渡辺政隆のレビュー一覧
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ショーン・キャロル、エボデボを解説した『シマウマの縞』、動植物の個体数調節の法則を論じた『セレンゲティ・ルール』の著者。その彼の3冊目の邦訳書。
原著は2006年刊、“DNA and the Ultimate Forensic Record of Evolution”という副題が付いている。犯罪の科学捜査よろしく、DNAから、ほぼ解決済みの、あるいは捜査中の進化のケースを洗い直すという趣向。さあ、なにが出てくるか。
全10章。各章、読み切りも可能。各章とも、冒頭はジャーナリスティックな書き出し、すっと入ってゆける。個人的な関心では、動物の色覚の進化をあつかった4章「古きものから新しきものを作る」、進化はなぜどのように繰り返すのかを扱った6章「デジャビュ」が読み出があった。
そして9章、「見ることと信じること」は必読。パストゥールを枕に、ルイセンコやインテリジェントデザインを論じている。かなり気合いが入っている。 -
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タイトルの「適者」って、「適者生存」の適者です。進化のお話です。わたしには難しく感じられましたが、楽しく読めました。
生物進化の具合がポケモンみたいに、見て色や形の違いですぐにわかればよいのですが、現実は微妙です。
それでも、ダーウィンさんが進化論を発表したころと違い、現代ではDNA情報を読み解く技術が進歩しています。
その技術でガンガンに溜まったDNA情報、よくみるとそこには進化の足跡が残っているそうです。
例えば、ある生物種が昔はよく使っていた遺伝子が、夜行性に変化しただの、ライフスタイルの変化で使わなくなり、遺伝子が壊れるに任せた状態でDNAのなかに放置?されていることがあるようです。「遺伝子化石」と言うらしいです。
そんな「遺伝子化石」を読み解くと、その生物がたどった進化の過程が明らかになるとか。
有名な事例なのかな、視覚や嗅覚の遺伝子たちの進化の過程について詳しく説明されています。
著者のショーン・B・キャロル先生は、ダーウィンさんの進化論について「合理的
な疑いの余地なし」と断言されています。
まったくその通りだと思いますが、なぜわざわざ本書で断言されているんでしょうか?
実はこの本、反科学や反進化論に対抗する目的でも書かれているのです。21世紀になっても、そんな本を書かなければならないのが、アメリカの現状のようです。
犯罪捜査にDNA鑑定を使うのはアメリカでも常識だそうです。アメリカの人もほとんどが、DNA鑑定の有効性を認めているそうです。
一方、DNA鑑定と同じ技術でDNAを調べて、進化の確かな証拠がみつかっているのに、アメリカの50%以上の人が進化論を否定しているそうです。キャロル先生、そんな矛盾だらけのアメリカに「Oh My God!」・・・とは言わないか。
本書では、全十章のうち、一章分を使って反ワクチン運動と反進化論の論法、計12点について紹介・解説されています。
もう文化の問題だよねとちょっとあきらめ気味のキャロル先生、本当にお疲れさまです。
勉強になったのが、進化の過程の三要素です。「変異」「淘汰」「時間」です。そこで適者が作られます。
適者とは優れているものと思ってしまいますが、違うようです。絶対的なものではなく一過的、そのときの条件に合ってるだけの、はかない存在だそうです。
適者を三要素でみると、偶然に変異が起きて、そのときの条件で淘汰され、十分に長い時間で作られていくもののようです。これを、確率の視点で「複利」として説明されていたのがおもしろいですね。
個体間のわずかな違い(利率?)でも、その違いを自然淘汰が長い時間かけて複利で増やしていけば、なんと目で見て分る違いになっていくそうです。
長い時間ってどれくらい? 万年単位なんです!
例えば「眼の進化」をシミュレーションすると、ほんとに単純なものから複雑な眼になるのに、50万年、2000ステップだったそうです。
そんなに長い時間をかけて進化した「適者」ですが、環境条件が変わってしまい、合わなくなれば衰退・絶滅するしかありません。
キャロル先生は警告します。わずか数百年の人間の乱獲・環境汚染・人間活動による気候変動のために、適者が作られるよりも早く環境が変わることで、生物に危機をもたらしていると。
自然淘汰による進化は最強です。しかし、それには十分な時間が必要なのです。その「時間」がいったいどれほどなのかを、この本でイメージすることができました。 -
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Unlimitedで読んだ上巻がよかったので下巻を自費で購入。
地質学まで踏み込んで、進化の途中段階が見つからないのはなぜか、を解説。さらに、古い地層には原始的な種が見つかり、基本的に原生の種は出てこない。
とにかく驚くのは、メンデルの遺伝の法則も、大陸移動説も知られていない時代に、かなり核心をつく考察を行っていること。
なぜそれができたのかは、自然についてじっくりと向き合ってきたからだろう。20代のうち6年も費やしたビーグル号の航海も大きく影響したはずだ。
進化論に異論は多いが、彼らがダーウィンほどに自然と向き合っているのかは疑問に思う。 -
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言わずと知れているが、未だ必ずしも正しく理解されていないところがある、ダーウィンの主著。
本書は、ダーウィン自身が述べるように、その全体が大きな1つの論証となっている。
すなわち、生物の起源を説明する理論として、自然淘汰説がいかに正しく、他方で創造説がいかに誤っているかを、膨大な論拠をもって論じている。
自説への反論をも「難題」として詳しく検証し、分からないことは分からないと明言する姿勢は、極めて潔く、「科学的」である。
全体を通して、創造説と闘いながら、生物の起源に見事なロジックで迫っていく、ダーウィンの強い意気込みが感じられる。
下巻末の「解説」では、ダーウィン以降の生物学の発展に触れられており、その進歩の著しいスピードや、ダーウィンの先見の明に改めて驚かされる。
この部分を先に読んでおくのもアリだろう。
入念すぎるほどの論証であり、すぐに読み切ってしまえるようなものではない。
しかし、ダーウィンの思考をよく理解できるように丁寧に訳されており、訳文はかなり読みやすい。 -
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上下巻、あわせて1ヶ月以上、毎日読み続けて遂に読み終えた。内容・分量ともにお手軽な本ではない。でも面白く読める。
実験で証明できる訳ではない生物の起源。それを論証に論証を重ねて示していくという生物学のスタイルは、とても新鮮に思えた。今の世はちょっと実証主義に偏りすぎているように感じていたこともある。
進化論は過去・現在・未来の認識を変えてくれる。壮大なスケールの生態系の一部である我々、に気づかせてくれる。ビジネスパーソンは全員必読、というある推薦文を見て読み始めたのだが、その理由も自分なりに理解できた。
まだ遺伝の法則も分かっていなかった時代のダーウィンの成果。このバトンを受け継ぎ、DNAの研究を通じて生物の進化に迫ろうという、現代の生物学の動向も注視していきたい。 -
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チャールズ・ダーウィン『種の起源』と
川端康成の『山の音』を平行して読み上げました。
『種の起源』は言わずと知れた近代生物学の礎となった大著、
方や。あの山本健吉をして「戦後日本文学の最高峰」と言わしめた名品です。
実を申し上げますと、『種の起源』は学生時代から何度か挑戦し、
いつもその難解さに断念していました。
それが、光文社古典新訳文庫版でやっと読み終えることができました。
原書を読んだことがないのでよくわかりませんが、
翻訳家によりますとダーウィンさんは悪文で有名なんだそうです。
だから、英国国教会が「あなたを誤解し、最初の我々の反応が誤りだったために
まだ他の人々があなたを誤解していることに対して謝罪する」
という表明をようするまで、150年近く時間を要したのでしょうか(笑)
一方、『山の音』は透明で繊細な筆致は、
『伊豆の踊子』『雪国』を読んでいるようです。
その分、主人公の年齢は徐々にあがり、この作品にいたっては
私と同年代になっています。
私は自分のことのようにして読みふけりました。
さて、『山の音』を読んでいますと、野良犬のテルの話が出てきます。
息子の嫁がその犬の乳の数を数えると10個あるそうです。
で、調べてみますと、猫は8個、牛4個、豚ななんと14個、
そして猿は人と同じ2個だそうです。
でも、雄にも同様の数の乳があるはずです。げんに私だって2つあります。
所がダーウィンさん自然淘汰の説に寄れば、
不要器官はやがて退化し、無くなってゆくのではなかったでしょうか?
つまり男性のオッパイは無くなってゆくハズですが~
そこで昔読んだ本のことを思い出しました。
永田和宏「タンパク質の一生」(岩波新書)という本の中に、
『元々は雌になるべく発生してきた胎児が、
ある特定のタンパク質を作り出した場合だけ雄になる』
つまり、女は「存在」だが、男は単なる「現象」にしかすぎないのだそうです。
それがため、染色体の数も女性の方が1.020個多いそうです。
世の男性諸君、崇高なる女性に喧嘩を売ろうなんてこと
ゆめゆめ思ってはなりませんぞ!
敵はあなたのはるか上をいっております。 -
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ようやく読み終わった。3週間もかかってしまった。
種の起源は、以前から読みたいな~とは思いつつ、素通りしていた本。ようやく手に取り、時間はかかったけど、読破して、若干気持ちがいい。
ダーウィンについては、「進化論を唱えた人」ぐらいのイメージしかなかった。そして、批判されまくっている(キリスト教だけではなく、学者にも)人というぐらいのものだった。
読み始めて最初の3分の2ぐらいは、正直とても退屈だった。っていうか、わたしの知識不足?よくわからなかったり、同じことがクドクド書いてあるように感じたり。そういうわけで途中で眠ってしまったり、だるくてやめてしまったりして3週間もかかってしまったのだけれど、終盤に近づいてくると、突然全体像が見えてきて、面白くなった。
ダーウィンはよく批判されているけれど、批判されるようなことはあまり書かれていないように感じる。サルが人間に進化したとは一言も書いてないし、進化がどのように起こったのかは、「自然淘汰や用不用の原則で時間をかけて変異してきた」というようなこと以上には書かれていない。多分、内容がとてもセンセーショナルだったので、たくさんの人がいろんな解釈をし、それが一人歩きしたのだろう。
ダーウィンの時代には遺伝子についてはほとんど何もわかっていなかったようだし、大陸移動説も無かったので、現在では明確になっていたり、否定されていることもたくさんある。でも、そうやって批判や研究の対象となるまとまったものを提示したのはとても大きいことに感じる。
ダーウィンの説は、批判の的にされてきたものの、また現在見直されているらしい。進化の中立説などは、ダーウィンの書いていることとかわらない気がする。(といっても、進化論についてはあまり詳しくないので、間違っているかも)
とりあえず、あまりにも有名なダーウィンの「種の起源」をちゃんと読んだってことに大自己満足している。だから、★5つ。進化論については、もっといろいろ本を読みたいなぁと思う。「利己的な遺伝子」も読み直したい。
ところで・・・
夫婦は似てくるとよく言われる。
わたしの読書の趣味、どこに行くんだろう?とふと思うときがあるけれど、正直これは、ダンナの影響。
こういう風にして影響を受けて、似て行くんだろうか・・・(((( ;゚Д゚)))
ミーアのミームに侵されているのか・・・(((( ;゚Д゚)))
変人みーあみたいにならないように、気をつけよう( ゚Д゚) -
Posted by ブクログ
言わずと知れた古典の代表、ダーウィンの「種の起源」です。
全ての生物は今の形、性質を与えられたという創造論を科学的に否定した最初の人がダーウィンです。
生物は自然淘汰と呼ばれるメカニズムによって、今の「種」に分化、進化してきました。
進化論は今や当たり前となっていますが、知っているだけで理解していなかったということが、読んでみてよくわかります。
何億年も前には、単純な生物が生息していて、それがだんだん進化して魚になったり、鳥になったり、哺乳類になったり、人になったりしたんでしょ。
人類の祖先は猿だったんでしょ。
といったことは漠然と知っていても、どういったメカニズムなのか、つまり、自然淘汰というものが何なのかは意外と知られていないと思います。
たとえば、果物が甘い理由。
これは、果物が甘ければ、鳥が食べる。
食べた鳥は種まで消化できずに、糞として、遥か遠方まで種を運ぶことができる。
だから、果物は甘い。
僕はこのように理解していました。
これは、正解のようで、正解ではありません。
鳥が食べてくれるように、果物は甘くなったのではなく、自然淘汰によって甘い果物が生存競争に勝ったため、多くの果物が甘くなったという方が正しいと言えるでしょう。
訳者は、「ダーウィンの種の起源を読まずに、人生を語るべきではない」と言っています。
これはまた大袈裟だなと初めは感じましたが、読んでみれば訳者の意見に共感できます。
種の起源を読むと、全ての生物が自然淘汰によって今の種に進化してきたのであり、全ての生物の繋がりというものを強く感じることができます。 -
Posted by ブクログ
私の、読書歴史の中で初めての古典。身を構えながら恐る恐る、、結局最後まで読んでしまいました。とても興味深かった。
本書の内容を読み進めながら、ダーウィンが生きた時代19世紀の当時の風景も読み取れる、想像力が掻き立てらる著書でした。当時は種の起源、自然淘汰の発表をすることはとても勇気のいることだったでしょう。たった150年前とはいえ、まだ人間を支配し動かしていた、国、国家という存在を成り立たせていたのは神を崇拝する宗教であったと思います。神を信じ神に救いを求め、宇宙、地球の創造主である神に逆らう、不純で、野蛮的で、とても受け入れ難い発表であったはず。
ダーウィンの他にも似た考えを持った人は他にも多くいたり、当時の創造説に疑問を持ち始める人が多くいたとはいえ、事実、現代の多数の分野の研究、学問の基礎、礎となるものであったことは間違いないはずです。時代をかけて知恵を共有し引き継いでいく、そしてそれをさらに高みへ進化させていき世界の真理へと人類史をかけて突き進んでいく物語の一部を、この本にみました。
長い歴史から見れば些細な一部の時間の出来事だが、ただ確かに大きな一歩を踏み出し、またそれがネクスト人類にバトンが渡されていく。
ポジティブな面を語ると、人類の美しさを見ることができました。