斉藤国治のレビュー一覧
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昨日、書店でこの本が並んでいるのを見てびっくり!久しぶりに家の本棚から引っ張り出して再読した。
古代から人々が文献に記録してきた日食やほうき星が実在したかどうかを計算で確かめた本。藤原定家が『明月記』に記載した超新星爆発の出現例を洗い出し、各国の文献に残された記録との比較考察を行っている。初版から40年以上たつが、その他の内容も非常に面白い。
著者は元東大天文台の教授。定年後に『古天文学』を提唱し、パソコンを使って古今東西の文献に記録された天文現象の真偽を確かめていった。
本書の初版は1982年10月20日。2003年には著者も亡くなり4刷以降絶版だったらしい。ところが昨年11月、Xの投稿がきっかけで注目を集め、12月に再販。その後重版もかかって現在では7刷6万部を超えたそうだ。何が幸いするかわからない。でも再販した岩波書店、偉い!
古い本だが、やはり時空を超えて真実を追いかける学問の面白さそのものが支持を得たのだと思う。
【余談】
☆は4つ。内容からしたら(星の本だからね)5つあげたい所だが、とにかく徹頭徹尾“硬い”のだ(笑)。前書きも後書きも無ければ解説すら無い。「昔の理系の人が書いた本って、こうだったよなぁ」としみじみ思う(文系の偏見か?)
…ちなみにお値段。1012円。
私が買った時は税込580円だった!
高くなったなぁ…。 -
Posted by ブクログ
現代の数理天文学を用いれば、日月惑星などの位置または運行の状態は、古代にさかのぼって推算することができる。これを古天文学と筆者は名付け、日本と中国の古典書物を中心に、天文関連の記述の正誤を確かめていく。正しいものを見つければ、当時の人々が星を眺めてその運行に一喜一憂したであろうことを想像する。でも、明らかにでっちあげたと思われるものもある。『漢書』によると、紀元前200年頃に五惑星が集合したとする記載があるが、筆者の計算によるとそれはあり得ない。『「どうせ後世になったらわかるものか」と高をくくって』などと書いて、その事実を指摘していて面白い。漢の時代の執筆者も、2000年の時を超えてでっちあげを指摘されるだなんて、思っていなかっただろうに。
本書の後半では古天文学というよりは、過去の天文現象の紹介や、それを記録した人々の奔走した様子が記されている。今ほど交通網が発達しておらず、天文に関する知識も乏しい時代、それこそ人生をかけて理論を構築しそれを証明するために世界規模で天体の移り変わりを記録していく。そんな先人たちの蓄積があって、その延長線上に本書があるんだなとしみじみ思うなどする。 -
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ネタバレ大昔の人たちが見た星空を一緒に見るための本。
何百年も昔となると肉眼で見るしかなかったわけだけど、意外と正確なデータが揃ってるなぁと感嘆した。まぁいいように使われたり書き換えられた例もあるにはあるが!笑 この本は初版が1982年...この時には既に情報の正誤が出せる技術が発展していたわけだ。技術革新がすごすぎる。今どこまで進んでいて、どこまで分かるようになるんだろう。
金星の動き一つに世界中の関係者が注目する。杞憂が天が崩れることを心配した取り越し苦労に由来することも知らなかった。いつの時代も遥か遠くにある星空に想いを馳せていたんだなと思うと優しい気持ちになる。
次回の天体ショー(予想)は2031年のしし座流星群。2035年には日食、2062年にはハレー彗星の接近。初めて長生きしたいと思った瞬間だった。 -
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◼️ 斉藤国治「星の古記録」
古代から近代までの星の記録を、現代の計算で検証する。エピソード満載で楽しすぎる。
30年以上前の本だけど今注目されてるみたい、との情報を得て本屋に行くと、話題の本、的に前面に展示されていた。ほー、まずは読んでみようと。
日本書紀の星食、月が星を覆い隠す現象、の記録から入って、次は日食の記録、惑星同士の接近・合犯などを著者自身も行っているらしい現代の計算で検証していく。惑星、月、太陽の動きは一定の条件は付くがほぼ特定できるからだ。
藤原定家がものした「明月記」(12世紀)に聞き書きとして、かに座の新星爆発の記事があるのは有名な話。中華の記録と比較したり、ものによってはヨーロッパなどの記録と照合したりして、事実か否かを探っていく。
日本ではかなり早くから天文官がおり、緻密な観測を行い、記録を残していることが分かっている。1つ1つをひも解いていかれるエピソードを読むのが楽しい。私は奈良・安倍文殊院で安倍晴明が天文観測をしたと伝わる展望台を見たことがあるけども、飛鳥時代の記録もあるからそこはロマンだなと。
また、この千数百年の間には、超新星爆発があり、隕石がいくつも畿内に落ちた記録があり、ハレー彗星への言及、南極老人星=カノープスが見えた記録にまで踏み込む。天文学的価値が少し見えた感じがしてなるほど、と思ったりした。
おもしろかったのは、おおいぬ座の一等星シリウスに関して。紀元前700年のバビロンでは「銅のように輝く」と書かれ、古代ローマ時代には「この犬星の赤味たるや、火星よりもずっと濃い」などと表現されている。大昔、シリウスは赤かった?というのを検証している。いまはもちろん安定した青白色だ。なぜ?なかなか楽しい。
終盤は明治初期の話。金星の太陽面通過の観測結果により地球と太陽の間の正しい距離が導き出せるのではないか、というアイディアをハレー彗星のエドモンド・ハレーさんが思いついた。世界の天文学者は一斉に注目した。が、何しろ金星、古代の言い方では太白、の太陽面通過は1回起きるとその8年後にもう1回、そこからは100年以上のブランクが空くチョー希少な現象で、ついにハレー自身は巡り会わなかった。
そして1874年、ついにこの天文現象が出来した。どの地域でちゃんとお昼に、どれくらい見えるかは限定されていて、しかも世界のできるだけ離れた地点で複数の観測を行ったほうが良い。有力な国は世界中に観測隊を派遣した。明治7年の日本にも、外国の観測隊が複数到着した。おおむねトラブルはなかったようだが、明治維新間もない日本での大騒動の、その顛末がおもしろい。もちろん観測の詳しい記述もある。
もう一つは皆既日食の、やはり海外の派遣隊のエピソードで、明治20年、すでに太陽コロナの写真が撮られる時代であり、興味深い。
歳星は木星で名前の由来が十二支につながっていたり、三星合は天下の大乱、3つの惑星が接近すると大乱が起きる、とか、「熒惑守心(けいわくしゅしん)」、熒惑つまり火星がさそり座のアンタレス付近に留まると王が死ぬ、などの大凶兆であることなどなかなか言葉を調べて出てくる知識もおもしろい。土星は填星(てんせい)、水星は辰星。
私が生きている間に、ダイナミックな天文現象があってほしいな、いやきっとある、と思える。微笑。ベテルギウス爆発?なんて。 -
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ネタバレ" 氐宿(引用注:ていしゅく)はむかし天球上の秋分点があったところで、太陽が氐宿に入ると昼夜の長さは等しくなる(これが西洋でてんびん座と呼ばれる名のおこりである)。太陽が秋分点を通過する前後で昼夜の長さは逆転する。だから、この星宿はむかしから西洋占星術でも東洋陰陽道でも重要視されていた。(ここで一言注記しておくと、現在の秋分点はてんびん座の西どなりのおとめ座に移っている。これは歳差、つまり地球自転軸の首ふり現象のためにそうなったのである。)" p.56
" 日本で年月日の確かな流星記事の初出はつぎのものである。
舒明天皇九年二月二十三日戊寅(六三七年三月二四日)、大いなる星東より西に流る。すなわち音ありて雷に似たり。時の人いう「流星の音なり」と。またいわく「土雷(引用注:つちいかずち)なり」と。ここにおいて僧旻(引用注:みん)法師いわく「流星にあらず。こは天狗なり。その吠ゆる声雷に似たるのみ」と。(『日本書紀』巻二三)" p.101
" 木星はほぼ一二年をもって天球を一周するので、中国では古来、歳をかぞえるのに利用されていた。そのために歳星の名が生まれたのである。また歳星の一二年周期に起因して十二支のサイクルが生まれたのだが、上文で「単閼(引用注:たんあつ)の歳」とはそのサイクルの第二番目の年の意である。" p.147
天体観測に関する故事を紹介する内容である。伝説や神話の類ではなく、現在から確認できる過去の記録として故事を扱っている。
古代、天文は政変を占うものであり、観測者にとっては命がけのことであった。日本でも古くは七世紀の記録があり、日本の黎明期には諸説あるようだが、為政者が命じて記録を残しているからにはそれなりに威勢をふるった確固たる権力が存在したのであろう。
明治期の日本に西欧が天体観測の協力を求めており、それに応じるために上野から白河までの鉄道を突貫工事したとか。このとき写真撮影も行われたが感光方式は湿式で、となれば『乙嫁語り』と同時代ということになる。近代は本当に時間の流れが早い。いろいろなことが同時に進行している。
素人が雑学的に楽しむには詳細に入りすぎ、また導入説明に欠けるが、これは読み手の問題。興味のないところを読み飛ばしてもロマンあふれる読み物であった。
土雷は『孔雀王』で知った概念で、黄泉の国で腐敗したイザナミに宿っていたことは調べて知っていたが、なにを象徴するものなのか知らずに来た。隕石の飛来する音に由来するものらしい。天狗も同様であるようだ。