山口誠のレビュー一覧
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育児・介護とは異なり、自身が純粋に楽しむための旅行を目的に休暇を取得することへの後ろめたさが、私の職場には残っている。「みんな旅行行きたくないのかな~」「こんなに忙しいのに、夏休みは3~4日ぐらいしか休暇取れなくて可哀想だな~」と思っていたら、特に何とも思っていない若者が増えているらしい。
旅行には興味が無く、スマホゲーム・映画・ファミレスなど、日常のエンタメの延長、すなわち「いつもの娯楽」があれば十分という考え方が増えているということ。日本人のパスポート所有率が低いことの背景に、レクリエーションへの興味関心が薄れているという精神的な貧困さについて説いている一冊であり、ゾッとさせられる。
私はどれだけ物価が高く、円安が進み、なかなか休みがとりづらい状況であっても、刺激を求めて旅行に行きたい。旅行へ行くことに対する価値観が高いので、周囲の人から「時間と金の無駄遣い」「仕事しない怠け者」と思われても全然構わない。 -
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本書は、「おもてなし」に代表される日本型ホスピタリティーの源流を辿ることを目的とするために、日系航空会社の客室乗務員に対するイメージの変遷を事例とした社会学的アプローチの本である。したがって、本書の主題である『客室乗務員の誕生』はおそらく著者の主張の一部であり、本当の狙いはむしろ副題の『「おもてなし」化する日本社会』にあると言える。
本書の貢献は、こうした企画を岩波新書から出版できた点にあるだろう。これまでも、日本の航空史に関する概説書は存在したが、それらはどちらかといえば、交通関係のジャンルに組み込まれていた。岩波新書として出版するためには、そうした実学的分野が他の学術的分野と結びつく点に意義があるため、著者のフィールドである観光社会学の中に落とし込んだ点は評価できよう。
そういう意味合いも込めて、著者は冒頭で「日本の客室乗務員の歴史を分析の縦糸として、その時々の新聞や雑誌の記事、テレビ番組、広告などに描かれたメディア言説を分析の横糸として用いる」(vi頁)というスタンスをとったのだろう。しかし、それが裏目に出て、時折「横糸」がほつれてしまう箇所が目立ち、縦糸の存在が感じられないところが存在した。たとえば、3章3節の「ディスカバー・ジャパンと鉄道の旅」は、当時の人々が「ノスタルジアのメディアとしての鉄道に乗る」(116頁)ことを主張したかったのだが、そのために、10頁近くを費やす必要があっただろうか?それならば、「本書では十分に詳述できなかった」(202頁)日本エアシステムの企業文化の独自性について触れるべきであった。
こうした社会学を表に出そうとした「横糸の縦糸化」は、他にも、4章2節「『スチュワーデス物語』の世界」での『アテンションプリーズ』との比較や、4章4節「「自分磨き」と「自分探し」の時代」における奥谷禮子『日光スチュワーデス 魅力の礼儀作法』と沢木耕太郎『深夜特急』との対比場面など、随所で見られる。新書のテーマとしては、まず縦糸がピンと張られているのか、そのうえで横糸のシャトルがどのように綾を結ぶのかが重要であるゆえに、こうした「横糸のほつれ」はもう少し割愛できなかったか、その分もっと縦糸の強さを確認したかった。 -
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ネタバレ<目次>
はじめに なぜ日本人は観光をしなくなったのか
第1章 観光とは何か~日本の現状と観光の定義
第2章 観光の誕生~産業革命と脱日常
第3章 「社会的観光」という世界潮流~バカンスからソーシャル・ツーリズムへ
第4章 戦後日本における観光~「国民旅行」から「観光離れ」へ
第5章 観光の再創造~循環し代謝する「再」の思考
<内容>
最初にデータで、日本人は観光しない、ときた。オーバーツーリズム、インバウンド…。こんな話が聞こえる中、日本人はしない、外国人はいる…。クックやJTBなどの話をしながら、滞在型の旅行を提案している。 -
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ネタバレ客室乗務員の誕生
~「おもてなし」化する日本社会
著者:山口誠(獨協大教授)
発行:2020年2月20日
岩波新書
キャビン・アテンダントというのは、和製英語の一種らしい。英語では、Flight AttendantやCabin Crewだそうだ。日本では長らく、女性の客室乗務員をスチュワーデス、男性をパーサーと呼んでいたが、ANAが1988年にキャビン・アテンダント(CA)に、JALが1996年フライト・アテンダントに変更したが、現在、日本全体ではCAと呼ぶのが一般的らしい。
日本初の客室乗務員が飛んだのは、1931年の春。「エアガール」と呼ばれていた。10か月先行したアメリカでは「スチュワーデス」だった。しかし、エアガール募集の段階から読売新聞は「エロ・ガール」と報ずる。誤記でも揶揄でもなく、女性によるサービス、女給のイメージからそう表現したようだ。おそらく、今日ほど「エロ」に変な意味はなかったのだろう。
実際、会社が採用したのは、フェリスなど高等教育を受けたエリート女子3名で、初めての客は「いれずみ議員」「又さん大臣」と呼ばれた小泉又次郎。つまり、小泉純一郎元総理の祖父だった。しかし、あまりの安月給のため、搭乗1か月で3人とも辞職を決意。話しあったが、1人は翌月に、あとの2人も1年足らずで辞めた。
・二代目エアガールは1936年に誕生。こちらは定期便ではなく東京~軽井沢のエアタクシー。こちらも3年余りで消滅。
・三代目エアガールは、日本航空輸送という国策会社が1938年に募集。民間のエアガールの3倍から10倍の待遇だった。
・1941年、日中戦争と外交の悪化で燃料や機材が枯渇したため、エアガールは廃止。
・1951年、日本航空が新生エアガールを募集。条件の一つに「英会話可能」がついた。「英語、容姿、態度」が採用時の評価軸。
・1953年の4期生から「身元確実」という条件が加えられた。この時、李香蘭こと山口淑子の実妹、山口誠子がいた。
・新生エアガールでは、すぐにエアホステスと報道する新聞、さらにはスチュワーデスと表現する新聞があった。日本航空は1953年の募集広告からスチュワーデスと言った。
・1961年、日本航空はスチュワーデスからホステスに呼称を改めると発表。アメリカ式のスチュワーデスに対抗するため。しかし、バーやキャバレーの女給のイメージが定着しているので不評となり、1966年にスチュワーデスに戻した。1973年設立のアメリカの客室乗務員組合は、性差別を助長するスチュワーデス、スチュワードの呼称を廃止して、フライト・アテンダントに統一することを連邦政府に働きかけて実現した。
・第一次オイルショックで採用を辞めていた客室乗務員の募集を、ANAもJALも1976年から再開。応募条件も変更。JALは身長157センチ以上、体重48切り以上という条件がなくなり、「身長、体重のバランスがとれた健康な女性」となった。また、ジャンボを主力にしたことから、反復横跳び、ジャンプ力、上体起こしなどの検査も。体力が平均のC以上でないと、どんなに他の試験がよくても不採用に。
・70年代半ば、客室乗務員は「英語はペラペラでも、敬語はさっぱり」な新人が増えるなど、新聞報道で厳しい視線が向けられた。
・80年代半ばになると、スチュワーデス物語の放送も手伝って、客室乗務員のマナーが注目され、彼女たちが出張に行く研修が高額料金にもかかわらずひっぱりだこ。元客室乗務員も会社を作って成功した。また、「スチュワーデスmagazine」という専門雑誌も登場。「自分みがき」に客室乗務員的な世界が注目を集めた。
・そんなブームが急速にしぼんでいったのはバブルの頃。誰でも海外旅行できるようになり、ハウスマヌカンやモデル、女子アナといった高収入が期待できる職場が続々と現れため。1980年代末には長らく君臨した人気職業ランキング1位から転落した。
・1994年、「アルバイト・スチュワーデス」と呼ばれる時給で働く客室乗務員が誕生することに。しかも、将来、正社員になれる条件も示されなかったため、亀井運輸大臣が批判。正社員になれる条件だけはつけて採用を再開した。航空会社側は、「アルバイト」と報道されたことで誤解されたと判断。日本航空は1996年にスチュワーデスではなくフライト・アテンダントに呼称を変更したのには、そんな裏事情もあった。
この本、タイトルからすると、日本における客室乗務員誕生までの紆余曲折や、日本独自のおもてなし型客室乗務員サービスを語っている本に思えるが、実際の中身はかなり違う。客室乗務員誕生からごく最近までの客室乗務員の歴史を、社会情勢や経済情勢との関係性で見ていくという、歴史社会学書とでもいうべき内容。日本と外国との客室乗務員の接客やサービスに対する考え方の違いについては、著者の分析には納得できないものがあるが、全体においてはなかなかの良書だった。