佐々木健一のレビュー一覧
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NHKエデュケーショナルのディレクターで、主にドキュメンタリーを作ってきた著者が、「面白い」コンテンツの作り方を、アイデア出しから取材、演出、構成、チームのマネジメントの方法まで、さらにそれらに通底する心構え的なことを、著者が実際に関わった番組を例に解説したもの。
おれは教員なので、それこそ授業や教材をどう「面白い」コンテンツにするか、という視点で学ぶところが多かった。まず「面白い」とは何か、という問題があるか、「何かをきっかけに『知らなかったことを初めて知る』という差異を得ると、たちまち『面白い』『もっとよく知りたい』というポジティブな感情に変化することがあります。こうした『知らない』状態が『知る/分かる』に変わるというのは、典型的な差異の例です。人々の関心を呼ぶ事柄には、ほぼ全てに何らかの差異が含まれていると言っても過言ではありません。」(p.15)という部分は確かにそうだなと思った。良い意味で期待を裏切る、というのが「面白い」ということなのだろうなと思う。「そもそも、私たち人間の営みそのものが、差異と共感の両輪の上に立っています。人は差異という刺激を受け、自分に変化を加えながら成長し、価値観や世界観を広げてより多くのものに共感できるようになっていく」(p.22)とか、「一見すると、目の前の仕事とは関係なさそうな経験や学びが、良い作品を生む糧となる。(略)本を読んだり、映画や演劇、絵画、音楽などを鑑賞したりすることは通常、『趣味』とされるもので『仕事』とは思われません。しかし、そうした中での経験や学びこそがクリエイティブな仕事につながる」(pp.40-1)、というのは、ぜひ生徒に伝えたい。孫引きになるけど、ビートたけしの「勉強するから、何をしたいか分かる。勉強しないから、何をしたいか分からない」(p.80)という言葉もあるらしい。『余生』という本らしいけど、これも読んでみてもいいかなあ。
あと「分かりやすさ」について、他にもその「分かりやすさ」を批判する本はあったと思うが、この本でも分かりやすくすることで面白くなくなる、というのはよくあることらしい。あるいは「分かったところで大して面白くない現象」(p.113)、ということだそうだ。もしかしたら、「分かりやすい授業」と「面白い授業」は違うのかも、とか思った。
そして著者はディレクターなだけあって、本当に古今東西の作品をよく知っている人で、逆に自分は全然分からないのだけど、著者イチオシの『イカロス』(2017)というNetflixの作品が面白いらしい。そこまで言われると見なきゃなあ、と思った。他にも番組作りに関する話で、『家、ついて行ってイイですか?』という番組作りでは、「番組全体でひと月に約四〇〇〇人に声をかけている」(p.153)というのは衝撃。おれが毎週見ている『月曜から夜ふかし』というインタビューが中心の番組で、インタビューに答えたおばあちゃんが「あんたらはこんなラクな仕事してていいなあ」って言って、言われたインタビュワーの人が「ラクな仕事に見えます?」ってややキレていたのを思い出した。あと、ネット時代に映像のコンテンツは厳しい、という話で、映画監督になるのは極めて困難になっている時代に、「近年、大学や専門学校には次々と映像系学科が立ち上がり、その講師に仕事がない映画監督が就任して、そこからまた食えない映像作家の卵が量産されるという悪夢のような構図が存在」(p.207)とあるが、これは本当に悪夢だなあと思った。
たぶん仕事のプレゼンとかの「見せ方」としての「面白さ」をどう作るか、ということが意図されているのだと思うが、純粋にテレビ業界の知られざる苦労、みたいなものが分かるのも面白かった。(2024/07) -
Posted by ブクログ
面白いとは、差異と共感の両輪
差異=〇〇だったのに、××だった!
無知から知らなかったことをはじめて知る状態→差異
上記のプロセスに感動を覚える=面白い
差異を感じさせて心を動かした後に、共感させることで人々はそれらに魅了される
共感だけでは、一定数を集めることはできても、面白い作品にはならない
新しいアイディアや企画は、既存の要素の新しい組み合わせからなる
資料集め→情報を咀嚼→組み合わせ
創造とは記憶である。
何もない所からは何も生まれない。
知見や経験から新しいアイディアなどは生まれてくる。
型破りはまず型を知らなければできないもの。
「3人寄れば文殊の知恵」
→ある研究では、似たり寄ったりの3人が集まると、意思決定の質が著しく低下することが明らかに。
違うジャンルの人を集めて話をしたら良い
合わせ鏡の法則
→聞き手と話しては不思議と似たような話ぶりや態度になりがち、質問が抽象的だと答えも抽象的。逆にも然り。
自分が本音で話していないと、相手も本音で話をしてくれない
前倒しの合理性
→会議の前に何を話すか、何が目的かなど整理しておくと、実際の会議の場で普通だったら気付けないようなところが気付けたりと、余裕が生まれる。
人には分かりやすく説明するべき。ただ近年、分かりやすいし理解はできたけど面白くないという現象が起きている。
面白いをプラスで求めるのであれば、分かりそうでわからないところを目指す。
レオナルドダヴィンチのモナリザ。奥深い感じ。
この感覚が強力な求心力を持つ。
付箋貼りで話す順番、何を話したいのか、オチはどうするなど整理する。
名作に共通する3部構成
①問題提起 25% この時の問題提起が重要
②問題の複雑化 50%
③問題解決 25%
クリエイティブな仕事が捗る理由はお金や報酬じゃない。
本人が楽しい面白いと思って自由に取り組める環境が大事。
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佐々木健一さんという人は、テレビ制作をしていた人だから、ほんとに構成が上手い。人を惹きつける方法を知り尽くしている。この本もテレビ番組を元にしているので、まるでドキュメント番組を見ているみたい。
まず初めにCGマンガによるつかみ(映画の予告編みたい)があって文章が始まり、藤田哲也博士のダウンバースト発見のシーンがくる。読者の興味が高まったところで、生い立ちと人となりが語られる。ここで読者は藤田哲也博士がいかに有能で、努力家で、愛すべき人物であるかを知る。好きになっちゃう。そのあとちょっと難しい説明も入る初めのシーンの解説となる。
これを読み通せない人がいるとは思えないほどのテクニック。
これは一般書を児童書としてリライトしたものだけど、佐々木さんの上手さを堪能出来る。
肝心の藤田博士について。特別豊かでない(が、父は地理の教師だった)家庭に育ち、父が死に、弟妹もいたため、非常に優秀でありながら進学を断念。それを惜しんだ中学の校長が地元の明治専門学校(現在の九州工業大学)に直訴し、特待生として進学。その後母も妹も亡くなり、太平洋戦争も始まったので、学業半ばで、代用教員となる。(そこで生徒のために作った教科書の見事なこと!)数々の苦労を乗り越えられたのは、もちろん才能もあったが、他人にも惜しみなく愛情を注ぎノウハウを伝授する人柄が人望となっていたことも大きかった。アメリカ移住後、アメリカ人研究者と得がたい友情関係を結べていたことからもわかる。
中学生の時、耶馬渓の青の洞門を見学し、他の生徒は禅海和尚の偉業を称えたが、藤田哲也は「和尚は頑張ったけど、間違っている。」と書いた。「トンネル掘りに10年かかるか、20年かかるかはわかりませんけど、仮に20年かかると想定して、私なら初めの10年は穴を掘るための道具作りに費やす。そうすれば仕事が早く進み、次の10年で作業が終わる。さらに、私が死んだ後に、トンネルとトンネルを掘る道具の両方を残すことができる。」(P83) 栴檀は双葉より芳しと言うけど、頭がいいだけでなく、視点が違うんだと思う。
長崎に落とされた原爆の調査がダウンバースト発見のきっかけとなった、というところも、人生の不思議を感じさせる。
それだけに晩年の病気との闘いは、読んでいて辛い。
一般書の方が読みがいがあるのかもしれないが、この本でも藤田博士の偉大さが十分に伝わった。
小学校高学年から大丈夫。幼い人は、より純粋に受け止めると思う。 -
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タイトル名から難しいテーマを想像してしまうが、非常に分かり易い現代的なテーマを意識した内容で興味深い本だった。章立ての名称からも。例えば「センスの話」「カタカナからの美学」「コピーの藝術」「生のなかの藝術」「藝術の身体性」「しなやかな応答」…などから類推できる。15年ぶりの増補とのことで、そのあたりの解説も著者の熱意が感じられた。アートと藝術という言葉の違いの日本での微妙な彩!(アートではあるが、藝術ではない!日本の便法が外国では使い分け不可能)、ミュージアムに対する日本語の美術館と博物館の違い。スポーツと藝術の関係性は確かに例えばサッカーの得点までの藝術的、創造的なプレーというのがあったりするので、似た面がある…。またコンピュータが藝術作品、俳句などを作れるのか?判断ができるのか?この問いの中に「美とは何か」という根源的な問いがあるということも興味深いテーマだった。
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気象学者・藤田哲也。日本ではあまり知られていない藤田さんは、竜巻がよくおこるアメリカでは、亡くなった時にはニューヨークタイムスの朝刊に写真付きで追悼の記事が載せられました。竜巻の大きさを分類する単位F(フジタ)スケールは現在も世界中で使われている竜巻の単位の原案を考案した人である。そして、謎の航空機事故の原因を突き止めた。ダウンバーストと名付けたそれは、当初、ほとんどの気象学者に受け入れられず、約10年もの間、論争が続きました。
けれど、藤田の説をパイロットたちは実感していた。そして、藤田の説が立証され、現在ではダウンバーストの予防が張られ、大きな航空事故がなくなった。
日本人として知っていておきたい伝記。 -
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芸術作品とそのタイトルの関係について、理論的および歴史的な観点から考察をおこなっている、ユニークな美学書です。
著者は、芸術作品とタイトルの関係をめぐって鑑賞者が取る態度には、「教養派」と「審美派」の二種類があるといいます。「教養派」はタイトルを通して作品を制作した作者の意図に近づくことをめざし、「審美派」はタイトルによってみずからの芸術的直感が一定の方向に誘導されてしまうことに対する警戒を表明します。著者は、たがいに対立するこの二つの態度が、ともに近代的芸術観に基づいていると論じています。こうして著者は、タイトルを手がかりとすることで美学上の中心的な問題に踏み込んでいきます。
本書の議論のあちらこちらに、美学上の重要な問題へとつながっていく開口部がのぞいているのがなんとなく理解はできるのですが、個人的に分析美学的な問題の立てかたになじみがないので、どことなくおもしろい問題に通じているような印象がするというところにとどまっています。歴史的な考察がおこなわれているところはおもしろく読むことができました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
絵画や彫刻の展覧会で、作品の傍らには必ずネームプレートが寄り添っている。
音楽、小説、詩、戯曲…。
いずれにもなんらかのタイトルが付されている(なかには「無題」というタイトルもある)。
では、このタイトル、いつごろからどのように、作品と不即不離の関係になったのだろう。
人の名前、商品のネーミングも視野に入れながら、芸術作品におけるタイトルの役割と歴史を考える、刺激に満ちた美学の冒険。
[ 目次 ]
タイトル、この気になるもの
なまえと名詞
なまえの魔力
名づけとネーミング
商品名とタイトルの場所
タイトルの空間
タイトルの歴史学(文学の場合;絵画の場合)
タイトルの言語学―「テネシー・ワルツ」を御存じですか
タイトルのレトリック
理論としてのタイトル
タイトルの脱芸術化
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
2007年07月03日
ずっと気になっていた図書でしたが、いよいよタイトルについての疑問が湧いてきたので読まざるを得ませんでした。どことは言えないが、美術史家ではなく美学家が書いている文章だな、と全般的に感じ取れる本でした。
私の興味を特に惹いたのは、タイトルという本題からは逸れますが、ヴィットゲンシュタンの「家族類似性」とか「風景相(アスペクト)」についての話でした。M先生が演習で触れていた作品の内にある美学、作品の外にある美学についても少し言及してありました。
『本の遠近法』の帯に「本が本を呼ぶ」というフレーズがありますが、本当にそれは可能なのかもしれません。気になる本から、気になる話題についてから、読んでいこうと思います。