山崎直子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルに勉強法とあるが、勉強の仕方がテーマというよりは、著書の半生記の感があります。
宇宙まで行く人は、頭が良いのですが、もちろんそれだけでなく、情熱とか挑戦意欲とか計画性とか、他にもすぐれた素質があるものだなぁと感じます。努力のレベルが違います、私のような凡人とは。
学生自体の恩師の言葉なんて、私は何一つ覚えちゃいないもん。・・・そこからして人生ちがいますよね。
読んで、あまり深いお話というよりは、さらっとした思い出話、体験談のご紹介というかんじでした。ただ、宇宙飛行士というご職業自体が特殊な環境であるので、面白くよませていただきました。文章も読みやすいです。
(ただ、文書フォントは読みにくいと感じました。) -
Posted by ブクログ
副題「ママは宇宙に行ってきます」でミッション前に出版~星が見るのが好きな自衛官の娘は九州で1970年に九州で生まれ,北海道でも生活し,大半を松戸で過ごし,高校は県立高校を考えていたが,お茶大付属を選び,東大理一に入学し,ロボット工学を学び,大学院からメリーランド大学留学で研究し,現JAXAに入社した。1998年,宇宙飛行士選抜に二度目のチャレンジをして合格。機械工学が好きでアメリカ研修中に現夫と親しくなり,入籍,訓練予定を考えながら,娘を妊娠・出産。その後,コロンビア号の事故で予定が大幅に遅れ,スペースシャトルとソユーズに関する訓練を終えた11年後にアトランティス号でISSへの物資輸送・返送を担当することになった。アメリカやロシアでの訓練中は夫が父子家庭となり,義父母の介護をしながら,必死で妻である私を支えてくれたが,夫が退職して娘を連れてヒューストンにやってきた。アメリカで準外交官の家族として生活することは夫にストレスを与え,夫は宇宙関連での起業を目指すために帰国。母子家庭の生活はスタッフに支えられ,長い訓練では夫が渡米して家族の絆を維持してくれた。離婚の危機も乗り切り,家族として思い出を作り,ミッションに備えている。ミッションは映画の様に裏で支える多くの人間によって成り立つわけで,飛行士は画面に登場する出演者のようなもの~眠れない夜に読み,楽天的な性格でも落ち込みそうになるシチュエーションでも踏ん張った女性は流石だなぁと感心させられた。28・9で飛行士として選抜され,3~4年の訓練で6~7年後に飛ぶかなぁと想定していたのに,事故で11年も待たされるとは・・・私なら辞退してしまうかも知れない。諦めない人だから選ばれたんだろうが大したものです。亭主も偉いね
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Posted by ブクログ
宇宙飛行士:山崎直子さんの本。
JAXAの職員となってから宇宙飛行士として宇宙へ行くまでの困難な道のりが描かれています。
宇宙飛行士となってから、宇宙へいくまで
なんと11年もかかったそうです。
いつ宇宙へいけるかわからない、ゴールが見えない環境であったとしても努力と続ける姿勢に感動しました。
また働く母親としての体験もとても興味深く読むことができました。
【抜粋】
(宇宙飛行士候補になってから、11年後に初任務となる)
三、四年後には念願の宇宙へ行ける。
最初の頃はその思いを心の拠り所にして日々訓練を続けていました。
しかし、(もうすぐゴールだ)と思っていた四年がたっても、さらに五年たっても宇宙へ行ける見込みは立ちませんでした。
でも明日にはもしかしたら、その見込みが立つかもしれない。突然ゴールがみえるかもしれない。
もしそうであるなら、今日を全力で走らなければならない。
つまり、ゴールがどこにあるかわからない状態で、常に全力疾走しなければならないのです。
たとえ何年後かわからなくても、宇宙に行くチャンスを与えられていることは、とても素晴らしいことです。
それでも、長い(レース)の途中では、ときに不安がよぎる。いったいいつまで走り続ければいいのだろう。
ひょっとしたら、私は永遠にゴールにたとりつけないのではないか。
こんなふうに思うとき、力強い支えとなってくれたのが、幼い頃に見上げた北海道の夜空であり、プラネタリウムの天井に広がる(星空)、そして宇宙戦艦ヤマトで描かれていた宇宙空間でした。
星を見る会に向かう途中に抱いていたワクワク感。
月のクレーターがハッキリ見えたときの感動。
星の世界の神々たちが繰り広げるドラマに感じたドキドキ感。
あのころ、私は本当に宇宙が大好きだった。
そしていまもやっぱり、私は宇宙が大好きだな。
そんな大好きな宇宙に関われる仕事ができていることに感謝しよう。
そう思うと、再び走り続ける力がわいてくるのです。
宇宙をめざして、また明日も全力で走ろう、と。
だから私は思うのです。
夢や目標をかなえるためには、その夢や目標に対する素朴な好きという気持ちを大切に持ち続けることが大事なのだと。
(宇宙飛行士候補となったものの、訓練が受けられない日が続き)
だれかが故意に、訓練に待ったをかけたわけではありません。
かといって自分の努力でなんとかなるものでもありません。
どうしようもない。ただ待つしかない。
そのとき私は思いました。
だったら仕方がない、いまできることを一生懸命やろう、と。
(子育て)
娘とふたりきりの生活で、一分一秒の貴重さを知りました。
また、自分のためだけに使える時間はごく限られていました。
やりたいことはその時間にしかできません。
ですから、その分、集中力がついてきました。
時間の使い方もぐっと効率的になったと思うのです。