女のそれが「人の字」や高速道路の流入路の様にして一体化している事に起因するのでは無いか。ヒロインは男性としての過去、即ち、出会い、恋愛、性、結婚、奥様の出産、子育て迄を経験済み、試され済なのである。このほぼ完成されたと言える男性の人格と少女の人格が一体化したので、それにより8巻迄の時点では、ヒロインは大変穏やかで優しい人格となり得たのであり、普通は少女に嫌われそうな中年男性も悪くない存在として描く事に成功している。但し、恋愛に関しては「卒業」状態なのである。
しかし「ファンタジー」の自由として「脳科学」の成果等を無視して、ヒロインに女性としての恋愛感情を発動させるのも面白い筈だ。女性には男性の言動、行動、性行動の何が恐怖、不快なのかを男性の視点では理解し、ある意味克服して結婚に至ったのであるが、それでも女性になる事による新たな経験として、性別越境者として、女性としての恋愛をヒロインに経験させるべきだろう。この点では夫婦漫画家の先行作「異世界美少女受肉おいさんと」に数歩譲らねばなるまい。
或いはしかし、ヒロインとアンナ嬢の間で女性同性愛者としての恋愛を描くのも悪くないが、ヒロインの人格には男性の人格も混ざっているので、真の意味での女性同性愛とは言えないだろう。
友情、尊敬の感情と恋愛感情の違いは何か?真の友情のその上に「性愛」が加わり、恋愛感情となるのか?この辺を作者が読者を巻き込んで思考実験するには本作は良い題材となり得る。或いは批判的に「他人の生活史の移植の妥当性」を問う事になる。
0.封建社会の肯定(総論)
何故判で押した様に本作やその先駆け(ツンリゼ、はめフラ等)後釜の類似作は「異世界」を描き、その「異世界」は封建社会でありその王侯貴族を肯定的に描くのだろうか。
「陰謀論」もへったくれも、恐らく21世紀の今も「現実社会を牛耳る支配階級」即ち、「アメリカ帝国主義を中心にしつつも多国籍化した独占資本」、西欧に今も残存する王侯貴族等からの差し金だろう。
史実として夫々歴史的制約、限界があったにせよ、アメリカ独立戦争、フランス革命、ロシア革命が起きた。勿論ナポレオンの即位、スターリンの権力掌握などバックラッシュがあり、歪な旧ソ連体制は崩壊したが、これら3つの革命の成果は戦後の国連憲章、日本国憲法等に生きている。この民主主義の成果を「現実社会を牛耳る支配階級」は覆したくて仕方がない。
池田理代子の「ベルサイユのばら」が世界的に評価され、これは「異世界ファンタジー」では無くフランス革命という史実に忠実にフィクションを織り込んだ傑作であり、心象表現はリアリズムである。そしてヒロインは民衆、革命の側に付いた。
これを覆したい「現実社会を牛耳る支配階級」の差し金で、「ベルばらの劇場版アニメ」の本質が改悪され、また本作やその類似作の様に封建社会を前提/肯定したサブカルが量産されるのだろう。
これは侵略戦争と731部隊等の戦争犯罪を行い、原爆の投下で唯一の戦争被爆国になった我が国で、戦後「ゼロ戦はやと」に始まり「機動戦士ガンダム」「未来少年コナン」「超時空要塞マクロス」と言った戦争を肯定的に描いたサブカルが量産されて来た事と軌を一にすると考える。
本作作者は今後手塚治虫や池田理代子、中沢啓二の様に民衆の側に付くのかそれとも富野由悠季や宮崎駿の様に「現実社会を牛耳る支配階級」の代弁者になるのか、注視して行きたい。
以下各論
1.考察、取りあえず回避したトラブル
第4巻p130:「愛する人に真実を見抜かれると魔法は解ける」云々の記述。
本巻p81「四角い光」即ち憲三郎の妻子が待つ日本にグレイス=憲三郎嬢が引き込まれるとどうなるのか。
1)入院中の憲三郎氏が覚醒し、簡単な診察を経て自分で退院して自宅に向かう、グレイス嬢はその場で昏睡状態に陥る。
2)或いは米映画「シックスデイ」等の様に「2つの心、1つの共通の記憶」として憲三郎氏とグレイス嬢は二人共助かる。
このどちらかと考えられる。
2.倫理を考慮して考察
1)グレイス嬢と憲三郎氏の人格は合流し統合している。それによりグレイス=憲三郎嬢はかつての優しい性格を回復した。旨い具合に憲三郎氏の人格のみ引き剥がす事は困難と思える。(御伽噺の魔法だから出来るとも言えなくは無いが)
2)この事件の最大の責任者=下手人はグレイス嬢の母ジャクリーヌと「光の玉」である。恐らく結託して憲三郎氏の人格を拉致したと考えられる。
3)ジャクリーヌは子育てに失敗し、「淑女教育」で我が子グレイス嬢の性格をダメにしてしまった。更に、王家第一王子と本人達の意思を無視して幼くして婚約させている。
この関係性は手塚治虫の「リボンの騎士」(なかよし版)のヘル夫人と娘のヘケート嬢に似ている。ヘケート嬢も幼い頃のグレイス嬢も元々優しい子だった。
4)自分の子育ての失敗の修復、まして「政略結婚」(王家と侯爵家を血縁関係にする)という私利、私欲の為に何ら落ち度のない別世界の庶民一家に多大な苦痛を与える事が倫理的に許されるのかという問題。本作には「倫理的な漫画」という評価もある様だ。
作者は「ざまあ展開」は嫌いだそうだが、もし憲三郎氏を始めとする、屯田林家の人々も救済する展開とするなら、ジャクリーヌと「光の玉」の責任の追及ないし屯田林家への平謝りの謝罪が必要になるかも知れない。
*「光の玉」の正体はアンナの母の分身かも知れない。或いは「トラック君」の前に跳び出した幼い男児の中身。
*アンナの母はオーベルヌ公の元彼女ないし不倫相手と考えるのが普通。
3.一読者の勝手なハッピーエンド案
1)グレイス嬢の兄アドリアン氏の魔法「何処でも窓」で憲三郎氏の妻子がラブビー世界に乗り込み、第4巻p118宜しく学園長、オーベルヌ公、ダンジョン最下層に棲む「魔王」等関係者全員を前にして「お父さんを返して!」と下手人のジャクリーヌと「光の玉」に直談判。
2)3年生に進級、無事「2つの心、1つの共通の記憶」となったグレイス嬢と生徒会で一緒だった学友達は「何処でも窓」で日本の県立「妻沼田高校」に編入留学、市役所の見学を兼ね広報課の憲三郎氏を表敬訪問。
3)無事「2つの心、1つの共通の記憶」となったグレイス嬢と憲三郎氏。グレイス嬢の婚約は友好的に破棄され、アンナ嬢がヴィルジール王子と結婚。
グレイス嬢は一緒に泣く程気脈が通じる(第7巻p130)魔法心理学担当アンバー先生と結婚。この先生も交際期間を経てバリっとして来る。
屯田林家の人々は元ネタの「ツン~」宜しく、この二つの結婚式に「何処でも窓」を通って参列。
4)或いはもっと大胆にグレイス嬢アンナ嬢の百合路線全開。現実社会の21世紀、同性婚は普通に行われている。日本でも法制化を求める声が強く、高裁判決は総て「同性婚を認めないのは違憲」と判断している。グレイス嬢とアンナ嬢は「何処でも窓」で日本や同性婚が可能な国に移住して幸福を得る。元のラブビー世界は民主主義の欠片も無い、封建社会であり、同性婚等不可能と思える。
4.その他
表紙カバーのブラウン管式テレビ、パロディにされた、国産テレビアニメ第1号は白黒作品なのにカラーになっている、多分洒落だろう。
作者の画と性格描写、少年も凄く可愛い、本編ヒロイン、グレイス=憲三郎嬢の兄も、アンナ嬢の弟も、小さくなった生徒会の面々も。
p8~p11(及び第7巻p12):この世界にキリスト教が無いのに「クリスマス」が有る理由が述べられる。既に第3巻p133にシスターが登場しているが、首にロザリオを掛けていない。この辺は作者による「政治的配慮」なのか。
映画「ハリポタ」の魔法学校では全員クリスチャンで、公然とキリスト教のクリスマスが祝われる。しかし、現実の過去には数多くの魔女(男性も含む)が火炙り等の残虐な方法でキリスト教の名において殺害されたと言う黒歴史が有る。
本作は時折可愛らしく優しい童話の様な世界を展開するが、やはりパロディやギャグに抜かりは無い。
ジョゼット嬢の祖母が薬剤師(薬屋)というのも、アンナ嬢の実家がパン屋と言うのも見え見えであるし、優秀なパン職人の父親が読み書き出来ないのは「35年目の~」に近い。
p33:表紙カバーのパロディの元ネタは元祖ロボットアニメであるが、「鬼姫」の従者は何方かと言うと拳銃不法所持で当時挙げられた漫画家の作の探偵ロボット、風貌はずっと後々ゴ〇ゴ何とかに似ている。
p59:本作ヒロイン、グレイス=憲三郎嬢自ら刺繍したハンカチをアンナ嬢の為に作っている。本作ヒロインの少女の部分は眠っていないのでは。
p81:気球になったビーストが本作ヒロインを日本で待つ妻子の所にグレイスの肉体のまま連れて行こうとするが、少女となった夫が妻子と共に次女として生活するとか案外こういう展開も面白いかも知れない。
p90:パン屋の立て看が日本語なのは興削ぎ。これでは某アニメの「じゃんけんパン屋」と同じ。機械翻訳でフランス語にした方が雰囲気を楽しめる。
p108:ジョゼット嬢の身の上話にオーベルヌ家の兄妹が貰い泣きしている。とても純情な良い子達だと思う。
p151:「鬼姫」と言えば、本作女性キャラで初めて、彼女は乳房間溝を見せている。魔力が増すと大人びる、まるで「○んま1/2」のひ○子先生だ。女性漫画家をして女性蔑視を平然とやってのけた「ら○ま1/2」の様に下品にならぬ様今後を期待したい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレカバー裏面:本作ヒロイン、グレイス=憲三郎嬢の振袖姿、帯紐はこんな感じの締め方も有るのでしょうが、帯上げが少し変、アンダーバストの辺りで十字に捻じって帯に差し込む。また、本作ヒロイン、バストが豊かなので、補正下着も必須、これを着用すると少し太って見えます。
p84:フランセット嬢はアリスなのかウサギなのか、この子にこそ懐中時計を小道具として持たせた方が良かった。ルイス・キャロルも写真家だった。
p104:本作ヒロインが日記をつける件がある。
類似作「おっさんが小学生」(ぐんたお著)では人格の入れ替わったヒロインが「自らを解離性同一性障害ではないのか?」と疑う場面がある。(第1巻p38)
現実の解離性同一性障害の患者さんに、主人格と複数の副人格間でやはり日記等の記録で綿密な意思疎通を行い、日常の生活や業務を円滑に行っている方(々)をネット上に公開された動画で見た事がある。そういう点で日記は現実的だと思う。
しかし、作者がどう考えているのかは不明だが、私にはグレイスと憲三郎の人格は高速道路のインターチェンジの流入路の様に合流して、「人格の統合」が行われている様に感じる。
そうした場合、憲三郎に意識が戻ってもグレイスの意識もそのままで、米映画「シックスディ」の様にその時点までの過去の記憶を共有した2つの人格が生成されるのだろうか。
現状でも漢字の「人」の字の様に、0~16歳までの少女の記憶と0~52歳までのおじさんの記憶を持った人格であるが、それが2人になると次の瞬間から夫々別の人生を歩む。
少女からすれば、現状でもおじさんに、少女の身体やプライバシーを体感的に知られている事であり、現実的にはかなりキモチワルイのではないのか。逆に毎月の問題は人格の入れ替わりの「転校生」とは異なり、少女の記憶とおじさんの子育ての両方の記憶から普通に出来るのだろう。
また、街中で2人の人格が一つの脳で同時に「走っている」様な独り言を言う人を見かけた事もある。
本作ヒロインの統合された人格の少女の部分が恋愛感情を発動したらどうなるのか?
ファンタジーなので何でもアリであるから作者がどう料理するのか楽しみである。
私なら精神科医に協力者を得てそのドクターに対して面接聞き取り取材を行うだろう。
p130(第45話の末尾):先生とグレイス=憲三郎嬢が二人で泣いている・・・
私は何故か忌野清志郎の「ぼくの好きな先生」を想起。
p145:本作の様な御伽噺の魔法に限らず、現実社会の科学技術も当たり前にそうであり、既に最悪のルートに進んでしまって久しい。未だ無くせない戦争と核兵器と地球規模の環境破壊だ。
「そうなって欲しくない」と心で願うだけでは事態は好転しない。心に念じて事が起きる魔法は現実には無い。漫画家も読者も声を上げ行動すべき時ではないのか。
p132~:「祭壇」のデザイン、何処と無く「禁断の惑星」のロボット、ロビーの頭部透明カバーの中身や宇宙船C-57-Dの「姿勢表示器」に似ている。
アンナ嬢とグレイス=憲三郎嬢は百合ルートに猛進?
女性同士の恋人にせよ親友にせよ、そうであるならばお互いに本当に苦しい事を打ち明け合ってこそではないのか?
本作ヒロインには男性時代に子育て経験があり、周囲の「この世界」の少年少女に対して良い意味での上から目線=親目線であるが、自身にも苦悩が有る筈だ。
日本に残して来た娘の幼い頃を思い出して悲しい顔をし、自身の男性としての肉体が未だ生きている事を知り、帰還したいと考える。しかし少女グレイスとしての自分の事も客観視しつつ大切に思っている。
こんな時、一番信頼し合っているアンナ嬢だけには本当の事を告げるべきではないのか?
本作ヒロインのポリシーは男性時代から「上手い人は年下でも師と思え」では無かったか。
アンナ嬢に魔法だけでは無く人間としても逆に支えてもらうシチュエーションも有ればリアリティが増すと思う。
また「性の問題に関しては記述しない」というのが作者のポリシーに感じられ、豊満な体躯である本作ヒロインは乳房間溝さえ見せない。この点は女性の支持者も多く「明るく健全」な内容である理由と思われるが、思春期後期を題材に、しかも将来の結婚まで想定した、一種の性別越境者をヒロインに設定しているので、この問題も本質的には避けて通れないだろう。ここをどう品性を保ち女性からも支持される民主主義に沿った内容にするのか。
繰り返すが、精神科医ばかりでなく、現実の女性や性別越境者等への面接取材も有効に思える。
さて・・・
サブカルこと漫画、久しぶりに見ると、ウザイ程類似企画の多い事多い事。
「異世界転生」「おじさん」「悪役令嬢」のキーワードでもゴッソリ。此処までとは知らなかった。
いちいち本を買って読まなくても、ウィキでプロット読むだけで似た様な下らなさが・・・
本作の様に最初から「パロディーですよ」感満載なら良いが、「テンプレート」が平然と語られる程。マジ「アイデアの枯渇って怖い!」
音楽の世界でも・・・
自動作曲ソフトの会社に「音楽の要素」を切り売りする気の毒な作曲家がいるし、初〇ミ〇等のヴォー〇ロイドもゼロからの合成では無く、サンプリングマシン程露骨では無いにせよ、実際の歌手の声から元データを作っている。
本作第4巻p44の言う「沢山の人々の才能を持ち寄って」と言うより、才能が商品の原料として買い叩かれ、以降、同意無く定額使い放題にされる。
本当に才能のある方々がダシにされている現代社会。漫画家さんも小説家さんもお気お付け下さい。
そのうち、ダイアログボックスに登場人物の名前と特徴等と簡単なプロットを入力するだけで、漫画や小説が自動生成される「全自動パクリAIゴーストライターソフト」が流通するかも。
いや、クラウド化され、新作を作った後から直ちにそれがパクリの原料にされてしまうとか・・・現状、こんなクラウドが無くても既にその状態かも知れない。
脳無し評論家に代替する「全自動作品評価システム」も出て、マシンが電子書籍を勝手に読んで、★の数を決める。 -
Posted by ブクログ
ネタバレセンター、コーナー、エッジ・・・如何にもショーわ~なネタ満載だったが・・・
池田理代子の「ベルばら」の様にシリアスな内容は持たず、かといって高橋留美子の「らんま1/2」の様にあからさまな性的少数者蔑視、女性蔑視のイジメで笑いを取る事もない。
手塚治虫には女性蔑視の考えは皆無だったが、ヒロイン、サファイヤは女性の求愛者に対して乳房をさらけ出し、自らが女性である証とした。
高橋の場合は明らかに女性蔑視の立場からやはり女性の求愛者に対して、女性の状態のらんまに女性である証として乳房を露出させた。
本作ヒロイン、グレイス=憲三郎はかなり豊満な体躯であるが、乳房間溝さえ一切見せない。
本作は異世界に15歳の少女として1ケ月以上生活するのだから当然ある筈の事を全く無視している。
佐藤はつきやあろひろしはこの問題を男性読者に媚びた形で興味本位に扱っている。
この問題を、「女性の抱える重要な困難」であるとして、「表現しない事が良い」と私は単純には考えないが、こうした点を考慮すると本作は子供向けの漫画作品としての節度を良く守っていると言え、人権上も割と正しい配慮と思う。
或いは「転校生」の様な人格の入れ替わりでは無く、少女とおじさんの意識と記憶の統合であるから、少女の記憶からこの問題を特に感じないとも言えるのか。
そうした事もあって女性からの支持も多いのだろう。
本作は全くの虚構世界だが、池田の現実のフランス史に準えた「ベルばら」と同様に貴族制度=身分社会を描いている。
池田の「ベルばら」では貴族が平民の幼い子供を後ろから射殺する表現があるが、本作では「貴族が平民の子供を助けてくれた」と市民が驚き喜ぶ表現がある。(p154)
本作ヒロイン、グレイス=憲三郎嬢がその深い優しさを貫き通す表現とするなら、池田の「ベルばら」の様な展開は避けて通れないと私は考えるが、作者は今後どの様につじつまを合わせるのだろうか。
補遺
パン屋の娘が洋菓子の食べ方を知らないのは不自然に思う。食パン、調理パンだけでなくそうした物も実家で商品として作り、売るの筈だからその知識は豊富に思える。
「リュカはこのまま出てこない方が良い」云々のようなイジメ的発想を心底優しいヒロイン、グレイス=憲三郎嬢にさせるのも不自然である。私に言わせるとリュカは凄く良い子だ。
p123~p124にかけてヒロイン、グレイス=憲三郎嬢は前世に残して来た娘の幼い頃を思い出して、短時間寂しそうな表情をする、此処は良い。
補遺2
p73~p74の「こちら側~そちら側」この辺が善良ではあるが作者の表現の現状での限界ではないだろうか。
「こちら側=貴族、そちら側=平民」という身分制度を廃絶した、現実社会の史実「フランス革命」に沿って描かれた池田理代子の「ベルばら」と比べると同じ漫画のカテゴリーに有っても差が大きい。ご自身がご苦労された事で「働く人々」へのリスペクトを獲得された作者が本当の意味で「働く人々」の側に立って作家活動をされるならば、或いは「強烈な現実の格差社会」に晒されている働く人々=殆どの人々を励まし慰める漫画作品を成そうとするなら、ヒロイン、グレイス=憲三郎嬢の女性として、或いは性別を超越しての人間としての進歩、即ち貴族令嬢としての殻を破るオスカルライクな表現がやはり必要になると思われる。
例えばメイドのジョーゼット嬢は僅か11歳で児童労働に晒されている。前世は市役所職員であったヒロイン、グレイス=憲三郎嬢なら、「児童相談所」と連携して救出/保護とか考え付かないのか?もっとも「この世界」には(不十分ではあるが)21世紀日本のような社会制度は無いと言う設定なのだろう。しかし、p154では「コンプライアンス」云々をヒロイン、グレイス=憲三郎嬢に言わせている。コンプライアンス=法令遵守、個人情報保護を定めた法令はそもそも児童労働が平然と行われる「この世界」には無いのだろう。
高々ギャグ漫画だが、少しだけ考えると腹の底からスッキリとは笑えない。手塚治虫はギャグ漫画でもこの点は抜かりが無かった。
此処をどう他作のパロディ(楽しいが)だけでは無く独自に表現出来るのかが、より私達庶民が腹の底から笑える漫画作品となるのかどうかの分岐だと思われ、今後の作者を期待しつつ見守りたい。 -
ネタバレ 購入済み
なんか
話は進んでるけど
そうなんだ〜ぐらいの
感想しかなくなってきたな。
どなたかのレビューと同じ感じですが
設定に飽きれば
古いイラストの漫画で少し飽きたかな笑